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 この世界の人たちは昔むかし、ガイアという惑星から銀河へ旅立ったのだそうだ。長い旅はガイア由来人類を変えた。頭の先から爪先までヒトの姿をした真人類は数を減らし、旅の途上で体を強化する目的で他種と融合された亜人類が大勢を占めるようになった。新天地を目指した人類はさまよいながら進化と拡散を繰り返し、深銀河で再結集した。ガイア由来人類のつくった機関は人類拡散連盟という。連盟は銀河に五重の輪からなる物質転移門虹霓(こうげい)を構築した。



 うさぎ屋常磐潟店は新店舗に移転した後も相変わらず閑古鳥が鳴いている。

 お店の元あった場所は建物ごと塀で囲われて隔離されている。その旧店舗を監視しつつ謎現象の原因を探るための研究所というのが人類拡散連盟行政府によってつくられた。ちなみに謎現象というのはマレビトたる私の出現というわけ。この謎現象に物質転移門網虹霓がかかわっているんじゃないかとかなんとか、いわれている。今のところ原因は不明。私が元の世界に帰れるかどうかも不明。このあたりはっきりしないから研究するんだろう。


 研究所の隣、旧店舗からはかなり離れたところにうさぎ屋さんの新店舗はつくられた。お店でイートインも大歓迎なのだが研究所の職員さんたちは忙しいらしく、研究所内の食堂のほうが繁盛している。ちなみにこちらもうさぎ屋の支店だ。だから研究所の隣のうさぎ屋常磐潟店はどちらかというと食堂スタッフさんたちの社員寮みたいな感じかなあ。

 私はというと、定期的に研究所に顔を出して健康診断を受けるほかは社員寮兼店舗兼食材下ごしらえ工場みたいな常磐潟店で簡単なお手伝いをしながら生活している。

 惑星アウェスでは和食が人気らしい。和食だけでなく、人の名前や習慣も日本に似ている。亜人類とか真人類とか、わけの分からないことはたくさんあるけれど、自分の元いた世界と似ているところがあるのは助かる。なじみやすいから。そんなことをつらつら考えながら中央に入れた切れ目をねじって手綱こんにゃくをこしらえていたら頭上に影がさした。


「器用なもんだな、バリー」


 研究所の食堂から戻ってきた昭三さんがボウルを覗きこんでいる。嬉しそうだ。表情がないようにしか見えなかった鳥人種のみなさんだけど、なんとなーく喜怒哀楽が分かるようになってきたような気がする。昭三さんは思ったことを何でも口にしちゃうタイプなのでわりと分かりやすい。どうでもいいことでもやたらほめるし、私をかわいがる。愛されているのはよっく分かるが少々くすぐったい。


 昭三さんと私の間柄はある意味進展し、ある意味では大きく後退した。

 私たちは現在、婚約中である。昭三さんは難色を示した。有り体にいえばすぐ結婚するといって駄々をこねた。でも私が謎現象の当事者でそもそもこの世界の人と結婚しちゃっていいんだかよくないんだか分からないので研究所からストップがかかっているんである。大丈夫なんじゃないの、というのは最初に防護服を着て検査をしてくれた鳩人間の研究者さんの言だ。どうも前例はあるらしい。遠からず許可されるだろうと昭三さんを宥めてくれた。鳩のおじさんはいい人だ。うさぎ屋常磐潟店の数少ない貴重な常連さんだし。

 婚約したし、新店舗と棟続きの離れをつくってもらって同居もしてるし、私たちの仲はずいぶん進展したといえるんじゃなかろうか。

 でも昭三さんはものすごく不満そうだ。

 同居はしてるんだけど、寝室は別にしてもらった。不満なのはきっとこれが原因だね。仕方ないんじゃないの、こちとら真の乙女ですよ。研究所から結婚ゴーサインが出るか出ないか以前にうにょにょにょをうにょにょにょにうにょにょする行為はハードルが高い。そんなわけで最終防衛ラインは堅守されている。


「手綱こんにゃくつくってるだけですよ? 別に難しいことをしているわけじゃなし」


 苦笑する私に昭三さんはふんす、と鼻息を荒らげた。


「いやいや、バリーの小さなお手々にぐりぐりねじられるなんて、俺はこんにゃくがうらやましい」


 何いってんの、この人。ときどき昭三さんはわけが分からないことをいう。

 いつばびゅーん、と元の世界に戻るかもしれず、目からビームを発射するかもしれない伝説のマレビトなので、私は研究所の職員さんや食堂勤務のうさぎ屋スタッフのみなさんから遠巻きにされている。腫れ物扱いだ。白鷺人間の健太さんや研究所の鳩おじさん、昭三さんのお姉さんの三千子さんは別だけど。

 だから些細なことも大げさにほめてべったべたにかわいがろうとする昭三さんにかまわれて、ちょっと――いや、だいぶ心が軽くなってる。


「研究所の食堂にすぐ戻るんですよね?」

「いや、今日は上がってきた。こっちで煮しめ仕込む」


 作業着を替えて手を洗うと、昭三さんも切れ目の入ったこんにゃくをぐりん、とねじる。捗るはかどる。あっという間に手綱こんにゃくを量産する昭三さんを見ていたら目が合った。


「早いとこ済ませて散歩にでも行くか」

「はい」


 青い目を細めて笑っている。昭三さんの頭の羽根は相変わらず白いものが混じった婚姻色のままだ。はじめは白髪みたいで老けこんだ感じがしたけれど、目が慣れたらなんだか婚姻色の羽根がきらきらシャープでかっこいいような気もしてきた。改めて自分の気持ちの移り変わりに気づくと頬が熱くなる。

 東京に帰れるか帰れないか、分からないんだけどなんとなく――帰れなくてもいいかな、と近頃私は思ったりなんかしている。要するにアレだ、人の話は聞かないし、距離感なしで迫ってくるし、ノリは暑苦しい上に声も体もでっかくて圧迫感のある海鵜人間だけどまあ、そんなところもいいかな、と思ったりしている。ちょっとだけ。




(了)


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