君が愛した悪魔の僕は5
神殿の地下への扉をネーヴェ様が開ける。
「さあ、気付かれない内に早く」
促され、レイが最初に扉をくぐった。続けて入ろうとする私の肩をネーヴェ様が軽く押して制する。目の前で扉が音もなく閉まった。
「え?」
もう片方の手で封印の印に触れたまま、短い詠唱を唱えたネーヴェ様が、すぐに戸惑う私に扉を開けてくれたので、慌ててレイの後を追おうと地下への階段を降りようとした。
「………………あれ?」
階段なんてなかった。
後ろからデュークさんがやって来て、私と同じようにキョロキョロしている。
「地下へ行くのに階段はないのか?ここは部屋か?」
「………ネーヴェ様?」
扉の所には、一歩外に立っているネーヴェ様がいて、私とデュークさんを見ていた。
「ここなら安全です。隠し部屋なので、一部の神官しか知りません。頃合いを見て出して差し上げますから、大人しくここにいて下さい」
「「え?」」
状況が呑み込めずに、茫然とする私達にネーヴェ様は、申し訳なさそうな顔をした。
「私は、魔王だけを連れてくるつもりでした。聖女深紅、デューク殿、あなた方を巻き添えにする気はありません。どうか許してくださ…」
言い終わる前に扉が突然閉まった。真っ暗になり、私は扉があっただろう場所を、手探りで探した。
「最初からそのつもりだったのか、あの神官長」
近くからデュークさんの声がしたが、気にする余裕は無かった。
「出して!出して!ネーヴェ様!」
レイが心配だ。一人でなんて行かせられない。
継ぎ目の無い厚い石壁を拳で叩くが、手が痛くなるだけだった。
「レイ!れ」
「ムリだ、止めとけ嬢ちゃん!」
デュークさんが私の手を掴む。
「どうしよ、デュークさん。レイが……」
「落ち着けよ」
そんなこと言われても……
扉であったろう場所に頭を付けて、考えを巡らす。
「デュークさん、破壊できる?」
「………ムリだな」
剣を突き立てようとしても、弾かれる強度にデュークさんは溜め息をついた。
内側から開ける封印らしきものは探したが見当たらない。外からでないと開かない構造かもしれない。
「どうしよう」
話からすると最初からネーヴェ様は、レイだけを魔界から連れ出すのが目的だったのだろうか。それならば、その理由は一つしかないじゃないか。
こうしている間にも、レイは……
レイが私がいないことに気付かないわけない。私は渾身の力で壁を叩いて叫んだ。
「誰かあ!開けてえ!ほら、デュークさんも!」
「お、おう、開けろお!出せ、このお!」
ボカボカボカボカ
一心不乱にデュークさんと壁を叩いていたら、突然スカッと拳が宙を切った。
「わわ、っと」
「大丈夫ですか?」
扉を開けてくれた人が、バランスを崩して転びそうになった私を支えてくれた。
見ると、まだ幼さの残る少年で息を切らしていた。
「………………ユリウス様?」
式典で見た記憶があって問うと、少年は頷いた。
「先程、ネーヴェ様ともう一人男の人に会いました。もしかして、彼等の仲間ですか?」
「そうです。二人は無事でした?私行かないと」
そう答えると、ユリウス様は泣きそうな顔をした。
「ならば、助けて。父上と白亜が殺される!」
************
「レティ!」
途中にカーブを描く階段だが、見失うはずがない。
レイは後ろを振り返り、来た道を戻ってみたが、扉は固く閉ざされていて、特殊な術で封印されていることが分かった。以前ここから脱出した時とは違い、意図的に閉められている。
「ネーヴェか?」
気にくわないと思ったら、やはり何か企んでいたか。おそらくは自分をおびき寄せる意図があったのだろう。
「前に進むしかないか」
レティが気にかかるが、地上にいるなら今の自分よりは安全なはずだ。
後ろ髪を引かれる思いで、ゆっくりと階段を下りて行けば、次第に感じるものにレイは顔を顰めた。
これは血の薫りだ。
暗い階段の先は、魔族の自分でもよく見えないほどの闇。だがカーブに差し掛かった所で、飛び出して来た者を素早く捕まえた。
「わああ!だ、誰?!」
「子供か」
顔を確認して、直ぐに放してやる。
「用はない。行け」
明らかに怯えた少年に、顎をしゃくって促すと、自分の姿に警戒しているらしく、無言で足をもつれさせながら上がって行った。
そこからまた少し下った所で、レイは足を止めた。
壁には血塗れの手形。側の階段には血溜まりがあり、下へと引き摺ったように血が続いている。
それをじっと眺めて、右手から魔力で構成された黒い剣を出現させ柄を握った。
「………一緒にいるって約束したのにな」
一人で戦うのは別にいい。だが、約束を破ろうとしたレティを怒った自分が、今度は怒られる立場かもしれない。私を置いてったと怒るレティを想像し、レイはゾクリと身を震わせた。
「ナメナメ禁止だったらどうしよう……いや、逆に罰としてモフられまくるとか、それは気持ち良いからいっか……いやイキッぱなしは辛い、体に堪える。いやいや待て、最悪子作り禁止だったら…」
「やあ、久し振り」
悶々と考えていたら、地下へ辿り着いていた。
昔、レイがいた結界の辺りに、剣を手にした護がいて、にこやかに笑っていた。
「貴様……」
「君と話すのは初めてだね。今どんな気持ち?妹を殺した僕を見ている感想は?」
友達にでも話しかけるような気軽さで、護は話した。
その顔を睨み付け、レイは呪いの言葉を吐いた。
「全部貴様のせいだ。子供ができなかったらどうしてくれる。俺の最大に困難なミッションが!くそっ、貴様、生かしておかない!」
「…………………は?」




