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君を仰げば尊し2

 

「行け!」


 タリアの指示に、幼竜が「キュイ」と一声鳴き飛び立つ。


 ディメテル国の境。2週間、彼女は騎士団と共にここを守っている。


 幼竜が空中に舞い上がり、体の回りに風を起こした。渦巻くそれが、敵に向かっていく。

 竜巻のような旋風に、何人かが巻き込まれて宙を舞い、遠くへ吹き飛ばされて行く。

 だが、大半の敵は結界に守られて攻撃が効かない。


「いい加減そこをおどき下さい」


 聖女の術を駆使し、タリアと対峙している翡翠が苛立ちを露に声を上げる。


「嫌よ、どけと言われて素直に譲るわけないでしょう」


 戻ってきた幼竜の喉を撫でながら、タリアが鋭く彼女を見つめる。

 お互い疲弊が激しい。だが負傷者はディメテル国側に多く、戦力が少しずつ削られていく。治癒の術を持つ翡翠側が有利だ。


「早くしないと、護様が来る。あの人が来る前にここを攻略しないと私達殺される!」


 焦りと恐怖に、翡翠や他の聖女候補達、アテナリア騎士団は必死なのだ。


「ならば、我々と共に戦いましょう。いくらあいつが強くても孤立させれば」

「ダメなんです!そんなことしたら人質の家族が皆殺しになる!それに、寝返った者は」


 青ざめて震える翡翠が話したのは、神官ネーヴェがアテナリアを脱出した後に起こった光景だった。


 ネーヴェに続いて国を脱出しようとして逃げ遅れた者は捕らえられ、一般市民、神官聖女区別無く、護によって手足をもがれ無惨に殺されていった。


「わたし、私は、それを見ていたんです。あの人は……次は誰が楽しませてくれるの?って言って……」


 恐怖で人を縛っている。

 あの狂った男は、自分が楽しむ為だけにアテナリアを乗っ取り、他国を征服しようとしている。

 そんな奴に従えば末路は見えている。


 だからタリアは、この国を渡すことなどできない。


「私にも守るものがあるの。あなた達には同情するけど譲れないわ」


 突き付ける剣に、翡翠が顔を強張らせ術を唱える。


「彼の者を縛れ!」


 術に身構えるタリアだったが、体を硬直させたのは翡翠の方だった。


「なっ?」


 驚きつつ、素早く解術をして背後を見る。

 いつの間にか囲まれていて、翡翠は自分に拘束の術を施した深紅を見た。隣には橙がいる。


「もうやめて翡翠!」

「……深紅、橙」


 悲しそうな仲間達の表情に、翡翠も顔を歪ませる。

 飛んで来た四匹の竜が、タリアの竜の元へと降りて身体を擦り合わせてじゃれ合う。兄弟だと認識できるらしい。


「翡翠、もうやめよ、ね?」


 橙が諭すように言って近付こうとするのを、無言で見ていた翡翠だが、いきなり足を拘束した。バランスを崩した橙が転び、その隙に後ずさる。


「無駄よ、もう逃げ場はないわ。観念しなさい」


 背後ではタリア達が構えて、護側の者達を追い詰めるように前進し出す。


「………深紅、勝負しない?」


 やけに落ち着いた声で、翡翠は彼女に声を掛けた。


「え?」

「私、一度あなたと戦ってみたかったのよ。それに、もしここで捕まっても、魔王の妃を倒して手柄を揚げたなら……人質の私の家族は助かるかもしれない」

「翡翠……」


 目を見張る深紅は、翡翠の目には以前よりも大人びて見えた。

 深紅が、自分を羨ましそうに見ていたのは知っていた。だけど、自分がそれ以上に彼女に妬みを持っていたことを深紅は知らないだろう。


 やる気のなさそうなのに、ここぞという時は力を発揮して聖女になり、必死に努力した自分を軽々と追い越した深紅。

 銀色の自分の髪を目で追う癖に、美しい赤い髪で皆の視線を浚っていった。

 そして栄誉ある聖女の地位を簡単に捨て去り、魔王の妃になって幸せを掴むなんて、妬まずにどうしていられよう。


「わざわざレティを煩わすな、そんな茶番必要ない」


 深紅の肩を抱き、魔王が鬱陶しげに言う。


「レイ、いいから」


 その手をやんわりとほどいて、彼女は「邪魔しないで見ていて」と念を押した。


 綺麗になった、いいや、女らしくなった。

 不服そうな顔の魔王を見つめる深紅は、女性の翡翠からしても可愛い女の子に見えて、それが余計に憎らしかった。


 いつも彼女は、自分よりも良い札を引くのだ。


 こちらを見据えた深紅が前へ一人進み出た。

 翡翠も一人で歩み出る。


「ねえ、翡翠」

「何?」


 きつめに問うたのに、彼女は意に介していないようだ。


「もし私が勝ったら、その……」


 どうせ投降して、大人しく自分に従えとでも言いたいのだろう。

 言いにくそうな深紅を睨み付けて、言葉を待ってやる。


「あ、あのね、友達に今度こそなってくれる?」

「え?」


 はにかむ彼女に力が抜ける。そうやって、いつもペースを崩されるのだ。


「………あなたが負けたら、その首もらうわ」

「負けないよ」


 わかっている。ここで自分が勝っても、深紅は魔王に守られるだろう。それでも一度は本気で戦ってみたい。


 呼吸を整え、こちらを見据えたまま深紅が唇を動かし出した。その真剣な顔は、翡翠にとって初めて見る顔かもしれない。


「あ、レイ目つぶっていて!光を!」

「うあ!?お前眩しっ!眩しすぎて見えなっ!」




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