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君惑うことなかれ5

 

 ごくたまに、アテナリアが魔族に襲われた時は、私達聖女候補は否応なしに防衛の為に駆り出された。

 実戦経験を積むことが大事だったからだ。


 でも、主に中級か下級魔族に集団で戦うことが多く、上級魔族には怪我を負わせたことがあるぐらいで、今のように一対一で対峙することなんてなかった。


 正式な聖女だって、勇者と神官と共に戦うのに。


 緊張で頭の中が真っ白だ。今は妄想する余裕もない。

 でも、結界越しの上級魔族のケモ耳に目がいくのは仕方ない。

 黒髪の間からのぞく短い黒毛に覆われた可愛らしい猫のような耳が、気難しそうな細面の青年の姿と微妙にズレている。


「み、みみ、みみみみみ」

「何ですか?セミですか?」


 丁寧口調で上品に顔をしかめるお兄さん魔族に、私はどうしたらいいかわからない。


 私が聖女だと分かるらしく、お兄さんは推し量るように私をじろじろと見ていたが、直ぐに興味を失い、後ろの中級魔族に目をやった。


「探しなさい。見つけ次第お連れするのです」


 訓練された犬のように、巨大な獅子や鳥や犬っぽい中級魔族が、ぞろぞろと前に進んでくる。

 このヒトが飼ってるのかな……


 お兄さんが結界に手をかざすと、クロの見せた魔力の爪と同じようなものが結界を切り裂く。


「我の領域を侵す者から守れ!包み覆わん!」

「っ、あなた…!」


 セリエ様の結界が破れた内側に、いきなり私の結界が出現し、お兄さんは私を睨み付けた。


 私の周りにいた館の兵が、ほっと息を吐く。

 間髪入れず、お兄さんは私の結界を切り裂いた。


「あっ」

「邪魔するなら殺しますよ」


 中級魔族達が一斉に侵入を開始した。兵達が、それを防ごうと剣を構え、弓をつがえた。


 夜の暗さは、魔族の味方だ。夜目が利く彼らに対向し、兵達が篝火を焚いている。


 上級魔族お兄さんは、闇の魔力を飛ばして篝火を次々と倒し灯りを消していく。

 最後の灯りが消え、真の闇が迫る。


「光…うぐっ!」


 私が光を灯す術を唱える前に、お兄さんは一瞬で目の前に移動し、私の横腹を蹴ってきた。

 幸い、身を包んでいた結界が威力を軽減して痛みは少なかったが、ぶっ飛んで地面に転がり、詠唱は中断されてしまった。


「女性に手荒なことはしたくないですが、仕方ありません」


 全く悪びれた様子もなく、お兄さんは私を見下ろした。

 その背後では中級魔族と兵達とが戦いを始めていて、暗闇で不利な兵の悲鳴がそこかしこで聴こえる。


「縛れ!」


 お兄さんが、動きを止めた。私が見える範囲で数十匹の魔族も、同時に止まる。


「私の家で、勝手は許しません」


 肩をミスラムに支えられたセリエ様が、青白い顔でお兄さんをきっ、と見据える。


「セリエ様!」

「リリィ様、無事ですか?」


 そう聞きながら、セリエ様は兵達一人一人に結界を張っていく。

 時折胸を押さえる姿に、こちらの呼吸が苦しくなる。


「だめです、セリエ様。ミスラムと避難して下さい」

「そんなことできません。孫を頼みます」


 祖母を支えながら、ミスラムはポタポタと涙を流しながら首を振る。


「お、おばあ様が逃げないのに、どうして領主の私が逃げれましょうか」

「……ミスラム」


 二人に飛びかかる猿の姿の魔族を、私が拘束の術で縛ると、女性兵士が剣で突いてとどめを刺した。


 兵達が二人を囲んで守ろうとしている。


 魔族に結界を破られた兵が腹を切り裂かれて、悲鳴を上げた。


 治癒を施そうと駆け寄って、後ろから襲い掛かる巨大な鳥の動きを止める為に詠唱を唱える。


「おばあ様!」


 目の端で、セリエ様が地面に手を付く姿が目に入った。


「あ、きゃあ!」


 そちらに気が反れた時、いつの間にか術を破ったお兄さんが結界を切り裂き、私の手首を絞め上げた。


 そのままグイッと上に引っ張られて、腕がもげそうに痛む。


「あっ、痛い!」

「その髪……」


 お兄さんが、痛みで唸る私の髪を片方の手で掴み、じっと見ている。


 私は痛みで滲む涙を振り切るように目を瞑って、手首に意識を向けた。


 ………食べるイメージ、食べる…


 掴まれた私の髪から、するりと黒い魔力が剥がれ、元の赤い髪が現れる。


「この魔力、やはりあの方の…あなたですね、封印を解いた聖女は…あ、なに?!」


 お兄さんが驚いて私の髪から手を離した。その間にも私の手首を伝い、お兄さんの魔力が私の中へと吸収されていく。


「そ、そうか、この力が…」


 魔力がどんどん減って、力が出なくなったお兄さんが私の手首を遂に放した。

 ガクンと膝を付いた猫耳の傍で、私も手首を押さえて蹲る。

 骨にヒビが入ったかもしれない。


「あの方を…!」


 怒りで瞳を光らせ、お兄さんが私の首に手を掛けようとした。


『そこまでだ』


 ふいに頭に響くように男の声がした。


『その女に、これ以上傷を作れば、コロスぞ?』



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