君と私の知ってる秘密
次の日の朝。私は用意してもらった魔道具を館の四隅に埋めて、結界の術をそれに込めた。これで私がここを離れても、持続的な結界を張った状態になる。
ただ、昨日の魔族達の目的がクロなら、もうやって来ることはないと思う。
「もう行っちゃうの?」
ミスラムがあまりにも淋しそうに聞くので、私は言葉を詰まらせた。
できることなら、ずっと守ってあげたいが、ミスラムの後ろに控える人達を見れば、それは彼らの役目だと思った。
生前セリエ様は仕える人達に、自分の死後のことを色々託していて、ミスラムは彼らによって、これからも大切に育てられるだろう。
彼らのミスラムを慈しむ表情を見れば、セリエ様がどれだけ慕われていたかがよく分かる。
「ミスラム、元気でね」
私は見送ってくれる彼の額に軽くキスをした。
「聖女深紅から、ミスラムへ祝福のキスを」
そう言うと、ミスラムは額を押さえて照れ臭そうにしていた。
「また来てね」
手を振るミスラムに振り返し、低く唸るクロの手を引き、用意してくれた馬車に乗り領地の外れで降ろしてもらった。
「…………セリエ様は、幸せだったんだね」
川沿いの道を歩きながら、私は曇り空を見上げた。
「望んだ生き方じゃなかったかもしれない。でも、そこから幸せを、ちゃんと見つけ出していたんだね」
独り言に近かった。隣を歩くクロを見つめる。
前を見ている綺麗な横顔。
セリエ様とクロが重なる。
何百年も繋がれていたクロは、どんな気持ちだっただろう。自分の意思ではなく、無理矢理自由を奪われて辛かったと思う。
私だって、半ば強制的に聖女候補として学校に入れさせられてしまった。理不尽さに対する悔しさや反抗は、身に染みてわかる。
セリエ様と私達が違うのは、そこから逃げたことなのだけれど。
それで、幸せになれる保障は無いのにね。
「クロ」
「ワン」
「ペットを幸せにするのは、飼い主の義務だよ」
私は立ち止まり、おもむろにクロの前に膝を付いた。
「クロ君、きっと君を幸せにするから、だから」
「ワ、ワ、ン」
期待の籠った目が、私を見ている。
「一生私のペットでいてください!」
「…………へっ」
私の渾身のプロポーズに、クロはやさぐれた表情でそっぽを向いた。
「何で?」
え、私に飼われていたくてイヌになってるんじゃないの?
「クロ君、私たまにペットの気持ちがわからないよ」
「…………ハアア」
頭の後ろに両手を置いて、わざとらしい溜め息をつく生意気な感じと外見の可愛さが……うん、飽きないね。
川幅が広くなったと思ったら、曲がった道の先に見えたのは海だった。
青く透き通る、どこまでも広い海に、私のテンションが急上昇した。
「海!海だよ!」
「ワ、グッ」
もどかしくてクロを抱き上げて走り出した。
白い砂浜に降りて、海を長いこと眺めていた。
「私……初めて見たんだ、海」




