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◇外伝:闇の世界で「レニ」◆

 物心ついたときには、スラム街にいたのよ。

 味方なんてモチロン一人もいなかった。

 それでも、手下と呼べる奴らはいたわ、状況次第ですぐに裏切るようなね。


 あたしは何度も窃盗を繰り返した。

 ときには強盗もした。

 生きるためには、生き残るためにはしようがなかった。


 あの頃のあたしは、それを当然だと思ってた。

 肥えた豚どもからちょっとの金銭や食べ物を横取りして、なにが悪いのよって。

 そんなふうに、思ってた。


 この能力は窃盗をするのに便利で、何度も何度もくりかえして。

 生きるために、暴力も身につけた。


 けどある日あたしはサツに捕まって、そりゃあもうひどい目にあったわ。

 あんたたち、あたしがフツーの人間だったらこんなことしやしないでしょ!

 って、今でも思ってるようなこと。

 とにかくぼこぼこにされたわ。

 ――手間かけさせやがって、このごみ屑が、殺されちまえ、と。

 罵られもした。


 それでもあたしは窃盗に強盗をくりかえして、ある日、黒服の偉そうなやつらに捕まった。

 自分達に協力するなら住む場所も食事も提供するし、正式な給与もよこすだなんて、馬鹿げたことを言うもんだから、あたしは嘘だと思って怒鳴り散らした。

 ふざけるな、解放しろ、おまえたちみたいな、なんの苦痛も知らないようなやつらの嘘に、誰がだまされるもんかって。

 だってそうでしょ? なんでこんなにきれいな服着て、きれいなところに住んでるやつらが、最下層のドブネズミみたいな人間にそんなこと言うのよ。


 で、結果としてあたしは能力を封じられて、手枷足枷されてベッドにはりつけられることになった。

『こんにちは、ケガの治療をさせてもらうよ』

 そんなあたしは周りから避けられていたけど、一人だけやたら声をかけてくるやつがいた。

 医者のウィリアムだと名乗ったそいつは、あたしの身体に残ってるキズを癒して、また話しかけてきた。

『ここは本当に安全なんだよ。というか、私たちのような者には、ここしかよりどころが無いとも言えるね』

 あたしは当然なにも答えない。

 医者なんて、高給取りで、薬を高値で売りつけて、嫌な奴ばかりよ。

 その時はね、そう思ってたのよ。


 それからも毎日毎日、ウィリアムはやって来て、花瓶に花を飾ったりしていた。

『ねえ、なんで花なんか飾るのよ』

 あたしがある日そうたずねたことがある。

『だって、この部屋にはなにもないじゃないか』

『意味わかんないっての、飾る意味を聞いたのよ』

『花は心を癒してくれるよ』

『生きてるものの首をはねて理不尽にとってきただけじゃない』

 そう言うと、ウィリアムは困ったように笑った。

『そうかもしれないね、ひとはそうしなければ生きられないから』

『豚や牛とは違うわ、あたし、花なんかいらない』

『……そうか、それなら、どうしようかな……』

 それからウィリアムは花を持ってはこなくなった。

 寂しい部屋にはなったけど、切り花なんて好きじゃない。


 そんなある日、今度は紙袋を持ってはいってきた。

『レニ、きみはクッキーを食べたことはあるかい?』

『ばかにしてんの? あるわよ、盗んでだけどね!』

 嘲るように言ってやると、ウィリアムは気にしたふうでもなく袋からクッキーをとりだした。

『これ、今はやっているものなんだって、どうぞ』

 口もとにさしだされたので、おなかすいてたし、齧ってやった。

『おいしい』

 あたしがそう言うと、ウィリアムはやさしく笑った。

『レニ、きみはもう聞き飽きたかもしれないけど、もしよければ、能力を解放することはできないけど、この館を見てまわらないかい?

 私たちのようなひとが、たくさんいるんだよ』

『……どうせ、売り飛ばすんでしょ』

『それなら、私はもうここに居ないだろうね』

 ヒマだし、しようがないからと、あたしはウィリアムに従って枷をはずしてもらい、閉じこめられていた館を見てみることにした。


 そこにはたしかに、あたしのような変なやつらがいっぱいいた。

 見た目普通だけど、模様みたいな痣のあるやつがいっぱいいる。

 あたしも両肩にあるもの、丸い円みたいなやつが。

 けど一番驚いたのは、誰もあたしを軽蔑した目で見ないことだった。


『ウィリアム、その子は例の?』

 すれちがった一人が声をかけて、あたしを見る。

『あぁ、そうだよ。今日は一緒に散歩をしてもらってるんだ』

『そうなのか。お嬢さん、ここには怖いやつはいないから、安心して大丈夫なんだよ』

 それだけ言って、そいつはいなくなった。

『……ねえ、みんなここで働いてるの?』

『うん。私もそうだし、今のひともそうだよ。危険なことも多いからね、そういう意味ではきみに、安心してくれとは言えないんだけど』

『ふーん。危ないのなんて慣れっこよ、あたし』

 周囲を見まわしてから、あたしはウィリアムに向きなおった。


『いいわよ、あたし、あんたたちに協力してあげても』


 それからしばらくは、いつでもあたしの能力を封じるのと、動きを制御する特殊な腕輪をつけられていたけど。

 何年もたって、あたしがなにもしない、逃げださないと審議されてから、それもなくなった。


 広い世界を見たときに、あたしは、あたしの世界の狭さを思い知った。

 あたしが肥えた豚だと思ってたやつらは、あたしと同じように苦しんでいて。

 恵まれてるとか、恵まれてないとか、それはあるんだろうけど。

 誰もが同じように苦しんでいることだけは理解した、つもり。


 あれからあたしはけっこうな給料をもらえるようになったから、

 スラム街の子供を支援する活動をしている。

 まっとうな孤児院なら、それも支援する。

 あたしの金は、これから生きていく子供たちのために使おうと思った。


 だってあたし、貴金属にも高いものにも興味ないのよ。

 必要な食事と寝場所があれば、それ以外はどーでもいいの。


 そんなことより、あたしみたいに窃盗や強盗をしなくても生きられる。

 そんな世界を与えてあげたかった。


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