君を喰らい尽くしたい2
大きな窓からは海が見えた。宿の一室で、私とカインは話をしていた。
「カインは、故郷に帰る途中なの?」
ベッドで膝を抱えて、向かいで椅子に座るカインに問う。クロは、私の後ろで背中を向けて横になっていた。
「僕は正式に神官になったよ。ここに来たのは、君に会う為だ」
「え」
思わず身構える私に、カインは笑いかける。
「大丈夫、君に無理強いはしないし、その魔族…クロにも何もしないよ」
「本当に?」
「君の行方がわからなくなって、心配だったんだ。だから探しに来たんだよ。会えて良かった」
「カイン、ありがとう……ごめんなさい。それからおめでとう」
軽く握手をして笑い合う。
「ふん」
背中を向けたクロは、寝ているわけではなさそう。聞き耳を立てている。
「それにしても、君は思い切ったことをした。聖女になるのが決まった途端に、魔族と逃げ出すなんてね」
「カインも私がバカなことしたと思ってるでしょ?」
責められるのを覚悟して問うたら、カインはおかしそうに笑った。
「君らしいと思ったよ」
「え」
「昔から斜め上をいく子だったから、君ならやりかねないと思った。でもここまで、辛かっただろ」
くしゃりと大きな手が、私の髪を撫でて鼻がつんとなる。
「でも、クロがいたから……」
「クロ、ね」
私の背後に目をやり、カインは難しい表情をする。
「このまま一緒にいると、ますます君は不利な立場になるんじゃないか?早く手放したほうがいいと思うよ」
「で、でも」
「魔界に帰したいのかい?なら、なぜ転送魔法陣で急いで連れて行かないの?」
痛いところを突かれたと、顔が強張って言葉に詰まる。
「深紅、クロを大事に思うなら、早く手放してあげなよ」
「あ………私、は」
カインは、私を憐れむように見つめていた。
「君の道程を僕はいくらか把握しているけど、ヨルムンガンドの時も元聖女候補であるセリエ様の館の件も、皆そのクロが魔族を引き寄せたことが原因だろう?」
「………カイン」
「セリエ様は、クロがいたせいで死期を早めたと思わないかい?可哀想に、クロが魔族だとおそらく見抜いていたのに、寛容にも滞在を許したりするから」
「え?」
思いもよらないことに、思考が止まる。
セリエ様は気づいていた?
それでも、黙っていてくれたの?
「聖女候補だった者が、魔族を見抜けないわけないだろう」
カインの当然だと言わんばかりの言葉に額を押さえる。
そうだ。あの時セリエ様は、不自然にクロのことを聞いてきて「大事に思っているのね」って……
「そっか、知ってて………」
混乱しすぎて悲しくて笑いそうだ。
あの時のセリエ様、どんな気持ちで私とクロを見ていたのだろう。
呆然とする私の肩に、急に後ろからクロの手が置かれる。
振り向くと、そのまま私の体に腕を巻き付けようとするのを、立ち上がって距離を空ける。
「あ、ごめ…」
私の行動を予想していたのか、クロは驚いたり不機嫌な表情はしなかった。ただ、自嘲めいた笑みを浮かべていた。
それを見て、余計に頭の中がぐしゃぐしゃになる。
クロは悪くない。都合のいいことにしか目を向けず、都合の悪いことは考えもしなかった自分が一番悪い。
「………ちょっと風に当たってくるね」
クロとカインを背に、私は部屋を出た。自己嫌悪に耐えきれなかった。
外から部屋のドアを閉め、それを背に付けて唇を噛み締める。
部屋の中から、カインの声が聞こえた。
「クロ、お前が本当に深紅を大事に思うなら、彼女を自由にしてあげるんだ」
違う!
私がそれを許さないだけだ。
私は、クロと少しでも長くいたいために遠回りして誤魔化すような旅をしていた。犠牲を出しておきながら。
「最低だ、私」




