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◇アズサ◆

 あれから数年の時が流れた。

 あのどしゃぶりの雨の日、行き場を失った俺を――。

 アズサを拾ったのは、ようするに俺のような能力者をたばねる組織の、上のほうの人間だった。


 神に与えられたギフトだとか、能力者だとか言えば聞こえはいいかもしれないが、世間の扱いは異常者となにも変わらない。

 けど、俺が行き場を失ったのは自業自得のようなものだ。


 生まれた時には、俺の手に痣なんてなかった。

 それがある日、両親と出かけた日に、父と手をつないだときに、あらわれたのだった。

 もしも俺の能力が、治癒や透視ならたいした問題じゃない、ただ――……。


 父は突然錯乱し、道路にとびだしてトラックに轢かれ、死んだ。

 当然、最初はどうしてかなんて分かるはずもなかったが。


 それは……俺の右手に宿った能力が、相手の頭に、記憶に、意識に、干渉するものだったからだった。

 それを知った母は狂い、狂い、狂い、おかしくなってしまった。

 毎日殴られたし、さんざんな言葉を吐かれたが、俺にとってそれは因果応報であって、優しくされるよりはよほど救いがあった。


 ――アンタさえ! アンタさえ生まれてこなければ!

 ――あのひとは!

 ――呪われた■■め! ■■でしまえ!


「……あー」

 まだ朝方の暗い部屋で、敷布団から上半身を起こす。

 ぐしゃぐしゃと短い黒髪をかきまぜて、最悪の目覚めを迎える。

 そのままのろのろと布団からでて、水とパンしかはいっていない冷蔵庫をあけたときだった。


「アズサー、失礼するよ」

 若い男の声、もとい、俺の友人であり、俺の命の恩人でもある医者のウィリアムが、このなにもない部屋に入ってくる。

 そして、開けはなされたままの冷蔵庫を見て、青い目があからさまにいやそうなものに変化していく。


「アズサ、きみってやつは犬や猫じゃあないんだからね。いや飼い犬や猫でさえもっとまともな食事をとっているというものだよ」

 金色の肩まである髪を揺らして、こっちへ歩いてくるので、俺はそっと冷蔵庫を閉じた。

「このとおり、なにもないぞ、俺の部屋は」

「最初から期待していないよ。まったくきみたちはみんな健康管理がなっていない。レニもアンナも、お菓子ばかりだし」


 ウィリアムの手にはスーパーの袋があり、なかには食材がはいっているようだった。

「いつもどおりきみの、このひろーい部屋を借りるよ、レニとアンナもあとで来るからね」

 寮の一室である俺の部屋は、ウィリアムの言うとおりなにも無いに近い。


 目だつ物は時計と布団、そしてちょうど四人が食卓を囲めるくらいのテーブルと椅子だけだ。

 キッチンと洗面所はそなえつけられているが、俺が食事を作るなんてことはほとんどない。

 ここを使うのは、おもにウィリアムだけだ。


 食事の準備を始めながら、ウィリアムが俺に言う。

「ところで、どうやらきみはまた夢見がよくないようだが、大丈夫なのかい?」

「……大丈夫とは言わないが、いつものことだからな」


「あまり自分を責めるものではないよ。私はきみの事情を知らないが、自身への攻撃はいずれ他者に転ずるものだ。逆もしかりだけどね」

「医者っぽいな」

「医者だよ! 私は!」


 ウィリアムは背中に翼のような痣があるらしい。

 治癒能力の持ち主で、だからまぁ、正規の医者とは少し違うかもしれないが、どんな大けがでも瀕死でも、死んでいなければ助けることができる。


 そしてまた、自分自身が、どんな大けがをしても、瀕死になっても、死なない側面がある。

 なにがあったのか聞いたことはないが、噂によれば、孤児院でひどい虐待を受け続けていたらしい。

 どうせ治る傷だからと。

 俺には、そんな育ちのこいつがどうして今、こんなに平気な顔をして生きているのかが理解できない。


 俺だったら――……。


「あ」

 ふと呟いた俺に、フライパンを手に取りながらウィリアムが不思議そうな顔をする。

「どうしたんだい? アズサ」

「いや、やっぱおまえの言うとおりかもしれないと思っただけだ」


「は?」

 俺が同じ立場で医者になんて、なるだろうか。

 誰かを助けてやるだろうかと考えて、少し悪い想像に行きあたってしまった。


「責めすぎるのは、なるべくやめようと思う」

「……どんな心境の変化があったのか分からないが、そのほうが良いと思うよ」

 トントンと包丁が野菜を刻む音がして、少しだけ昔の、まだ幸せだった頃を思いだした。

 けど、過ぎたことをいつまでも悔やんだってしようがない。


 ――狂った母に、最後に俺がしてやれた親孝行は、そのつらい記憶を書き換えることだけだった。

 それが正しかったのか、間違いだったのかなんて今も分からないが。

 あのまま、狂って死んでいく母だけは、見たくないと思った。


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