君を喰らい尽くしたい3
巨大な蜂のような下級魔族が、カインの体力減退の術により、ボトッと地面に落ちていった。
私とクロを包む結界に当たり、バッタの姿の魔族が灰になった。
「聖女に選ばれた深紅は、やはり術も凄いね」
「そうかな」
カインに褒められて、横にいる彼を見ていたら、カサカサと這うような足音がした。
前に目を移したら、物凄い速さで巨大なゴキブリ型の魔族が走ってきていた。
「きゃあああ!ゴキはダメー!クロ、クロ!!」
手足でもってクロの背によじ登ると、クロの魔力の爪がゴキを引き裂く。無惨に飛び散る中身にパニクる私。
「いやあだ!ぎゃあ!」
「ぐ、ウウ!」
後ろからクロの首を絞めながら、強制的肩車の私を、カインが横から脇を抱えてクロから剥がす。
「君は昔からゴキブリ嫌いだね」
「み、皆嫌いじゃないの?!」
カインに後ろから抱き締められていることに気付いた時には、今度はクロに強く手を引かれてカインから離される。
「はあ、恐かった」
なんとか気を沈めて二人を振り返ったら、ピリピリとした空気の中で互いを睨んでいるようだった。
「二人ともありがと。クロ、行こう」
私が手を差し出すと、クロはそれに一瞥をくれてから一人で先に歩き出した。
一体どうしてしまったんだろう。
カインと行動を共にして一週間が過ぎた。私達は海の町を過ぎて、狭い谷を通っていた。
カインは、アテナリアに戻らないといけないが、私を心配して故郷近くまで同伴すると申し出て、今も一緒だ。
「次の転送魔法陣は、この谷を過ぎて二つ目の町にあるよ」
「うん」
「そこからディメテル国の首都から歩いて3日ぐらいで僕達の故郷に着くよ」
「うん……」
生返事の私の肩に慰めるように、カインが手を置く。
「元気ないね。まだ決心がつかない?」
「…………」
「お互いに利益はないんだよ。服従の術を解いて、クロを自由に放してあげなよ」
先に行くクロの背中を見て、小さく溜め息をついた。
カインは、故郷にクロを連れて行かずに、すぐに魔界に近いところで放してやるべきだと言う。それが彼のためだと。
確かにそうだ。彼を迎えに来た魔族もいたんだ、数百年も待ちわびる者がいるはずだ。
「カインは、クロが何者か知ってるの?」
「……神殿に封印されていた上級魔族としか知らないよ。魔力の結界で誰もクロに手を出せなかったけど、本当は強い力を持っているはずだ」
「そうだね」
カインが草を踏み、立ち止まった。
「深紅、クロを信じられるのか?」
「え?」
私の顔を心配そうに覗き込み、肩に置いた手で髪を撫でる。
「あの子は魔族だ。人間じゃない。いつか、君を殺そうとするかもしれない」
「そんなこと…」
何か言わなければと口を開きかけた時、戻ってきたクロに腕を引っ張られて歩かされる。
「クロ」
「…………」
私を冷ややかな瞳で見たクロは、首を振った。
カインに耳を貸すなといっているようで、私は俯き気味に歩いた。
数日前、私はクロにも聞いてみた。
魔界に帰りたいかと聞いたら、微妙に首を傾け、服従の術を解こうかと聞いたら、怒ったように睨んできた。
本当は逃げたかったら、クロは逃げている。私が泣きながら、帰らないでと懇願するからいてくれる。
腕を掴むクロの力が強すぎて痛い。
その後から、クロと私の間はギクシャクしている。
カインに咎められてお風呂もベッドも別にしたら、不機嫌の最大値を振り切った状態のクロは、話しかけるのも
勇気がいるほどだ。
………淋しい
「クロ」
小さく呼ぶと、こちらを振り返ったクロは、気付いたように掴む手の力を緩めた。たどたどしくもその手を滑らせて、逆にクロの手の指に絡めると、きゅっと握って応えてくれて少しだけ安心する。
視線を感じて後ろを見ると、カインが無言で私達を鋭く見ていた。いつもは優しい茶色の瞳が、寒気がするように冷ややかで怖かった。
***********
その日は、町までは辿り着けず、私達は谷で野営をすることとなった。
沢でクロに魚を捕ってもらって焼いて、荷物からパンとチーズとリンゴとビスケットを取り出して、三人で分けあって夕食を取った。
下級魔族が生息してはいたが、私が大きめの結界を張り、夜は焚き火を囲んで眠ることにした。
クロの背中に引っ付いて眠ろうとしたが、固い地面に寝袋を敷いてもなかなか寝付けない。思わずクロの尻尾に手を伸ばしかけて、過去の醜態を思い出して、手を引っ込めた。
仕方なく起き上がり、眠るクロを確認してから夜中の散歩に出る。
「眠れない?」
囁くように声を掛けられて見ると、カインも起き上がっていた。
「野宿は、慣れなくて」
「僕も……少し歩いて話でもする?」
クロを起こさないように、二人で焚き火から遠ざかり、闇夜を水の音を便りに沢沿いを歩く。夕方見たホタルが、まだ翔んでいないかと思ったのだ。
「気をつけて」
「うん、わっ、と」
ぬかるみに足を滑らせた私をカインが抱き止める。
「ありがと、びっくりした」
離れようとしたら、カインの腕が更に私を抱き締めてきた。
「カイン?」
「-ティ、僕と結婚しないか?」




