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君はペット6


 道の駅から歩いて、数分。

 私達は、街道沿いの野原にいた。


「それじゃあ橙は、私がクロに騙されて連れ去られたと思ってたの?」

「そうよ」

「え、でも手紙置いてたよね?」

「あんなの騙されて書いたかもしれないし、それに『聖女嫌なんで家帰ります』って、普通聖女認定されたのに、嫌なんて考えられないから。だって、聖女だよ?世界中でも稀な名誉ある聖女になれるんだよ?それが嫌なんてあるわけないでしょ?」


「あるわけあって、ごめんなさい」


 そんなに聖女って、いいもんだっけ?


「家帰りたいって、聖女認定されたら時々なら帰れるし」

「え!そうなの?聞いてない…」

「ちゃんと人の話聞かないからだよ、もう!」

「え……」


 あれ?私、なんで学校飛び出したんだっけ?


「でも、私悪いことしたから、認定取り消しだよね?」


 確かめる私に、橙は呆れたように自分の髪をくしゃ、と掻いた。


「違うわ。深紅、あんたは今まで誰も完全には破ることのできなかった結界を破いた」

「まあ、うん」

「だから、次の魔王封じの聖女には、おそらくあんたが選ばれる」

「なんか幻聴が聴こえた。気のせいかな」


 はあ、青空が遠い。今日もいい天気だ。

 ひばりの囀ずりが、のどか。

 凄いたくさんタンポポ咲いてる。


「深紅、聞いてる?!」


 肩を揺すられ、私は顔を歪めた。


「聞いてるよお。聞きたくないけど聞いてるお」

「もう、本当大事な話だから聞いてよね?それで、私あんたが心配だったから、先生から許可を貰って来たのよ」

「……よく分かったね」

「そりゃあ、ずっと一緒にいたんだし、あんたがどんなルートを辿るかは大体…転送魔法陣の魔族の気配は微量に残ってたし、それにあんた宿で私の本名名乗ってたでしょ?」

「えへへ」


 苦笑してしまった。隠そうと色々工夫したのに、ばれてる。橙が知ってるなら、他の人にも情報はいってるのだろう。


 私の膝の上にいるクロは、神妙な表情で話を聞いているみたい。


「深紅、戻ろう。皆怒ってないから。皆……その魔族に唆されたと思ってるから」

「私が戻ったら、クロはどうなるの?」


 橙達は、最終選抜試験の時の記憶の改竄はまだされてないらしい。私が出ていったことと関係するのだろう。


 私を見上げるクロを、きゅっと抱き寄せる。


「それは…その子は上級魔族」

「うん」

「つまり、人間の敵。聖女の倒すべき相手。だから…」

「橙、ごめん、本当ごめん」


 クロを抱いたまま、立ち上がる。


「私、戻れないよ」

「深紅!」


 橙も立ち上がって、私の腕を掴んだ。


「よく考えなよ!今戻れば、まだ大丈夫だから」

「ペットは責任持って最後まで飼わなくちゃダメなの」

「はあ?」

「私、クロを見捨てたりしない」


 私が見つけて一目惚れして飼い始めた大事な仔だ。


 橙が呆れた顔で、呟く。


「何言ってんの?確かに可愛いかもしれないけど、魔族だよ?」

「家族だよ」

「ガ、ル……」


 真ん丸い目で私をまじまじと見るクロに、安心させようと笑いかける。


「あんた」

「橙、私のこと心配してくれて本当にありがとう」


 私なりに誠意を込めて、橙に感謝を伝える。


「しん…く、わかってるの?」

「うん。皆に迷惑かけてごめんなさい」


 橙が泣きそうな顔をした。私も同じような顔をしてるはずだ。


「責任はいつか取る。だから…元気でね、橙」

「わからない、何でそんな魔族を取るの?!」

「クロを守れるのは、私しかいないから…」


 唇を噛んだ橙が、私の腕を掴む力を強めた。


「いいわ、力ずくで…あっ!」


 抱いていたクロが、身を乗り出してその手に噛みついた。

 その隙に、私は駆け出した。

 大丈夫、クロの噛む力は弱いから、橙はきっと怪我はしていない。驚いただけだ。


「深紅!深紅!どうしてっ、私達を裏切るの?!」

「……っう」


 橙は、その場で叫んでいる。追いかけては来ない。

 それなのに、彼女の言葉が私の胸を抉るようだった。


 声が聞こえなくなり、彼女の姿が見えなくなっても、長いこと走った。

 息が切れ、一旦クロを下ろして呼吸を落ち着かす。クロは逃げない。

 私はクロと手を繋ぐと歩き出した。何度もクロは、私をちらっちらっと見上げてくる。私はその度に、クロが可愛くて笑って視線を合わせた。


 夕方、宿に着いた。

 美味しい夕食を食べ、暖かいお風呂に入っているのに、何だろこの虚無感。


「ふえっ、裏切ったっていわれだあ!」


 浴室に私の泣き声が響く。


「だいだい、泣かしちゃったあ…友達、な、なくしたあ、うわあん!」


 クロは、私の膝の上でやけに大人しく湯船に浸かっている。私の胸にちょこんと手を添えて、俯きぎみにもたれている。


「ひっ、く、もう一人に、一人になっちゃったよお、ふええん!」


 クロが手を移動させて、私の肩に手をついた。


「も、もう、クロしかいないよお!クロ、クロぉ」


 両親もいるけど、もう気持ちがどんより落ちて、傍にいるクロが偉い尊く見えた。


「ふえっ、クロ、一緒にいて、ひゃっ?」


 膝を立てたクロが、私の頬の涙を舌で舐め取った。

 びっくりしている私を、赤い顔で見つめて、もう一方の頬にも舌を這わす。


「……クロ」

「クゥ」


 驚いて泣くのを止めた私は、調子に乗ったのか顔中舐め回すクロにされるがままだった。


 まぶたを舐め、顎を舐め、また頬を舐め、唇の際を舐められる。


「くすぐったいよ、クロ」


 こそばゆくて、笑えてきた。


 慰めてくれてるの?それとも…


 息を荒げて、首を舐めようとするクロをぎゅっと抱き上げたら、私の肩に頭を預けてきた。


 甘えてくれてるのが、凄く嬉しかった。


「クロ。君、もしかして…」

「キュウン」

「塩分足りてないの?」

「…………グル…」





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