君に届け4
甘々回!
「次に会う時は、俺を封じろって言ってたよね?」
「いや、その、あれは…」
未だに手を縛られたままのクロは、宿の一室でソファに座って項垂れている。あんなカッコいいセリフ言ってた闇のクロは、今は見違えるほどしおらしくなっている。
少し意地悪だったかな。
濡れたクロをタオルで包んでから、私は背中を向けて魔道具を解術するために紙に術を込めて札のような物を作っている。
クロを縛る縄は、結構強力で直ぐには外せないのだ。
私とクロは、元の宿に荷物を取りに行き、備品の修理代をちゃんと払ってから、一足跳びにディメテル国の首都に辿り着いた。
その間二時間。転送魔法陣を使ったとはいえ、クロの驚異的な足の速さのおかげだ。
雨で夜中で良かった。人目があったら騒がれていた。
まあ、深夜過ぎにこの宿を取った時に、受付の人がクロを見て、「そういうプレイですか?」と言ったのは……よくわからないけど。
「はい」と答えといたら、クロが俯いて体を震わせていた。
「………外してくれ」
「うーん、どうしよう」
クロは、私が直ぐに外せると思っているらしいが、自慢じゃないが私はそんなに有能じゃない。
どうだったかな。以前クロの枷を外した時は、解術の紙の作り方は教科書に書いてあったのを参考にしたんだった。
思い出せるかな。まあダメでも、クロの魔力が回復したら自力で外せるから大丈夫かな。あ、でも着替えとか困るよね。濡れたままじゃ風邪引く?よね。引くのか魔族。
「…………深紅」
「ん?ちょい待ち」
「触りたい」
「…………え」
聞き違いだったかと振り返って、心臓を撃ち抜かれた……と思った。
濡れたクロは切なそうな顔を私に向けて、口撃してきた。
「深紅に触りたい、触りたい」
「ク、クロ、さん」
「触りたい触りたい触りたい触りたい触らせろ触りたい触りたい、なめ…触りたい吸わせて触りたい」
「ま、待って、怖いよクロ」
紙に解術の詠唱を文章化したものを書いていた私の筆がぷるぷる震える。
なんか変だ。そういえば私が尻尾を触ってからだったかもしれない。
目が据わったクロが、そんな私の動揺を見透かして口撃の口を止めない。
「おあいこだと言ったのは深紅だ」
「うう」
「ゴメンナサイ、はい謝った」
「す、すなお」
「…………キュウウン」
濡れそぼった美少年が、イヌ化して可愛く鳴いたら……そりゃ、あんた、もう…
ばばっ、と素早く紙を書き終わり、クロの手首を縛る縄に貼り付ける。
「燃えろ!」
「あちちちちちっ!」
威力の加減はできなかった。魔道具は燃え尽きて、ついでにクロも少し焦げた。
「ああ、ごめんク、ロ!?」
クロの前に回り込んだ私が見たのは、ニヤリと笑う魔族だった。
手を一度振ると、私に狙いを定めたクロの瞳がキラリと光った。
「きゃ」
思わず目を瞑った時には、私は既にクロの腕の中にいた。
「深紅……深紅…」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、苦しい。
「……クロさん」
「怖いことはしない……今は」
今は?
「クロ、くるし…」
「うあ、深紅!」
力の強いクロに絞め殺されそうになって、私はぐったりした。
それに気付いて自分で驚いて、クロは力を緩めた。
「こ、殺される、怖い……」
「怖くない、よ?」
「疑問形だし」
クスクス笑って、私もクロの背中に手を回す。すり寄る私の頬に、そおおっとキスをしてクロは嬉しそうだ。
なんでかな?今までもこんなふうに触れあうことはあったのに、凄く幸せー、な感じだ。
「くしゅん」
そうだった、お互い濡れたままだった。そして私はとんでもない格好だった。
「あ、あのクロ君」
「んー」
するすると自然な仕草で私の胸に頬擦りして、クロはハアハアしている。
……………そうだった。私はこのクロとずっとお風呂に入ってたりしました。
「わ、私お風呂入ってくるね、風邪引いちゃうから」
「わかった」
顔を赤らめながら、クロがいそいそと上着を脱ぎ出した。
「まって、クロ、私一人で入るから!何だったら先に入る?」
「気にしなくていい。俺はイヌだ。ペットも入浴可」
真面目な顔でクロは言い切った。
いや、おかしいよ!クロがイヌになるのを止めて、私も彼を意識したら、なんかこれは恥ずかしすぎる!
「ふえーん、クロ怖い」
「こ、怖くない、よ?」
私が怖がってる表情を作ったら、クロは罪悪感を感じるらしく動揺しだした。
「一人で入りたい」
「わ、わん………」
がくりと肩を落とすクロ。私はお風呂に一人で入ることに成功した。
あったかい湯に浸かり、ようやく力が抜けた。
良かった、クロとまた元通り一緒にいられる。
「うん?元通り……?」
イヌじゃないクロと、どう接したらいいのかな……
かくっ、と湯船で寝落ちしそうになって、目をこする。明け方が近いけれど、私寝てないんだよね。
ワンピースのような寝巻きに着替えて、よろよろとベッドにうつ伏せに倒れ込む。
「深紅」
「ん……眠い」
しばらく眠っていたら、暖かい腕が私を抱き締めた。お風呂に入ってきたのだろう。クロの体から良い匂いがした。
気持ちが良くて、額を擦り寄せる。
少し意識が浮上したので、クロの胸の辺りの服を掴んでおく。
「……深紅…深紅」
頭の上からクロが小さく呼び掛ける。仮の名だけど、大事に呼ばれたら嬉しいな。
「ん、クロ…もう故郷には、行けないね……」
私もそこまでバカじゃないよ。これは確実に待ち伏せされていることぐらい分かる。
どうしよう。
取り敢えず寝てから考えよう。
まあクロと一緒だから平気かな。
「故郷には帰ったらいい。約束したよな、名前教えてくれるんだろ」
「ん……でも」
「問題ない」
ふっとクロが笑う気配がした。
「そうでないと困るんだよ」
なぜに?
問い掛ける力もなく、私はスヤスヤと眠ってしまった。
もうクロが全然怖くなかった。
離れるのがイヤで、もっとくっついていたいと思っていた。




