◇くりかえしの一日:2◆
その翌日も俺は街をふらふらと歩きながら周囲をこまかく観察していた。
だが、見るひと見るもの、聴こえるもの、すべて不自然なところはない。
と、この時は思ったんだが。
「いやぁねえ、異常者が街を平気で歩いているなんて。おそろしいわぁ」
道端で会話している主婦の声だった。
「ほんとうよねえ、あんなもの、処分してくれればいいのに」
あぁ、そういや今日は手袋忘れちまった。
右手の痣を見て、俺は憂鬱な気分になった。
――いや?
あれ、なんか、これはデジャヴだぞ。
この会話、昨日も聞かなかったか?
ていうか、俺はどうして今日も手袋を忘れたんだ?
いつも暑かろうが寒かろうが、俺が手袋を忘れる日なんかない。
目だつところにある痣なんだ、そりゃそうだ。
手袋してなきゃ店の会計でだっていやがられる。
――……なんか、おかしいぞ?
昨日レニは、俺の財布をスッたのが女で、十代後半だと言った。
けど俺がぶつかったのは、十歳かそこらのガキだった。
あの時は疑問に思わなかったが、アンナが見たって言うなら、そりゃアンナにも、俺の財布をスッた瞬間、相手が女に見えてたってことじゃないのか?
俺が間違っているのか、あるいは……ほかのやつらが別のものを見てるのか。
「やぁ、アズサじゃあないか、そんなところに突っ立ってなにをしてるんだい?」
ふと、ウィリアムの声が聞こえて俺はふりかえった。
「なぁウィリアム、おまえ今、ヒマか?」
「いや、これから往診に行くところだよ」
少し話を聞いてみようと思ったが、仕事なら時間がないだろう。
「――そうか、ならいい。俺はちょっと急用が……」
そうして俺が本部に戻ろうとしたときだった。
突然のつんざくような悲鳴、なにか巨大なものが家の壁にぶちあたる打音。
瞬時にふりむくと、そこにはわけのわからん巨大植物があった。
ありゃあなんだ、スイカかなんかか?
そのわけのわからんスイカっぽいなにかがこっちに向かって突進してくる。
大きさとしては家二階分ほど、つまり、ばかでかい。
うしろでウィリアムの疲れたような声が聞こえた。
「……まいったな、これは……」
「おまえはいいから往診行ってこいよ、これは俺がぶっとばす」
「一人で平気なのかい?」
「どうせ、おまえ戦えないだろ」
「……うん。まあ」
俺がそう言うと、ウィリアムはその場から離れた。
戦いでは足手まといであるという自覚を、あいつはいつもしている。
ウィリアムが本領発揮できるのは後方支援なんだから、べつに気にするこたぁないんだが。
さあ、被害を最小限にしてこの化け物スイカを止めるにはどうすべきか。
俺はジャケットのなかにいくつも隠している薬瓶から、最善だと思うものを選ぶ。
いやまさか、使う日がくると思ったこともなかったんだが。
念には念をいれて持っておくもんだなと、今思ってる。
サバイバルナイフも念のため、まぁたぶん、一瞬で決まるだろうし、一瞬で決まらないとしたら被害甚大も覚悟のうえだ。
ウィリアムには目もむけず、どうやら俺を狙ってきたらしい化け物スイカがわざわざ突進してきてくれるので、地面を蹴って薬瓶のふたを開ける。
「ようするに! おまえら植物だろうが!!」
火をつけるのもあるが、それじゃあ被害がでかくなる。
周囲の人間が逃げ去っていくのを確認して、
俺は念のために持っていたお手製の強力な除草剤、もはや除草剤と呼べるかは疑問だが……を、そのまま化け物スイカにぶっかけてやった。
『きゃぁぁああっ!』
しかし、そのとき、不自然な少女の悲鳴が脳裏に響いた。
意識、そう、たぶん、意識にだ。
『痛い、痛い、痛い……くるしい、なんてことをするのよっ!』
化け物スイカは動きを止めて、そのまましぼんでただの枯れたスイカに戻っていったが、いまだ知らない幼い少女の声がする。
『ひどい、ひどいひどいひどいッ! やっぱりみんなの言うとおりワルモノなんだわ!』
「いや、え? なんだ? どういうことだ?」
俺が疑問を口にすると、ぴたっと声が止まった。
少しして、おそるおそるといったようすでまた声がする。
『え? まさか、わたしの声が聞こえるの? いや、いやっ! いやいやいやいやいやっ! 助けてっ! ■■■■!』
誰かを呼んだようだが、その部分だけがザーザーとノイズまじりになって聞こえない。
その後、その少女の声は完全に聞こえなくなった。
「おいおい……これはちょっと、やばいぞ」
今たしかに、意識内でのやりとりがあった、それなのに、それが途絶えたってことは。
敵のなかには意識に干渉することのできるやつがいる。
俺と同じかは分からないが。
って、まさか、昨日レニとアンナが女を見たっていうのも、まさかソレ――……。
もし俺が見ていたあのガキが本当の姿だとすると、今このスイカが俺を狙ってきたのも説明がつく。
あの時、俺は「大丈夫か、少年」と言っている。
俺は同じように意識に干渉する力があるから、そいつの能力が効いてないんだとしたら……。
それにそいつが気づいたとしたら。
そいつはまずまっさきに俺を潰そうとするだろう。
けど失敗に終わってる。
俺を狙ったのが植物を操るほうだとして、意識に干渉するほうは――?
次に誰が狙われるか、そんなもん、治癒能力を持ってるウィリアムに決まってる。
向こうにとって厄介者極まりない。
俺はウィリアムが去った方向に駆けだした。




