◇外伝:生と死の境目「ウィリアム」◆
私が生まれたのは小さな小さな村だった。
生まれたときにはもう、背に双翼の痣があったようだ。
両親は私を疎んでいたが、それでも十歳になる頃までは育ててくれた。
あまり幸福な家庭であったとは言えない、
私のあとに生まれた弟は、まるで見せつけるように大切にされていたから。
両親が私を捨てた原因は、ある日のこと、同年代の子供に……故意に道路に突き飛ばされて、車にはねられたことだった。
普通なら死んでいるはずのケガだったのに、私は、死ななかった。
痛みはもちろんある。
朦朧とする意識のなかに響いたのは、彼らの笑い声だった。
両親は私を気味悪がって、てばなした。
憎んだとも。
恨んだとも。
この時の私は、将来自分が医者になるだなんて思ってもいなかった。
なぜこの能力で、ひとを殺すことができないのかと呪ったほどに。
孤児院にひきとられたが、その後も私の人生はまっくらやみだった。
くりかえされる虐待に、心身ともに疲弊していた。
そんなある日、不治の病に可愛がられていた子供の一人が倒れた。
みんな私を見た。
あぁ、私なら助けられるとも、だが、どうして私が助けなければならないんだ?
この時の選択を、私はきっと生涯後悔するだろう。
私はその子供を見捨てた。
助けられる力はあった、だが、助けなかった。
なぜ、私に暴言と暴力のかぎりをつくしてきた相手を助けなければならないと。
それを周囲は当然、責めた。
そして、仕返しだと、因果応報だと、私の目を潰し、腕を折り、腹を裂いた。
それは轢かれた時よりもずっと大きな痛みだった。
けれどやがて意識とともに痛みもひいていく、その時に感じたのは、たしかに光であったと思う。
この世のことなど私はなにも知らないけれど、
それを人は神と呼ぶのか、私には分からない。
ただその日を境に、私の意識はずいぶんと変わっていった。
自分の能力の使い道について考え、憎しみも恨みも消えないまでも、医者という道を選んだ。
もともと勉強は好きだったし、まぁ……私のは治療と言っていいのかあやしいけれど。
そんな頃、ちょうどこの組織のお偉方の一人がやって来て、私をそこへ連れて行った。
ずいぶんな高値で売られたようだから、孤児院にとっても得であったろう。
そこには難病に苦しむ子供たちもいて、私は自分の能力を存分にいかすことができた。
大けがをして帰ってくるひともいれば、能力の代償に苦しむひともいる。
そこで私はただひたすらに癒し続けた。
そうすると、みんな笑ってくれた。
ありがとう、と。
そうして過ごして数年も経つと、やがて私は自分の行いを悔いる日がでてくるようになった。
過去に助けなかった子供のことを。
最初は自分を責めた、だが、それが無意味であることに気づいてからは、それもやめた。
私はただひたすらにひとを癒し続け、そして、そのとちゅうでアズサたちに出会った。
アズサは初めて会ったときのことを覚えていないだろう。
彼は瀕死の状態だった、あのままあとすこしほうっておけば、雨の冷たさもあいまって死んでしまっていただろう。
レニは最初、わたしにも心を開いてはくれなくて。
傷を治そうとすれば噛みつかんばかりの勢いだった。
あまりに暴れるものだから、彼女は能力を封じられて、いつも手枷足枷をつけられていたんだ。
彼女は周りじゅうすべてを敵だと認識していた。
アンナもあまり口を開いてはくれなかったとも。
レニほど心を閉ざしてはいなかったが、魔女だと軽蔑されて過ごしてきた期間が長いからか、あまり積極的に話をしようとはしなかった。
ひとに近づくことを恐れていたんだと思う。
あの頃の彼女はまだ能力を制御しきれず、見たくないものまで見てしまっていた。
そんなこんなで、彼らのなかでは私が一番の年長者だったりする。
今もこの組織で傷を癒し続けている。
それが自分の役目だと思っている。
根深い恨みも憎しみも、多くのひとに感謝されるごとに薄れていった。
なくなったわけではないが、それでも、それより多くのものを受け取れたと思う。
私が本当に死を迎えるとき、どう思うのかは分からないが。
すくなくとも今の私は、私の人生にある程度は納得している。