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君しかいらない2

 

 聖女は、公に治療行為をすることは禁じられている。


 なぜなら、餅は餅屋。患者は病院。聖女は魔王封印という役割が決まっているからだ。

 聖女は怪我を治すが、それは医者の仕事を邪魔してしまうことにもなる。金銭的なことも絡んできたら尚更だ。


 ただ例外として、突発的な事故で多数の負傷者が出た場合で医者の手が足りない時は、その国からの申請により聖女や、治癒力は聖女には劣るが神官が派遣される場合もある。

 私は聖女候補だったので、派遣されることはなかったが、派遣された聖女や神官は無償で治癒することになっていた。


 私は背中にクロの体温を感じながら、押し掛けてきた人々を見ていた。溺れかけた男の子のようにやむを得ない場合は大目に見てもらえるだろうが、この人数を勝手に治癒すれば、最悪この国に罰せられる。


「ここから去れば良い」


 クロが、そう言うと荷物を掴む。そして、片手で私の腰を浚おうとするのを一歩下がって避けた。


「深紅?」

「うーん、考え中」


 クロが眉をしかめて、私を捕まえようと近付くので、その手を逆に掴んで自分の頬に添えた。

 おお、落ち着く。


 そうしていたら、ドアをノックされて、少し身構える。


「夜分失礼致します。ここに聖女殿がおられると聞き参りました。私は国王陛下に遣わされた使者です」


 国王?


 緊張しつつドアを開けると、二人の騎士らしき男性が簡易な鎧を纏ったまま立っていた。


「……国王陛下が、何の御用でしょうか?」

「折り入って、お願いがあるのです。まずは王宮にお越し下さい」


 私を検分するかのように二人は見ていたが、言葉使いは丁寧だった。

 このタイミングで国からの使者とは、外の人々と関連があると思わざるをえない。


「……はい、行きます」

「おい」


 ほぼ即答して、クロが驚いて咎めるように声を上げた。


「そちらの少年は……貴女方は姉弟ですか?」


 クロに気付いて問われて、私は僅かに考えて口を開いた。


「いいえ、クロ…彼は私のラブリーなワンコ系彼氏です」

「し、深紅!」


 声を震わせ、クロが横から飛び付いてきた。


「クロ…ぐっ」


 よっぽど嬉しかったのか、私をぎゅうぎゅうに抱き締めて、窒息しそうだ。


「深紅!深紅!」

「クロ…お留守番よろしく」

「……ああ?!」


 私の顔を舐めかけていたクロが、不機嫌に数センチの距離で睨んできた。


「だってばれたら…」


 ヒソヒソと耳元で囁くと、私の耳に唇を寄せたクロが不敵に笑った。


「別に。その時は消し去るだけだ」

「何を?!いや、辞めてよ。クロ君、平和主義で行こう」

「えー、人間嫌いだし」

「私も人間ですよ?多分」


 互いの耳元で囁き合っていたら、騎士さん二人が咳払いし出した。


「ごほんごほん、あー、彼氏同伴でも構いませんので」


 彼氏!自分で言っといて何だけど、照れる!


「彼氏……」


 クロも同じ気持ちなのか、ニヤニヤしている。


 騎士さん達が冷めた表情をしていても、全く気にならなかった。


 ******************


 馬車に乗せられて王宮に着いたのは、まだ深夜だった。

 最近、夜に色々あるな。昼夜逆転しそう。

 宿の前にいた人々は、後から来た騎士さん達が誘導して病院に連れて行ったりしてくれた。


「今、どこの病院もいっぱいで」


 困っていた騎士さんの言葉が引っ掛かる。


 客室に通されて仮眠を取り、謁見が許されたのは朝になってからだった。


 玉座に座る国王夫妻の前で、胸に片手を当て、頭を下げる聖女の礼を取る。


「あなたが深紅ね?アテナリアから、はるばるお帰り」


 最初に声を掛けてきたのは王妃だった。そして、ばれていた!


 つうっと背中に冷や汗が滲む。黙っていると、王妃は立ち上がり、私にゆっくり近付いて来た。


 つっ、と手にした扇子で顎を持ち上げられる。


「……ふうん、この子が封印せし魔族を服従させて手玉に取っていた聖女とは……思ってたより清純そうで可愛いわね」

「て、手玉!?」


 目の前の王妃様は、まだ若い色っぽいお姉さんだった。目の下の泣きボクロはお決まりか。


 パンッ、と不機嫌そうにクロが、王妃様の扇子をはたき落とす。


「ふふ」


 クロに目を向けた王妃様は、余裕の表情でその襟首を掴み顔を近付けた。


「お前が上級魔族の『クロ』だね。綺麗な顔をしてるのね。ふふ、こんな可愛い少年の姿なら、一度寝所を共にしてみたいわ」


 色気を振り撒く王妃様に、私は圧倒されまくり言葉を失った。

 だ、ダメだ、勝てない。色気で…


 嫌そうに顔を仰け反らせて、クロは王妃を睨んでいたけど、その誘い文句に、にやりと笑った。


「………俺を誘うなど身の程知らずが」


 王妃の顎を乱暴に掴み、今度はクロが顔を近付けた。


「あら、怒らせたかしら」

「俺と寝所を共にするなら、相応の覚悟はあるのだろうな?並の人間なら魔力に当てられて、最悪死ぬぞ。それに魔族は人間より執念深くて一途だから、狙った女はとことん離さないし、しつこく求めまくり…」


 そこまで言って、クロは王妃から手を離し、数歩後ずさった私に振り向いた。


「……クロ、さん」

「……怖く、ないよ?」


 じりじりと私の元へと歩いて来るクロが、怖い。


「わ、わたし、誘わない、よ?」

「……お前は大丈夫だ、聖女なら魔力に当てられないし、あ、うん、初めてでも治癒あるから痛くない。それに俺はイヌだ……イヌだ、よ?」


 少年の姿で、そんなこと言ってるのが一番怖い!

 私を捕まえたクロが、わざと甘えた仕草で頬擦りしてきた。


「深紅しかいらない」


 私は理解した。デュークさんの言っていた『男は狼』とは、イヌがレベルアップした姿だということを。


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