表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/127

君は誰6

 

 竜の番は、卵を守ろうと私達に襲いかかるのを諦めない。

 本能だろうけれど、その親心を思うと流石に胸が痛んだ。


「どうにか他の場所に移ってもらうことはできないのかな」


 放たれた風の刃が、私の結界に弾かれるのを見ながら思案する。


「お前、自分がどんな目にあったのか忘れたのか?俺はこいつらを唐揚げにしてもナゲットにしても足りない」

「うえっ、クロやめて」


 フードファイター後の私に、それを言うな。

 ううん、それだけじゃなく気分が悪いのは、体がまだ弱っているからだ。


「ごほっ……はあ」


 クロにも結界を張り終わり、雄竜に拘束の術を唱えようとして咳き込んで座り込む。

 尾を切断したクロが、私の様子に目敏く気付いて駆け寄ってきた。


「深紅」

「クロさん、抱っこ」


 力無く手を伸ばしかけたところを抱き上げられた。


「抱っこ……」


 言葉を反芻して口元を緩めたクロは、私を姫抱っこして竜の鉤爪を跳んで避けた。


 王妃様が先に雌竜を倒そうとして近寄るのが見えた。だが、体力と集中力の弱まった私のせいで拘束の術が切れた竜の尾に弾かれてしまう。


「クロ、長い詠唱を唱えるから、それまで持ちこたえて欲しいの」


 ギル兄が雄竜の疾風を避けて、後ろ脚に魔力を巻き付けようとして雌竜に横から啄まれる。


「痛いんですが」


 突き飛ばされて、ギル兄がぼやいた。まだ大丈夫みたいだ。


 集中したくて目を閉じて、口の中でぶつぶつと唱える。


「…我は命じる。我が」

「ダメだ。それは唱えるな」


 くるりと私の唇に魔力が巻き付いて塞いだ。


「うぐ?!」


 クロは私を真剣に見つめて緩く首を振った。


「お前、竜共を封印する気だろう。封印は生命力までも削ると聞いたことがある。お前は既に一度使っている。もう絶対に使うな………長生きするんだろ?」


 シュルシュルと魔力が離れた。


「うん。でも」

「ちっ、掴まってろ!」


 私の膝裏を支えていたクロの手が外されて、慌てて両手を彼の首に巻き付ける。ぐいっと腰に手を回され固定された。


 雌竜の鉤爪を魔力の爪で受け止めたクロは、力に押されてズルズルと後退した。片手だけで耐える彼を見て、急いで詠唱を唱える。


「う、縛れ!」


 再び雌竜を拘束すると、クロの魔力の爪がその喉元に突き立てられた。

 私は見ないように、クロの肩に顔をくっつけた。


 ザシュッ


 肉を切り裂く鈍い音がした。その直後には、私を抱えたクロが血飛沫を避けて距離を取った。


「ごほっ」

「深紅」


 肩にくっついたまま息を切らしていたら名を呼ばれて、顔を上げる。

 喉を切り裂かれた雌竜は、草地に横たわって事切れていた。


「あとは任せて、お前はここにいろ」


 巣から離れた木の根元に私をそっと降ろし、クロは暴れる雄竜に向かおうとして、ふと足を止めた。


「……さっきの話だが」

「何?」


 疲れて、木の幹に背を預けた私は目を閉じたまま聞いた。


「聖女の封印術は、魔王封印の為の最も重要な術のはず」

「うん」

「お前も、魔王を封印したいと願っているのか?」


 背中を向けたままのクロの尻尾が、少し垂れている。

 薄目を開けて、それをチラリと見た私は声を抑えて笑った。


 クロは私から言葉を欲しがってる。そして、私がどんな言葉を発するかも大体分かっているようだ。


「我が主」とギル兄が呼ぶのを聞いた。クロがわざわざアテナリアに移送され、何百年も繋がれていたことを考えたら、私だって分かるよ。

 クロがただの上級魔族ではないことぐらい。


「クロ……私は、昔も今も魔王を封印したいだなんて、これっぽっちも思ったことなかったよ。以前の私は早く卒業して故郷に帰ることばかり考えてたから…」


 パタ、と尻尾が揺れた。


 笑いを堪えて、それを見守る。


「でも今は、封印したいじゃない。したくないの。魔王が悪だとは思っていないから。だって私、大好きな魔族さんがいるもの、その人のお陰で魔族にも心があるってわかったから」


 パタパタと右へ左へ大きく揺れる尻尾。


「封印術は、その人を守る為だけに使うよ。クスクス、魔王封印なんて笑っちゃう。魔族でも人でもお互い好きになれることができるのにね」


 伝わったかな?満足かな?


 セリエ様の最期を思い出しても、不思議とギル兄のせいだとは感じていなかった。自分がもっとしっかりしていたらという悔いはあるものの、誰のせいでもない自然のことだったとも感じている。


「……クロ」


 尻尾を揺らし、クロは私の言葉をゆっくりと頭の中で消化していく。

 理屈っぽい言葉、いらなかったなあ。


「ねえ、クロ。私は人間でも魔族でも関係無い。クロがクロだから好き」


 少しだけ見える横顔が赤くなっている。

 その反応が楽しくて、ついやり過ぎちゃうんだよね。


「好き好き好きモフ好き大好き、クロ愛してるよ」

「グハッ……な、どうしてスラスラと言葉に出せるんだ?」


 ペットへの声かけの延長だとは言うまい。

 そして、近い将来の別れのために、告げられる時に今言葉にしなければ。死にかけた私は一味違うのだ。


 私はクロに結界を張り直すと、再び目を閉じた。


「………深紅、俺は…お、お前をあ、あい、して」

「くう、すう」

「ああ!寝てるし!」


 悔しそうに言ったクロが「うあああ!」と叫んで走って行く足音がした。


「俺の告白を返せえ!イチャイチャを、甘々を、俺からすべてを奪った貴様(多分竜)が憎い!」


 そこまでをしっかり耳にして、私はぐっすりと眠ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ