君に決めた2
魔族の侵略の騒ぎで、神殿は人の気配が少ない。
「腹を決めろ、私」
「誰だ?」
腹決めてる途中に、神官に見つかった。
やばっ
身構えていた分、私の方が動作が早かった。
短い詠唱の後、神官がパタッと倒れる。勿論、殺したりしない。眠っただけだ。
良かった、彼は見習いらしい。強い神官なら私のこんな術跳ね返されていた。
私が得意なのは、魔力吸収だけだから。
イメージが食事に近いので、食べることの好きな私には相性がいいのかもね。
眠ってる見習いさんを放置して、私は朝の記憶をたどってこそこそと闇夜の中を急ぐ。
「ここだ」
壁の紋章をなでる。白亜様の解き方を真似て、詠唱を唱えてみた。
階段が難なく現れた。
階段を下りた先には、やっぱりあの仔がいた。
そこからは身体が自然に動いた。
結界に両手をかざして、思いっきり急いで魔力を吸収する。
「ううっ」
身体の内に取り込んだ魔力は、聖女としての私の肉体と力が浄化する。もの凄い量の魔力に、頭がぐらんぐらんする。
「あ、く」
かくっと膝をついて確認すると、結界の消えたそこには、ポツンとあの仔がいる。
「や、やった…」
胸の奥から込み上げるものがあり、声が上擦る。何百年、おそらく白亜様も消せなかった結界を私は消した。
そして、ようやくこの仔に…!
ガチャガチャと鎖を引っ張り出した仔の前に、ゆらりと歩み寄る。
手枷と足枷に、用意した紙をベタベタと貼り付ける。
既に術を込めた紙に、発動の詠唱を唱える。
「爆破せよ!」
ドオン
「グア!?」
目を見開いて何だか顔色の悪い仔から、無事に枷がバランと外れた。自分の手を確認したいのか見ようとするのを、ガバッと抱き上げた。
人間で言えば、2、3歳の幼児サイズだ。苦になるほど重くはない。
「ふおっ、触れちゃったよ!ひひ」
「ムガ?!」
まだ口に布が巻かれているので話せない仔を、ぎゅううっと抱き締めて堪能し……
「くっさ!!」
「グ………」
そうだよね。数百年、お風呂入ってないもんね?
結界の影響で内部の時は大部分停止していたようだけど(髪とか爪は伸びていたから一部の代謝は働いていたみたい)、結界消したから段々と身体的な時間が動き出す。
身体の汚れからきたみたい。私は顔を背けて呼吸した。
「ま、魔族の結界を解いたのか?!」
背後から、男の声がして振り向くと神官らしき人が驚いて私達を見ている。
さっきの爆発音が大きすぎたかな?
神官が驚いている隙に術で眠らせて、階段を掛け上がる。
「はあ…はあ…」
「………………」
状況を理解したのか、じっとしているお利口な仔。早く洗いたい!
階段を昇りきり、神殿入口の所で神官が二人立ち塞がる。
「その上級魔族を渡しなさい!」
「……す、すみません」
一応、謝ってみた。かばうようにきつく抱っこした仔を……
勢い良く彼らの前に突き出した。
「うっ!」
あまりの臭さにたじろいでいる間に、眠らせることに成功。
「最強だよ、君は」
「グウウ」
低く唸った仔が口に巻かれた魔道具の布を、なんとか外そうとしてるけれど、残念ながら物理的には剥がせない。小さくても魔族だからね、何か詠唱を唱えられたら面倒だから、後で落ち着いたら外してあげよう。
神殿をやっと出てから、数メートル。ふと視線を感じて振り返った。
神殿入口の仄かな照明の元、白亜様が佇んでこちらを見つめていた。
いつの間に?
勝ち目はない。冷や汗が背に滲む。
だが、白亜様は立ち竦む私達を見つめるだけで動こうとしない。一言も発しない。
彼女からは敵意や怒りがないことに気付き、私は疑問を抱きながらも、謝罪と見逃してくれる感謝を込めて一礼した。
顔を上げた時に見た白亜様は、微笑んでいた。
目を光らせて、唇を上げた白亜様の笑みは、狂気めいていて少しゾッとした。