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君惑うことなかれ6

 

 猫耳お兄さんは、わけがわからないといった表情をしている。


「どうしたのです?私達はずっと」

『今は退け』

「帰りましょう」

『やだ』

「や、やだって…」


 少し高めの声だけのヒトとお兄さんが、軽く言い争っている間に、私は手首と脇腹の怪我を癒して立ち上がった。


 そっ、と話に夢中になっているお兄さんの背後に回る。


「何百年待ったと思ってるんで」

「縛れ!」

「なっ、は?!」


 拘束の術を至近距離で掛けると、お兄さんは目を見開いて抗議した。


「あ、あなた!話の途中に何するんですか!」

「ながらハナシは、危ないですよ」


 ふふん、と笑い、手を腰に当てて余裕ぶいてみせる。

 本当は、内心ガクブルだったけれどね。


「あなたね、こういう時は黙って待っているのがお約束ですよ!」

「何かそういう戦闘モノの物語ありましたね、私も読みましたよ」


 そうか、魔族の間でも流行ってたのか、あの戦闘モノ。


「………そ、そうなんですか」

「あれ、男の子に人気なんですよね」


 私とお兄さんは、改めて互いを見た。

 ………おかしい。何か親近感を感じる。猫耳が一段と愛らしく思えてきた。クロには及ばないけどね。


 でも私の手首折りかけた恨みは忘れないよ。


 お兄さんが、戸惑いの表情を浮かべた。

 それから声だけのヒトに話しかけた。


「近いうちに帰ってくるんでしょうね?」

『………気が向いたら』


「光よ、照らせ!」


 詠唱を唱えた私を中心に、ばあっと白い光が放たれる。一瞬だが、周りが強い光に包まれる。


「ま、またですか!」


 その場にいた中級魔族とお兄さんが一斉に目を押さえてお決まりの言葉を吐いて苦しむ。


「目、目が、目があっ」


 夜目が利く分、魔族の目には光の負担が大きい。人間も眩しそうにしてまばたきをしているが、直ぐに慣れてくる。


「今のうちに皆下がって!」


 後退し、魔族から距離を保って、私はもう一度結界を張った。先程よりも小さいが、慎重に強度を保つよう集中し続ける。


「いい加減帰って」


 近くで兵に背負われているセリエ様が見えて、私は早く事態を終息させたかった。


「……………」


 目を細く開けたお兄さんは、私を見て微かに口端を上げた。気のせいで無ければ、それは嘲笑ったりする類いではなく、感心したような笑みに見えた。


「…………ふっ、いいでしょう」


 お兄さんが言うや、地面に巨大な青白く光る転送魔法陣が浮かび上がる。


「またお会いすることがあるかもしれませんね」


 お兄さんと生きている中級魔族は、みるみる内に地面に吸い込まれるようにして消えていった。


 私はそれを見届けるや、踵を返して勢いよく走り出した。先に館に運ばれて行ったセリエ様が心配だった。


 ミスラムのしゃっくり上げる声が廊下まで聴こえて、胸に重石があるように苦しい。


 部屋には虫の息のセリエ様が横たわり、ミスラムがその手を握っていた。

 ミスラムの肩に手を置いて慰めているのは、セリエ様を守っていた男性兵士。そして何人もの仕える人達がセリエ様とミスラムを見守るように付き従っていた。


「……セリエ様」


 もう全く無駄かもしれないが、私は再びセリエ様に痛みを和らげる術を施した。するとその穏和な瞳を薄く開けて、周りの人を一人一人焼き付けるように見ていった。


「おばあ様!」


 最後に孫を見つめて、セリエ様は花が綻ぶように美しい笑顔を見せた。


「ああ、なんて……私は、幸せなんでしょう」


 深く皺の刻まれた年老いたセリエ様。それなのに私は、私達は、その笑顔に魅せられた。

 こんなにも美しい笑みを初めて見た。


 セリエ様は、そのまま目を閉じると間もなく最後の発作を迎えて、二度と目を覚まさなかった。


 **********


 自分にあてがわれた部屋に戻ったのは明け方だった。


「……………クロ」


 クロは起きていて、ベッドの上に座っていた。私が部屋に入り近付くと、すっと窓に目を向ける。

 その決まり悪そうな表情を放って、私はクロに飛び付くようにして抱き付いた。


 引っくり返って二人でベッドに転がる。クロは無言で動かなかった。

 でも私が肩を揺らし、押し当てたまぶたにより自分の胸が濡れていくのに気付くと、ゆっくりと私の背中に両手を回してくれた。


「………ありがとう」


 だいぶ経ってから、私は顔を上げてそれだけを言葉にした。仰向けのまま私を抱き止めるクロの頬に、そっと手を伸ばす。

 クロは、その手をやんわりと捕まえると、自分の口に運んだ。


 手首に唇を当て、赤い舌を出す。

 目を閉じたまま、チロチロと擽るように舐めるクロを私は見つめ、生暖かく湿った感覚に任せ、目を閉じた。


 治した手首の怪我を、知らないはずのクロが労るように舐め続けてくれた。


 私は気付いてはいたが、気付かないように口を閉ざす。


 クロは……私に、〈飼われてくれている〉



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