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 じゅえじゅえ、じゅわじゅわわああああああ。じゅえ。じゅえええええ。


 うるさい。すっごくうるさい。風邪を引いたおばちゃんの断末魔の叫びみたいな耳障りな声が外から聞こえる。鳥なのかな。寝返りを打つと固くて固くなくてあたたかい壁のような何かに頭がぽすん、とぶつかった。ふわふわとしたやわらかい何かに覆われたその壁に心地よく頭を預けてうとうとしていると、背中に何かあたたかいものが触れた。


――いい子、いい子。


 大きくあたたかい掌が私の背中を上下する。たまにはこうして子どもに返るのもいい。


「ん……おかあさ……ん」


 眠りから覚めるのが惜しいような気持ちで目の前のあたたかい何かに頬をすりつける。


「よしよし。母ちゃんじゃなくて悪いなあ」


 野太い声が聞こえてきた。母親じゃない。機嫌が悪いと凶悪な声を出すことがあるけどマイマザー、ここまで野太い声してない。

 一気に目が覚めた。


「ひぎゃ」


 ひぎゃあああ、変態いいいいい、と叫ぼうとしたところ顔をぽすん、と昭三さんの胸に押しつけられた。やだ変態何するのおおおおお、という惑乱がほわほわとやわらかい羽の生えた胸板でなだめられる。ほわほわの向こうは筋肉がみっしりがっちりしていて安定感抜群。スーパーで売ってる鶏胸肉って本来こういう感じなんだ。……って違う。食材じゃない。男の人、と言うかビッグ☆ードなんだけども。そうすると高タンパク低カロリー低価格なお得食材鶏胸肉パックに近いのかやっぱり。


「寝起きで混乱してるかもしれないが分かるか、俺だ」

「昭三さん……」

「そうだ。ほんとに覚えがいいな、バリー」


 やっちゃった。

 いや、一線というか最終防衛ライン的何かは明らかに越えていない。私は真の乙女であるがそれがうにょにょにょをうにょにょにょにうにょにょする行為であると知っている。鳥人間相手であってもうにょにょにょをうにょにょにょにうにょにょする行為なのかどうか、状況を判断するには知識経験技術心構え何もかもがが足りないというか欠如しているがしかし、とにかく夜知らぬ間に最終防衛ラインを突破された感触はない。


 じゅえ、じゅえええ。じゅわあああああ、じゅえええええ。


「そろそろ明るくなる。顔をこちらに」


 啼き声のする方に顔を向けようとして止められた。


「――何の声でしょう」

「アウェス=スズメ、惑星固有種だ。近くに(ねぐら)があるらしくて明け方からずいぶん賑やかだ」


 昭三さんがより深く私を抱き込む。

 これって朝チュンっていっていいんだろうか。私のイメージしてた朝チュンと違う。泣きたい。最終防衛ライン的何かを突破するイベントがなかったことに安心するべきなんだろうけど、泣きたい。昭三さんがやさしく私を抱きしめているわけなんだが、うにょにょにょをうにょにょにょにうにょにょする行為を連想させる色がからっきしない。

 いいのか、これで。流されすぎなんじゃないか、私。初めて男の人と一夜を共にしたけど相手が鳥人間でしかも私のことを女だと思ってない。子ども、しかも母親を恋しがる男の子だと思ってる。どこがどう駄目なのか、駄目じゃないのか、さっぱり分からないよ! 前世で私、一体何をやらかしたのか。こんなハードモードに放りこまれるなんて。



     *     *     *



「バリーの寝顔、かわいくってたまんねーの。俺の息子だからなー。健太には見せてやらん」


 布で目隠しされていても何となく感じる。海鵜人間の昭三さんがでれっでれになっているのが分かる。


「息子? ああ――うん、そうなんだ」

「粥か。悪くねえ。――おっとその椀をこちらによこしな。温度とか味つけとかな、昭三パパがちゃんと確かめるから安心だぞ、バリー。な!」

「……」


 「な!」じゃないよ。朝っぱら、というより昨日からハードモードの連続で私のライフはゼロだよ。


 ぴん――。


 電子音が鳴った。


「メッセージ付きみたいね。これはしょーちゃんが受け取った方がいいと思う、よ?」

「んー、あー、本部からメッセージ付き定期便ってアレか、管理からか」

「そそ」

「――ち、仕方ない。ちょっと行ってくらあ。バリー、待ってな」


 丁寧に口まわりを拭われる。最後に硬い指先がそっと唇に触れた。

 すぐ近くにいた人が立ち上がり私から離れる。昨夜からずっと近くにあったあたたかいものがなくなったことにこのとき初めて気づいた。


「バリーちゃん、あのさ」


 はっと表情を改めて声のする方へ顔を向ける。目隠ししてあってよかったよ、あったかい空気を後追いしている表情とか見られたら死ねる。


「健太さん、私が女だってご存じですよね」

「うん、ほんとごめん、怒ってる? もしかしてもうや、――いやいやいやいや」

「や。なんです? 『や』ってなんです?」


 「やったのか」などといわれたらキレる。暴れる。目隠しなど毟り取って目からレーザー出す。私、そんな生き物じゃないけど今だったらできる気がする。フライド白鷺でなく消し炭にしてくれる。

 健太さんは不穏な空気を感じたか、わさわさと飾り羽を震わせた。


「悪かった、僕が悪かったですごめんなさい。でもさ、しょーちゃんが一度思い込んだら軌道修正難しいって何となく分かるでしょ?」

「ええ、まあ。――私のこと、母親を恋しがる男の子だと思いこんでるみたいですし」

「えっ?」

「ええっ? いや、私は女ですよ」

「知ってるよ。――いやそうじゃなくてさ、さっきもちょっと引っかかったんだけどしょーちゃんってバリーちゃんのことまだ男だと思ってるの?」

「違うんですか?」


 違うなら違うで同衾ってやっぱり問題あると思うの。仮にうにょにょにょをうにょにょにょにうにょにょする行為がなかったとしても。


「違う――というか違わない、のかなあ。でも今朝のしょーちゃんの様子なんか明らかに――いや、どうなのかなあ」


 うーん、と健太さんが唸る。


「いや、何ていえばいいの? そのあの事後のですね、ごっこ遊び的な何かを続けててその親子になりきってたりす――」

「なんですと?」


 今すぐロースト白鷺にしてやろうかコラと荒ぶりかけたそのとき、廊下の向こう、そこそこに離れたところから昭三さんの怒声が聞こえてきた。


「――はあ? 聞いてねえよ! ――いや、来んな。はあ? 勝手なことしたら姉貴といえどぜってえゆるさねえからな」


 どうしたんだろう。



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