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「何すんだよ、この糞姉!」

「あんたこそ何しちゃってるわけ? 放しなさいよ」


 昭三さんは部屋に駆けこんできた女性と激しく口論している。ぎゃあぎゃあけたたましくてまさに鳥って感じ。ぎゅうううう、と抱きしめられているのが苦しく、布で目隠しされているので状況が見えないのもきつい。昭三さんの腕の中でもごもご身動(みじろ)ぎしていたら昭三さんのお姉さんが地団駄を踏んで叫んだ。


「昭三、女の子に何してんのよ! しかもあんたのその格好、ほとんど裸じゃないの!」

「裸じゃねーし、ズボン穿いてるし! ……って女の子?」


 昭三さんが凍りつく。少し腕の拘束がゆるんだのでもがもが、とふわふわの羽毛から顔を出した。おねえさん、よく言ってくださった! そうですよ、私は女ですよ女!


「――バリー、お前女だったのか……」

「女です!」

「何で言ってくれねえんだよ」


 昭三さんは重いため息をついた。何度も訂正しようとしたのに聞こうとしなかったのはそっちじゃないか! 私も流されてたけどさ!


「昭三! あんた異種族のお嬢さん相手に手順も礼儀も何もかもすっ飛ばして――色気づいてんじゃないよボケエエエ!」

「いっ……色気づ……俺、父性に目覚めて子ども好きになっちゃったんだとばかり……いやそのどっちかってえと自分が衆道に目覚めちまったかと……いやあ、よかったあ」

「あんたの性的嗜好なんかこの際どうでもいいのよ、問題は――」


 昭三さんのお姉さんが口をはさんだ時、廊下からしゅこおおおお、しゅこおおおおお、と胡乱な音が聞こえてきた。


「黒木さん、防護服着てくれなきゃ――ああ、何してるんですか、もう」


 しゅこおおおおお。しゅこおおおお。不思議な音の間にくぐもった男の声がする。


「止めるのも聞かずにそのまま飛び出すからあなたも検査しなきゃいけなくなっちゃうじゃないですか」

「だって、だって――すみません」

「弟さんが心配だったんですね。――さてこちらが例の」


 しゅこおおおおお。視線が自分に集まっているような気がして私は首をすくめた。


     *     *     *


 しゅこしゅこおおおと、みょうちきりんな音を立てていたのは防護服の呼吸器らしい。そして昭三さんのお姉さんは人類拡散連盟の惑星アウェス出先機関から人を連れてきてくれたのだとか。事実とは異なるけれど「真人類の観光客が迷子になって記憶喪失になった」というストーリーのほうが話のとおりがよいはずだ。しかし驚いたことに出先機関所属の検査員さんが


「ああ、異世界というか何というか――まったく違うところから突然転移しちゃったんですよね、分かります」


 と言い出した。


「自分もアウェス出身の鳥人種ですからマレビトの言い伝えは知っています。実際に目にすることになるとは思いもしませんでしたが」


 検査員さんは私を箱の中に入るよう指示した。箱は光や色彩で感覚を刺激しないよう調整した検査ポッドだという。箱が閉ざされて少し不安になるが言われたとおり目隠しを外して横になった。ぶうううん、と小さな駆動音がするほかは静かで、説明されたとおり光がちらちらすることもない。しばらく後に目を覆うよう声がかかった。


「検査は終了です」

「け、結果は――」

「全項目陰性です」

「陰性?」

「はい。先ほど行ったのは簡易検査ですが危険がないことが判明しました」


 検査員さんが目隠しの布を縛ってくれた。


「危険……私が?」

「あなたのいた世界とこちらでは環境が異なります。あなたが我々の脅威になり得ると同時に、こちらの環境があなたに悪影響を及ぼす可能性もあったということです。実際、アウェスの光や我々の色彩感覚はあなたにとって過激でしょう?」


 なるほど。それにしても話のとおりがよすぎる気がする。


「あの、マレビトっていうか――私の言うこと、信じていただけるんですか?」

「ええ、もちろんです」


 もぞもぞごそごそしていた検査員さんの声がクリアになった。


「あー、楽になった。――あ、防護服をね、脱ぎました。そうそう、マレビトなんですがね」


 検査員さんによると惑星アウェスでは大昔マレビトを迎えたことがあるが言い伝えレベルでしかないという。昭三さんや健太さんから聞いた話と一致する。


「記録がちゃんと残ってないんで本来ならばあなたがマレビトだと信じるのは難しい。ところが、ですよ。連盟標準暦で二、三十年前くらいかな、他の惑星にマレビトが現れたんです」


 銀河の辺境にある惑星に突如現れたマレビトは真人類の男性体だったという。


「そのマレビトがですね、元の世界から病気を持ち込みましてね。大流行しました。それが人類拡散連盟成立以前に克服したはずの微細病原体由来の疾病だったもので大変で。確か今もその惑星は出入りが厳しく制限されています」

「うわあ」


 それで防護服だったのか。病気持ちを疑われるのは気分がよくないけど、さっき検査員さんが言ったとおり私側の問題だけでなく、こちらの環境に耐えられない可能性もあったわけだ。


「奇しくもそのマレビトはアウェスの言い伝えどおりに災厄をもたらしたわけです」

「へえ」

「いや、『へえ』じゃないですよ、大変なことですよ。我々の祖先は真人類なんですがね、今じゃ人類拡散連盟の人口のほとんどが亜人類なんですよ。それがマレビトがふたりとも真人類。ひとりは奇妙な病原体を伴って現れた。もしかしたらあなたたちふたりは――」


 どたどたどた、と足音が近づいてきて


「バリイイイイイイイ!」


 野太い叫びとともに身体が浮き上がり、ぎゅううう、と抱きしめられた。このふわふわは昭三さんだ。別室で受けていた検査が終わったらしい。


「バリー、大丈夫か? 痛いこととか嫌なこととか、されなかったか?」

「こんのバカがあああああ! 服着ろって言ってんだろうがああああ! そしてすみません! うちの弟がバカですみません!」


 どどど、とお姉さんも追いかけてきた。姉弟で叫びまくるので耳がきんきんする。なんか検査員さんが重要っぽい話をしてたんだけどなあ。ああもう、我慢ならんよ!


「やかましい!」

「あ――バリー、ごめん」


 とにかく無事だし検査もクリアしたし、と言い聞かせ昭三さんを再度追い出した。服着ろ、服を。あのふわふわの羽毛が露出している状態がデフォルトなのかと思ってたら違うのか。上半身裸の男にぎゅうぎゅうハグされてただけでなく一晩同衾(どうきん)してたのか――もう泣きたい。恥ずかしい。



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