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君惑うことなかれ

 

「ワタシハ、ヒトトシテ、オワッタ」


 ヨルさんの薬を売り、大金を手にして、呆然と野道を歩いている。周りには水を湛えた田んぼが広がり、どうやら田植えは終わったらしい。


 私の前を歩くクロも、ほぼ無言。お互い微妙な空気が漂っている。


 ……ク、クロの顔が見れない。


 昨日の醜態は、やはり薬の影響だったみたいだけど、潜在意識下で、私が望んでいたモフだった。


 ああ、私何てことを!あんないたいけな可愛いラブリークロを襲ってモフりまくるとは!

 クロは、元気になってもらおうとして、私に薬を飲ませてくれただけなのに。


 私は、クロを無理やり…汚してしまった(ヨダレで)


「あ、あの、クロさん…」


 恐る恐る声を掛けると、クロは歩みを止めた。


「昨日は、その…ごめんなさい。私、君に……」


 ぎゅっと目を瞑り、一気に謝罪の言葉を捲し立てる。


「モフって、モフりまくって、散々もてあそんで、嫌がる君を無理やり…!ごめんなさい!」


 そこまで言って、片目を薄く開けてクロを見ると、両手で耳に蓋をして屈辱に震えるクロがいた。


「ク、クロ、許してとは言わない、でも嫌わないで 」


 すがるようにクロに懇願すると、なぜかクロは後ろめたい表情で、目を反らす。


「クロ……見捨てないでえ。昨日の私は、私じゃなかったの。普段はあんなに変態じゃないの」


 へたりと座り込んで、力無くクロを見上げる。


 聖女としても終わり、人としても終わり、飼い主としても終わってしまったら、あと何が残るんだろう。


 苦い顔をしたクロは、目の前に歩み寄って、私を見下ろしていたが、いきなりニタリと悪そうな笑みを浮かべた。


「クロ、さん?」

「ワン」


 よしよしと私の頭を撫でると、向かって座り肩に手を掛ける。


「ゆ、許してくれるの?」

「ワン」


 こくりと頷いたクロが、自分の唇を指差す。

 少しだけ突きだされたそれに、まばたきして考える。


「ちゅ、ちゅうしたら許してくれるの?」


 神妙に頷くクロ。

 い、いいのかな?以前、ちゃんと注意したはずなのに、またクロはねだってくる。

 でも、それでチャラにしてくれるなら、お安い御用かも。


「……クロ」


 私が顔を近付けると、クロも嬉しそうに唇を寄せてきた。

 ドキドキと心臓の音がうるさい。

 唇が触れ…


「何をしている!」


「ひゃあああ!!?」


 突然声が降ってきて、変な悲鳴を上げて猫のように跳ねとぶ。


 あたふたと見上げると、目の前に立派な馬車が止まっていた。護衛らしき男女の兵士が二人先導していたらしく、その内の男性が声を上げたようだ。


「は、えっと?あ、あの!」


 挙動不審に狼狽える私は、これは未成年ワイセツで捕まったと覚悟した。

 クロは、何事もなかったような表情をして立ち上がっている。


「こちらは前領主夫人セリエ様の馬車である。道を開けよ!」

「あ、はい、失礼しました」


 クロを引っ張り、脇に避けて頭を下げる。

 聖女候補といっても一般平民の私、特段迷うこともなく、目上の方には礼を尽くす。


 それに穏便にしないと、いつ私達のことがばれるか分かったものじゃない。


 クロを後ろから抱いて、ガラガラと目の前を通って行く車輪を見送っていると、またしても馬車が止まった。


「そなた…」


 馬車の側面についてる小窓が小さく開いて、おっとりとした女性の声が聞こえた。


「そなた、その気配…聖女候補ですか?」


 はっとして小窓を見上げると、細くて皺の刻まれた指が窓枠に添えられていた。


「………さようでございます」


 ためらいがちに返事をすると、中から「まあ!」と感嘆の声が上がる。


「まあまあ、聖女候補の方に会うなど本当に久し振り。よかったら、私の館までいらっしゃいな。いろいろお話が聞きたいわ!」


 朗らかな声に、私とクロは顔を見合わせた。

 いや、私とクロはもう分かっていた。

 私の聖女のオーラを見抜いているような人だ。


 小窓から、白髪の老婦人が顔を覗かせた。


「申し遅れました。私、元聖女候補のセリエ…聖女名は、『緑』と言います」



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