君が必要5
………ペットと飼い主の理想の姿、なんだよね?
私は苔やら葉っぱが何重にも積もった、ふかふかした地面に転がったままぼんやり思った。
…………ベトベトだ
「ペロペロペロペロペロペロ」
クロは何かのスイッチが入ったのか、私の顔中を舐めまくっている。細めた瞳に影射す長い睫毛を見つめ、私は動かずにいた。
ブロッコリーを無理やり食べさせようとしたクロは、あと少し私が嫌がったら、服従の術で強制的に「待て」状態に突入するはずだった。
それが、なぜか舐め舐めタイムがスタートしてしまい、私は少々混乱している。
イヌが飼い主を舐めるのは信頼の証なので、特に抵抗せずにいるから、服従の術は発動しない。
ベトベトになるのは嫌だけど、クロが私にそうした行為をするのが嬉しかった。
ついでに、この舐め舐めをいつまでするのか、した後どうするのかが気になった。
それに、ちょっとくすぐったくて気持ち良かったから。
「ペロペロ……グル」
「ふふ、クロ、口ばっかり舐めないで、ん、美味しいの?」
ご飯粒付いてたかな?
「ハフ…ペロ…ハアハア」
なんだか、美味しいのと聞いたところから、更に呼吸が荒くなったみたい。
ピョコンと尻尾が飛び出し、目の色が金に変わってしまった。
クロの舌が、また唇を舐め、そのままつつっと首筋を上下に舐め上げた。
「ん、あっ」
舌の温かさとゾクッとした気持ち良さにビックリして、体が跳ねた。
「クロ、もう…」
「ハアハア…ペロペロ」
なんだろ、すんごいしつこいな。
「クロ」
「ハアハア」
「もしかして、私を『食べたい』の?」
「ハ……ハッアハッア!ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロ」
何かグレードアップしちゃった。
目を爛々と光らせて、これは断然私を食べる気みたいだ。
そうか、唐揚げじゃ物足りないんだね。やっぱり人間を食べるんだね?
「クロ、その、私なんか食べても美味しくないから、あっ」
首をハムハムされた。てしっ、と私の胸に手を置いて、やわやわと指を動かす。
「や、柔らかいとこが、好き(食べたい)なの?」
「ハッアハッア!!」
あどけない子供の姿なのに、何だろう……この違和感。
首をレロレロ舐め舐めかじかじして、その小さい指が襟元のボタンを外そうとする。
「あ、あの、クロ、私」
一口だけだよ、と焦って言おうとしたら、いきなりクロが蹴られて飛んでいった。
「クロ?!」
起き上がると、そこには少し前の宿屋にいた魔物ハンターのおじさんが立っていた。
「やっぱりこの小僧魔族だったか?!リリィちゃん、大丈夫か?喰われてないか?!」
私の肩を支えて、おじさんが気遣わしげに私を覗き込む。
「だ、大丈夫。ちょっと食べられかけたけど」
目を反らして答える。
何だか悪いことしたみたいな、変な気分。
「おう、間一髪だったか」
おじさんは、すらりと腰の剣を抜くと、身軽に起き上がったクロにそれを向けた。
「グルルル」
「その姿、上級魔族だな。おい、か弱い娘っこをだまして喰おうだなんて許せねえな。ここで成敗してやる!」
「ええ?!」
クロ、完全に悪者じゃん!
四つん這いになったクロが、怒って低く唸っている。
「待って、おじさん!元はと言えば、私が悪いの!」
「嬢ちゃん?」
わたわたとおじさんの腕を押さえる。
「唐揚げの、唐揚げの恨みが、増大しただけなの!クロは、物足りなくて私を味見したかっただけなの!」
「味見?」
おじさんは、怪訝そうな表情をした。それから、私のベトベトの顔を眺め、外れたボタンを見て、興奮状態のクロに目を向けた。
「………このエロガキ魔族が」
剣を振りかぶり、おじさんは更に殺気を増大させた。




