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君と世界の片隅で3

 

「お母さん!お父さん!」


 家の戸を勢いよく開けたその先に、驚いて固まる両親がいた。


 お母さんは台所で夕飯を作っていたらしく、包丁を手にしたままで直ぐに涙を浮かべた。お父さんは玄関を入った所の土間で薪を割る為の斧の手入れをしていたらしく持ったまま、口をあんぐりと開けて私を凝視した。


「あ、ああ、あああ」

「え、えっと私、─ティだよ。わかる?」

「あ、ああああああ!!」

「ひっ」


 突然お母さんが包丁を手にしたまま、お父さんは斧を持ったまま私に走ってきて、思わず結界を張る。


「うああん、─ティ!ぶっ」

「ああ、べっ」


 結界に阻まれて両親は顔をぶつけて、ようやく凶器を手放した。


「お母さんお父さん」


 結界を消し去ると、二人が泣きながら手を伸ばしてきて私を両側から抱き締めてきた。


「─ティ、ゆ、夢じゃないのね?」

「お母さん、ただいま。身体は大丈夫?」


 何度も頷くお母さんの茶色の髪に少しだけ混じる白髪に、月日を感じてしまう。でも、柔和な笑顔は昔から変わらず美人。


「─ティ、大きくなったな。美人なお姉ちゃんになって……」

「えへへ、お父さん手紙ありがとうね」


 お父さんも目尻の皺が目立っていたけど、日焼けした男らしい姿は変わらない。


「よく帰って来たね。さあお上がり」


 お母さんが涙を拭って、私を引っ張っていて、外に立っているクロに気付いた。


「あの子は、知り合い?」

「うん、ここまで一緒に付いて来てくれた……友達だよ。クロっていうの」

「そうなの。暑かったでしょ?あなたもお上がりなさいな」


 私は慌てて、クロの手を引っ張った。

 ぼうっと立っていたクロは、私が合図すると小さくお辞儀をして家に入ってきた。(練習通りだ)


「お母さん、この子は耳が聴こえないの」

「あら…ごめんなさいね」

「………………」


 クロは家の中を見回して、促された椅子に座った。


「茶菓子!」「特製の紫蘇ジュース!」


 おもてなしの準備でバタバタウロウロしだす両親を横目に、そっとクロの耳に掛けた防音術を外してみる。


「クロ、ちゃんと聴こえてないよね」


 私の名前を知られないようにする為に、ここまでするのはどうかと思ったけれど、他に余計なこと聞かれなくていいかな。


「深紅、俺のことどう紹介したんだ?」

「え、えっと」


 いきなりクリアになった耳に触れて、疑いの眼差しを向けてくるクロに目を逸らす。


 取り敢えず、また防音術しとおこう。


「………あ?にげた、な?」


 自分の声も聴こえなくなるから、なんかたどたどしくなっている口調で、クロが私を睨んだ。


 聴こえてないか念入りな確認の為に、口元を隠して彼の耳に囁いてみる。


「クロ、大好き」

「…………何?」


 うん、顔赤くならなかった。聴こえてないな。

 怪訝そうな表情のクロに、ニヤリと笑っていたら両親が茶菓子と飲み物を持っていそいそと戻ってきた。


 私と両親は、10年分の積もった話を沢山した。お母さんは身体が弱いけれど、手紙で書かれていたほどには深刻ではなく安心した。

 お父さんが私に会いたくて、深刻そうに書いたら帰って来るかと思ったらしい。


 クロは、その間に家を見て回り、小さい頃に私が描いた絵や工作なんかを見てニヤニヤし、お父さんが育てて収穫した葡萄を食べたりしていた。


 **********


 夜も更けて、私は懐かしい自分のベッドに仰向けになり天井を見ていた。………足がはみ出てる。


「………二人とも、なんで私が帰って来たのか聞いてこなかった」

「ああ」


 ベッドの横の床に敷かれた布団から、クロが応えた。


「………クロ」

「不安なのか?」


 下から手を握られて、クロの方に向く。


「うん」


 青みがかかった闇夜の中、その手の温もりを感じて唇を噛む。本当は怖いんだ、これからのこと。


「大丈夫。何があっても……」


 クロは言い掛けて、体を起こした。


「……忘れていた」

「何?」


 握った手を、するりと離したクロは立ち上がり、私に微笑んだ。


「用事を思い出した。すぐ戻るから眠ってろ」

「どうしたの?」

「いいから」


 何で機嫌が良さそうなんだろう?

 私、かなり複雑な気分なのに。


 渋々布団に潜り込むと、足取りも軽くクロは部屋を出ていった。


 さ、淋しい………


 静かな部屋。思い出のあるこの部屋が、こんなに淋しく感じるなんて。


 私は無理やり目を瞑った。

 階下で微かに話し声が聞こえたと思ったら、疲れていた私は呆気ないほどに直ぐに眠りに落ちてしまった。


 明日、この世界と別れることになるとも知らずに……



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