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君を喰らい尽くしたい4

 

「………カイン、私本当は寝ていて夢を見てるみたい。いきなり不思議なセリフが聞こえた」

「夢じゃない、ほら…」


 ちゅ、とカインの唇が私のと軽く合わさって、呆然と彼を見上げた。


「…な」

「君は、僕と結婚するために聖女の務めを辞退する。僕なりに考えたんだ、君を守るにはどうしたらいいか。僕の妻になれば、神官としての身分で君を守れるし、丸く収まるはずだ。そうだ、故郷には結婚の報告で訪れることにしたらいい」


 口をパクパクと開けて閉じて、掠れた声を出す。


「ま、待って、そんなこと、カインに迷惑が」

「迷惑じゃない、僕は…」


 言いかけて、カインは私の後ろの闇に目を凝らした。


「盗み聞きとは、躾のなってない犬だね」

「ク、クロ!」


 足音も立てずに姿を現したクロを見て、私はドキリとしてカインの腕の中から逃れようとした。


 表情を無くしたクロの手が闇を纏う。そしていきなりカイン目掛けて爪を振りかぶった。


「きゃあ!」


 ぱっ、と血が飛び、カインが肩を押さえて膝を付いた。


 闇がずるずると地を這い、カインの首を絞めようと巻き付くのを見て、慌ててそれを外そうとする。実体の無いそれは、私の手をすり抜けて捕まえることができない。


「やめて、クロ!」


 苦しそうなカインの呻き声に、魔力を操るクロの手を掴む。


「やめて!やめなさい!」

「……………」

「お願い、クロ!」


 カインから私に視線を移し、クロは唐突に魔力を引っ込めた。そして、私の手を乱暴に振り払い背中を向けた。


「カイン、大丈夫?!」


 咳き込むカインの肩と首を治癒していると、宛がった手に彼の手が重なる。


「平気だよ」


 私に笑いかけたカインが、クロを見てから息を吐いた。


「これ以上は、クロとは行動できそうにないな。僕は先に街に行ってるよ」

「カイン」


 立ち上がったカインが、私の髪を撫でた。


「さっきの結婚の話、本気だよ。よく考えて欲しい」

「でも……」

「別に君の為だけじゃない。僕が君と結婚したいからだよ」


「…………え?」

「僕は、故郷にいた頃からずっと君が好きだったから」


 驚いている私に苦笑しつつ、カインは私の肩を抱いた。


「やっぱり気付いてなかったか。君は鈍いからなあ」

「そう、だったんだ」

「そうだよ。だからちゃんと考えて」


 私の肩越しにクロを見ながら、カインは囁く。


「クロを解放して、僕を選んで」


 後ろを向いたクロの背中が、微かに揺れる。


「わ、私」


 言葉を探す私を、カインが再び抱き締めた。


「明日の昼には、街に着くだろ。そこにあるキュピド公園で夜9時に待ってる。返事を聞かせて」


 そっと離れて、カインは私を見つめる。


「君が来るまで待ってる」


 思い出したようにホタルが一匹だけ、私とカインの間を横切っていった。



 *************


 夜明け前、カインは荷物を持って先に行き、私とクロだけが残された。


 明るくなるのを待って、朝食にジャムを塗ったパンとコーヒーを取る。


「………行こうか」



 クロは私を見ない、私の後ろを無言で歩いた。

 私は、カインに言われたことを考えていた。背中にクロの視線を感じていたけれど、考えることが多過ぎて処理が追い付かず、歩きながらぼんやりしていたように思う。

 昼過ぎに、谷を抜けて街に出て、カフェで昼食を取り宿を探した。

 カインに出くわすかと思ったが会わなかった。どうしているのだろう。


 夕食を取る以外は、宿の部屋で二人口数少なく過ごして夜を迎えた。


 時計をちらちら気にする私を、クロが見ていることに気付き、取り繕うように風呂上がりの赤い髪を櫛で漉く。


 約束の時間が過ぎたが、私は部屋の灯りを消してベッドに横になっていた。

 星も月もない夜。どうやら雨が降ってきたみたいだ。

 ポツン、ポツンと微かな雨音が聴こえ、隣のベッドで背中を向けて眠るクロがぼんやりと見える。


「………………」


 私と同じくらいの身長のクロ。きっとまた急に成長して背も追い越されるに違いない。

 大人の彼を見てみたい。

 それに私はクロとの約束を果たしていない。

 それから……


 本当は結論なんて直ぐに出ていた。わからなかったのは、理由だ。

 自分の気持ち、これにあてはまる感情の名を私はずっと考えていた。

 気付かないようにしていた。だって、後が辛いから。でも……逃げてばかりで臆病なだけでは、また誰かを傷付けてしまう。それでも結局傷付けてしまうなら、逃げずに受け止めて自分も傷付いた方がいい。


 私は起き上がり、外出着に着替えた。

「ずっと待っている」とカインは言っていた。この雨の中で、来るかわからない私を待っている。


 足音を立てないように歩き、ドアを開けようとノブに手を掛けた時だった。


「行くのか」


 背後で少年の声がして、ハッとする。

 ベッドに座り、クロが私を暗がりから見ていた。


「クロ、言葉を」

「行くんだな」


 問いではなく断定した言葉。片膝を立て、クロは額に手を当てクックッと笑った。


「クロ?」

「もういい、忠犬ごっこはおしまいだ」


 ゆらりと立ち上がって、金の瞳が私を睨んだ。


「俺が全て終わらせてやる。今までのこと全部メチャクチャに壊してやる、お前もだ、深紅」


 私は近付くクロの表情に、言葉を失った。


 手負いの獣のようだと思った。

 追い詰められ、痛みを耐え、何もかも諦めたような、悲しい表情で、それなのに無理に口角を上げて笑う不自然さ。


「………深紅」


 もう一度、確かめるように名を呼び、クロは魔力で私の両手首を縛り上げた。


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