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君惑うことなかれ3

 

「セリエ様は、幸せなのかな」


 布団の中で、クロの髪を撫でながら考える。


 ぽつりと漏らした『他人の思惑』という言葉は、きっと今は亡き領主とセリエ様との結婚のことだろう。

 元聖女候補という箔のせいで、好きあってもない人と結婚して、セリエ様はどんな気持ちだったのだろう。


「……好きでもない人と結婚なんて嫌だな」


 短い髪を撫で続ければ、気持ち良さそうに目を細めて、クロは私の独り言を無言で聞いている。


「………私は、一生連れ添うなら、愛し合う人とでないと結婚なんてしたくないなあ」


 欠伸をして、私はクロの額にキスをした。


「おやすみ」


 向かい合うクロの肩に手を伸ばせば、逆に私より小さな手が、私の頭を抱き込む。


 初めは嫌そうにしていたのに、こんなに懐いて居心地の良い関係になれた。

 これからのことを考えれば、不安で泣きそうになるけど、できるだけクロと過ごす時間が長ければ良いのにね。


「ねえ、クロ」

「ン」

「私が結婚しても、ペットでいてくれる?」

「……グウウウウ」


 唸りながら首を振ったクロに、私はショックを受けた。


「クロ、ひど、もういい、お嫁になんか一生行かない」

「え、ウ、ワ、ワン…」


 何でクロが今度は落ち込むのかな?


 *************


 広い庭は、薔薇が咲き誇っていた。

 真っ赤な薔薇、薄紅色に黄色、橙に紫がアーチのように私達を囲っていたりして、どこか浮世離れしていた。


「凄く綺麗」

「そうでしょう?私の自慢の庭よ」


 セリエ様は、薔薇の中にテーブルセットを拵えさせて、手ずから紅茶を注いでいた。


「ミスラムと私と使用人達では、この館は広すぎて…」


 セリエ様は、寂しそうに微笑んだ。


「この庭の手入れをするのが、私の安らぐ時間です」

「そうですか。素敵な庭ですね、私大好きです」


 少し離れた薔薇の陰から、ミスラムのはしゃぐ声が聞こえる。同じくらいの年頃だからと、クロに遊び相手をさせているのだけど、大丈夫だろうか。


 口下手で、あまり愛想はよくないと、ミスラムには念を押しておいたけど。


「待て待てー」


 どうやら追いかけっこをしてるみたい。


「奥方様!!」


 ふいに茶器が割れる音がして、驚いてセリエ様の方を見た時には、護衛の女性兵士に介抱されて蹲る彼女がいた。


「セリエ様?!」


 胸を押さえて、苦しそうな表情に慌てて駆け寄れば、片手で制する仕草をする。


「…だい、じょうぶ」

「セリエ様は心の臓を病んでおられるのです。発作を起こされたのです。急ぎ医師を!」


 護衛の女性が、他の使用人に医師を呼ばせ、セリエ様を支える。


「おばあ様!」


 クロに片手で襟首を掴まれていたミスラムが気付いて、転びそうになりながら駆け寄ってきた。


「しっかり、しっかりなさって下さい!おばあ様!」


 半泣きですがるミスラムが痛々しくて、私はクロに手を握られて目を反らした。


 **********


「やはりダメかしらね。長生きできると淡い期待を持っていたのだけど」


 ベッドで横になるセリエ様が、弱く笑う。

 私は気休めではあるが、痛み消しの術を施していた。


「だんだんと発作の回数も痛みも酷くなってきてるの」


 困ったわ、と彼女はやはり微笑む。


「ミスラムが成人するまではと思っていたのだけれど」

「セリエ様」


 何も言えない。でも、一つだけ聞きたいことがある。

 それが、ただ私が知りたいだけのことなので、私は喉につかえる問いを呑み込んだ。


「心配なの、あの子が……」

「……………」


 私が黙っていると、セリエ様が唐突に話題を変えた。


「ところで、弟さんとは仲が良いのね」

「は、はい、そうだと思います」

「………そう、大事に思っているのね」


 身体の弱っているセリエ様は、そう言うと静かに寝息をたて始めた。

 紅茶と薔薇の薫りが微かに漂い、私は悲しくて寂しくて、彼女の胸が呼吸の度に上下するのを長いこと見守っていた。


 その夜、魔族の襲来があるなど夢にも思わなかった。



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