君を仰げば尊し4
「悪いけどお邪魔するわ」
タリア様が、こほんと咳払いをした。
護側である翡翠の仲間達は、タリア様の兵達と後から来たネーヴェ様達との間で小競り合いをした後、鎮圧された。
………私が泣いている間に!
「深紅が翡翠を負かせて、戦意喪失したみたいね」
橙が冷静に言ったけど、何か後になって思い出したら結構恥ずかしい戦いだったような気が……
レイは私を抱えたままで、ちゅうしたり擦り擦りしてうっとりしてる。
目の前でタリア様達が残党を捕まえていた間、激甘オーラ振り撒いていたね。
「まさかあなたが来るとはね、ネーデルファウスト」
剣を鞘にしまい、勇ましい甲冑姿のタリア様が意外そうに言った。
「今の俺は魔王じゃない。深紅にメロメロベロベロなおイヌ様だ」
「どうしました、クロさん?!」
真面目な表情が怖い。
タリア様は、いつものようにお腹を抱えて笑ってるし。
「お願いです!人質になっている母を助けて下さい!」
捕縛された神官らしき男性が、突然叫んだ。
すると、他の者達も口々に声を出す。
「私達が負けたと知れば、護様が人質になっている家族をどうするか……」
様子を見ていたレイが、ふいに背後を振り返り、やや離れた所にあった林の中の一本の高い木を見るや、魔力に足をとられた人が一人落ちてきた。
「戦況を監視して、奴に報告する気だったな」
「捕らえろ!」
逃げようとした男は、橙の拘束の術で動きを止められ捕らえられた。
「情報操作をせねば……」
タリア様が口元に手を置いて呟く。
「3日……いや2日でいい。ここでまだ戦闘中だと思わせることはできるか?」
レイが聞くと、タリア様は眉をひそめた。
「2日?」
「ああ」
金色の瞳を細めたレイは彼方を見た。
「2日で奴を倒す。人質が殺される前に片をつけたい」
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「白亜、白亜」
闇夜に紛れて物陰から自分を呼ぶ声に、白亜は慌てて目を凝らした。そこに今年14になる王子ユリウスが隠れているのに気付き、その手を引いて部屋へと入れる。
「何をしているの?隠し部屋にいてと言ったはず」
「白亜こそ、何をしているの?」
声を詰まらせる白亜を利発な少年が見つめる。
白亜はへパイストース国に続き、また一つ国を侵略し、報告の為に一時アテナリアに帰還した。
「………ユリウス、隙を見て必ずあなたを逃がすから待っていて、ね?」
「白亜も一緒に行こう」
「それはダメ」
悲しそうに微笑む彼女に、ユリウスは唇を噛む。
「父上が囚われているからでしょ?でも、だからってこんな……他国を侵略して皆を傷付けて、白亜が嫌なことばかりしなくても!」
「………全ては私が悪いの、ごめんなさいユリウス。こんなことになってしまって……せめてあなただけは守るから」
「白亜」
涙を堪える少年の金髪をくしゃり撫でる。
白亜は、そのままその肩に額を付けて、少しばかり目を瞑った。
「………もう今となっては手遅れだけど、ようやく見えてきたものがある」
「え?」
「私はこの世界でずっと一人だと思っていた。でも今ならわかるの。自分がどれだけ」
言い掛けた白亜の耳に、聞き覚えのある足音が届いた。
無言で直ぐにユリウスの手を引っ張り、何もない壁に片手を付けた。口の中で短い詠唱を唱えると、壁が開いて小さな空洞が現れる。
そこに強引に少年を押し込み、再度詠唱を唱えると空洞は壁の中へ隠れてしまい、ユリウスの姿は見えなくなった。
直後に扉が開かれて護が部屋へと入って来るのを、白亜は、そっと壁に凭れて迎えた。
「ここにいたのか、真白」
深青の軍服を着こなした護が爽やかに笑う。その腰にはエドウィンから奪った勇者の剣を帯びている。
「……アフロディーチェ国を占領したわ」
「そう、さすが。でも君の部下はダメだね、アーレス国をなかなか落とせないから皆ぶった斬って、僕が代わりに落としてきたよ」
「………え」
無表情だった白亜が、青ざめた顔で護を見た。
「…………誰も殺さないでと、命令通りにするからと、私言ったじゃない」
「だって仕事遅いんだから仕方ないよ、首切られても」
「………護っ、もうやめてこんな!」
思わず彼の袖を掴めば、瞬間白亜は突き飛ばされて開いたままのドアから廊下まで吹き飛ばされた。
「気安く触るなって言っただろ」
「……おねが」
床に倒れながら声を絞れば、腹を蹴られた。
「治癒が使えて良いね、サンドバッグにされても平気だろ」
「ぐ…うぅ」
腹を庇いながら、治癒を掛ける。蹴られる度に治癒を掛ける。何度も。
「そういえば、エドウィンに息子いるんだって?ねえ白亜、その子知らない?」
「…………ネーヴェ様と、逃げ、た」
「ふうん、捕まえてエドウィンの前で刻んだら、あいつどんな顔するか見たかったんだけどな」
言いながら、また腹を蹴られる。
「う…」
「真白は我慢強いね。昔みたいに泣きもしないし悲鳴も上げない。つまんないな」
飽きた護が蹴るのを止めて立ち去るのを、倒れたまま白亜は見送った。
「は……白亜」
「ユリウス大丈夫?」
随分経ってから、壁から出したユリウスは、泣きながら白亜に飛び付いてきた。
「なんで、こんなになってまで!」
白い服の汚れや血の痕までは誤魔化せない。切れた唇からの出血に気付いて、白亜は指でそれを拭き取った。
「平気よ。これはバカな私が受ける当然の罰。でもあなたやお父さんは、きっと私が守るから、絶対に」
白亜は微笑んで、ユリウスを抱き締めた。
「命にかえても」




