君の尻尾に口づけを
「……そうだ、先回りして布陣を」
「なんでわざわざ、もう直ぐに連れて…」
ボソボソと近くで話し声が聞こえて、私はばちっと目を覚ました。
「ふわあ、よく寝た……あれ?」
周りを見渡すと王宮の一室らしく、私はなぜここにいるのかわからなかった。
「えっと、確か中級魔族と戦って、それから…」
「起きたのか」
部屋の開いたドアの外から声がして、クロが入って来た。
「クロ、無事だったんだ、良かった」
「んー」
ベッドに起き上がった私の膝に顔をすりすりと埋めて甘えるクロは、イヌじゃなくネコになったみたいだ。
艶やかな黒髪を撫でてあげると、じっとしている。
「ねえ、クロ」
「んー」
「私が眠っちゃう前に、何か言おうとしてた?」
「ん、ぐ……あ、あう」
急に動揺して、顔を上げ目を手で隠すクロ。
「クロ君」
「…………し、しんく、あの」
目を反らしながら、クロが口を開きかけた。
「主を困らせないでもらえますか」
部屋にノックも無しに入って来たギル兄に、クロが肩を落とした。
昼ご飯らしい膳を片手に、私にずいっと差し出し、ギル兄は私の額に手を当てた。
「まだ少し熱がありますね」
「え、そうかな」
私が言った時には、クロによって額の手は叩き落とされていた。
「……弱った体を酷使しましたからね。今日はまだ寝ていなさい」
「ギルさん、やけに優しい」
なんだ、甲斐甲斐しい。お粥をスプーンで掬って食べさせようとするクロといい、魔族二人に世話される聖女って…
「あなたの為ではありません。あなたが元気になって早くこの旅を終わらせて欲しいだけです」
「……そっか」
そうだよね、ギル兄はクロに早く魔界に帰ってもらいたいはずだもんね。
落ち込みそうになるのを誤魔化して、お粥を食べる。
クロは私をじっと見て、何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。
ギル兄は、あの時私が眠っていた間に雄竜を三人で倒したことを話してくれた。
「卵は孵化するのを待ちます」
「え?」
巣にあった5つの卵は割ったりはせずに、4つはギル兄が転送魔法陣で魔界に運んだらしい。
1つだけは、この国の所有となった。
「刷り込みができるんです」
「刷り込みって、孵化した雛が最初に見た人を親だと認識するっていうのだっけ?」
「おバカさんでも、幾らか知識はあるんですね」
「お仲間さんに言われたくないよ」
むうっとして言い返してみたら「私はバカではありません」と当然のように言ってるけど、ギル兄はチュウニ病だからね!
「お前ら、楽しそうに話してんじゃねえ!俺が竜に踏まれている間に、ちっ、仲良くなったもんだな!」
「クロ、仲良しとは違うと思うよ」
「やめてください、あ、でもあの戦隊モノについて話し合いがしたいです」
私達がギャスギャス言っていると、クスリと笑って王妃様が入って来た。
「それで刷り込みのことだけど、一匹私を親と認識させて手懐けようって思っているの。我がディメテル国の守護獣として育てるわ。果物沢山食べさせてね」
「なるほど」
ギル兄は、4つの卵を孵化させて同じように自分に刷り込みさせるらしい。中級下級魔族の卵は殆んど刷り込みが可能でギル兄は、そうやって飼い慣らしているそうだ。以前、沢山獣型の魔族を連れていたのは、やっぱりペットだったのね。
「それから、深紅。ありがとう。あなたのお陰で中級魔族を討伐することができたわ」
そう言うとギル兄を押し退けて、ベッドの傍に膝を付いて私の手を握った。
「約束通り、あなたの親しい者を守ることを誓うわ。私はこう見えて約束は守るし義理堅いわよ」
にこっと笑う王妃様の表情に安心する。
「はい、信じてます。ありがとうございます、王妃様」
***************
「少し休め」
食事を済ませると、クロが額を押すので、私は素直に横になった。
邪魔そうに、クロは背後のギル兄を睨み追い払おうとしている。王妃様は、国王様とベタベタする為に既に消えた。
「はいはい」
冷ややかな目を向けて、ギル兄は怠そうにゆっくりと部屋を出ようとしたが、クロはもう見送ること無く私の方を向いていた。
「クロ、眠る前にやりたいことがあるのだけどダメかな?」
「何だ?」
布団を口元まで上げて恥ずかしそうにしたら、クロの瞳がキラキラしてきた。
私、正に死ぬ気で頑張ったんだ。ご褒美があってもいいよね。
「ちょっと言いにくいんだけど…あの、あのね」
「深紅、俺はいつでもいい。だが、お前いいのか?体が弱っているのに…」
ガシッと私の手を握って、顔を近づけてくるクロ。凄い嬉しそう。
「うん、大丈夫だよ。ちょっとだけだから」
「ちょっと?いや、ちょっとじゃ終わらない気が」
「く、クロがそう言うなら、たくさんさせて」
「はあはあ、し、しんく…まさかお前から誘ってくるとは…」
期待に満ちたクロが、わたしの布団をめくろうとするので、自分から布団を下げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。モフらせてもらうね」
「はあ、あ?!」
尻尾を優しく掴むと、クロがびくんと体を揺らして目を見張った。
「ああ、我慢に我慢を重ねたモフモフタイム!」
「う、あ」
モミモミして堪能。
「な、なんて破廉恥、うぐ」
まだ部屋の前にいたギル兄が叫んだ瞬間、赤い顔のクロに魔力で口を塞がれて外へと追い出されてしまった。
「ん、破廉恥?」
「何でも、ない、んん」
腰が砕けたように、クロはベッドにヘタリと倒れた。
くすぐったいかな?
でも、気持ち良さそうだし良いよね。




