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君惑うことなかれ2

 

 グラン地方の領主の館は、塀と門が高く、大きな庭があり、左右に広がる二階建ての立派なものだった。


 広い応接室に通され、私はクロと並んでソファーに座っている。向かいには、セリエ様が一人座っていて始終ニコニコされている。


「それで、そなた…貴女と弟さんは故郷に戻る途中なのですね」

「はい、そう、です」


 スマイルパワーに気圧され断り切れなかった私は、ほんの少しの作り話を混ぜこんで事情を説明した。


 クロは弟で、聖女の最終試験に落ちた私は、やむなく故郷に帰る途中、迎えに来た弟と合流したところだったということにした。


「ウウウウ」


 なぜに機嫌が悪いのかな、クロ。


「最近のアテナリアの様子はどうですか?私がいた頃より、随分変わっているのでしょうね、リリィ様」

「様はいらないです。もう私は、ただの平民です」


 ちなみに仮名だ。本名名乗るほどおバカではないのだ。変態でもない、はずだよ。


「そうかしら?元聖女候補は、故郷に帰っても元の生活には戻れないものよ、私のように」

「あ…」


 ゆったりとした動作で緑茶を嗜むセリエ様は、前領主夫人だ。70を過ぎた彼女は、もし聖女候補にならなければ、故郷で田畑を耕して、ただのお婆ちゃんとして穏やかに暮らしていたのだろう。


「貴女だって、有力者からの求婚の打診があったのでしょう?」

「ええ、まあ、3つほどは」

「ウウウウ」


 確かにお父さんからの手紙には、書いてあったような。

 興味無かったから、あんまり考えたことなかったなあ。


「時に人生は、自分の思い通りにはいかないものですよ。他人の思惑で決められてしまうことも…菓子はいかが?」


 自分の言葉を打ち消すように、セリエ様はお饅頭を勧めてきた。

 セリエ様自身のことを言っているのだろう。私は何も返せず、お饅頭をクロと半分ずつ分けて食べていた。


「おばあ様!」


 ドアからひょっこりと、小さな男の子が顔を覗かして、セリエ様が嗜める。


「これ、挨拶をなさい」


 恥ずかしさと好奇心の入り雑じった目で私達を見て、その子が優雅な作法で挨拶をした。


「ようこそおいでくださいました。グラン領主のミスラムでございます。以後お見知りおきを」

「え、領主!?」


 七、八歳ぐらいのその子が、頷く。


「私の孫です。今の私の唯一の家族です」


 セリエがミスラムの肩を抱いて、優しく微笑んだ。


 **********


「へえ、リリィはおばあ様と同じ聖女候補だったんだ」


 ミスラムは、凄いなあと感心しきりで私を見上げてきた。


 セリエ様に気に入られたのか、私達は数日間館でお世話になることとなった。


 クロと館の大浴場に入りに行ったら、ミスラムが乱入してきて三人でお風呂に入っている。


「ガルル!」


 ミスラムに威嚇して唸るクロだが、彼はキョトンと首を捻り、構わず浴槽に飛び込んできた。


「ミスラム君、いらっしゃい、ん、何して?クロ?」


 クロは、バスタオルで私の身体をぐるぐる巻きにすると、私の身体を隠すように膝の上に乗ってくる。


「クロ、タオルは湯船に浸けちゃダメだよ。マナー違反」


「ガウウ!」


 無視して、私の首に手を巻きながら、後ろを振り返ったクロがミスラムを睨む。

 彼はというと、クロには興味がなさそうで、睨まれてもわからないといった顔で首をかしげている。


 色々話をしてみると、ミスラムがセリエ様をいかに尊敬しているかが伝わる。


「僕を育ててくれたんだ」


 ミスラムのお父さんは、セリエ様の夫が領主だった頃に、ある日領地の見回りに行って帰ってこなかったらしい。森の外れで中級魔族に従者共々殺されたのだそうだ。

 その時、身籠っていたミスラムのお母さんは彼を生んで間もなく病気になって死んでしまった。


 セリエ様は、一人息子を守れなかった。聖女の術を備えていたのに。とても悔やんだに違いない。


 ミスラムをその後悔分、大事に愛情を注いで育てたのだろう。

 この子を見て、話を聞いていたら、それぐらい分かる。


「……クロ、ミスラムと話しにくい」


 大きくなったのに、何甘えてるんだろ?

 私の首にしがみついて、ぴったり身体をくっつけて、クロは鎖骨の辺りに顔を寄せ、ミスラムに見えないようにその窪みをちろりと舐め上げた。





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