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ストキルラ  作者: サムネがリスの人
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chapter6

 翌朝、起きて早々母親から小言を言われてしまった。昨晩僕の分も夕飯を作った後に僕が既に熟睡してしまっていた事に気が付いたようで、「寝るなら夕飯の支度をする前に言え」との事だった。さらに僕が皺だらけの制服姿で現れた事も、怒らせる要因になってしまったらしい。

 回らない頭のまま謝り、昨晩の夕飯を電子レンジで加熱する。ぼうっと突っ立っていると、父親が呆れたように笑いながらも「何かあったのか」と尋ねてきた。品行方正とまでは言えないが、今までこんなに自堕落な姿を見せた事もなかったので、親としては心配になったのだろう。「ただの寝不足が重なっただけだ」と言っておく。

 温めた夕飯も食べ終え、授業の支度をするため部屋に戻ると、玄関のインターホンが鳴った。こんな朝から、誰が何の用だろう。思いながらも自分には関係のない事だろうと考え、無視して教科書を鞄の中に入れる。……すると、慌てた様子の妹が僕の部屋に飛び込んで来た。

 「玄関を開けると物凄く綺麗な人がいて兄を呼んでいる、誰だあれは」。要約すると、そんなような事を言っていた。……思い当たる人物など1人しかおらず、思わず溜め息が出る。


「来ちゃった。おはよう」

「……………………」


 来ちゃったか……。胃痛を感じながらも、急いで準備を整えた。




「さっきの子が妹さん? 可愛い子ね。素直で良い子そうだし」

「……………………」

「お母さんも優しそうな人だったし、お父さんは真面目そうだけど案外お茶目なところもありそうって言うか。素敵なご家族そうで羨ましいわ」

「……………………」

「……もう。いい加減、機嫌直してよ。いきなり家まで行ったのは、さすがに自分でもどうかと思うけど」

「……………………」


 2人並んで人気のない通学路を歩く。登校する生徒がまだ少ないような、早い時間帯に来たのは彼女なりの気遣いであるらしい。


「別に怒ってるわけじゃないよ。わざわざ来てくれたのは、正直むしろ嬉しいって言うか……こう言う、恋人っぽい事って言うのかな。そう言うの、全く興味がなかったってわけでもないし」

「そう? でも、さっきから一言も喋ってくれないじゃない」

「……それは」


 家族に知られてしまった。恋人が出来た事を、家族に知られてしまった。しかもその相手が彼女であると言う事まで、知られてしまった。

 彼女の存在を僕は教えていないため、家族は彼女がどんな人間かは知らない。だが、それでなくとも彼女はこの容姿だ。その一点だけでも、僕にはもったいないくらいの相手だと言う事は分かるだろう。

 出たばかりなのに、今から家に帰るのが憂鬱だ。家族から、特に短いながらも直接言葉を交わした妹から、何を言われる事か。

 囃し立てられるに違いない。そして彼女の事を話せば話すほど、説明すれば説明するほどに、僕が彼女に相応しくないと思われてしまうのだ。


「良いじゃない。自慢の恋人でしょう、私?」

「限度があるよ。どんなに君が素敵な人でも、いや、君が素敵な人だからこそ、自分が惨めになるだけだ。身の丈に合ってないと、自慢なんて出来ないものなんだよ」

「そう言うものなの?」

「そう言うものなの。……はあ」

「自分で言って凹まないでよ。元気出して」


 励まされてしまった。落ち込んでいるのは彼女のせいでもあるのだが……。


「じゃあ、もっと楽しいお話をしましょう。何か面白い話、してくれる?」

「してくれません。無茶振りにもほどがあるよ、振り方が雑すぎるでしょ」

「そう? それじゃ、何かテーマを決めましょうか。……好みのタイプ、とか?」

「こ、好みのタイプ?」

「若い男女でする話と言ったら、この手の話が定番じゃない? 恋バナしましょう、恋バナ」

「えぇ……」


 彼女の目は爛々と輝いている。そう言う話は友人同士でするから盛り上がるのであって、一応恋人同士である僕たちがするものではないような気がするが……。


「考えてみれば、君は私の事よく知っていると思うけど、私は君の事で知らない事の方が多いじゃない。もっと知りたいな、君の事」

「そ、そうか……じゃあ、好みのタイプね。分かった、話そう」


 と言っても、今までそう言った色恋沙汰とは無縁だったので、自分でもどんな子が好きかと言うのはよく分からない。芸能人に例えるにしても女優やアイドルはそこまで詳しくないし、何より「理想の女の子」と言うものを考えると真っ先に彼女が浮かんでしまう。


「じゃあ、そうね……初対面の女の子と会った時、真っ先に見るのはどこ? って考えると良いんじゃない?」

「なるほど、最初に見る場所か……やっぱり顔じゃない?」

「顔、ね。……面白くないな」

「せめて聞こえないように言ってください」


 この話題で面白い返答を期待されても困る。そんな変態的な趣味は僕にはない。


「じゃあ私がその面白くない返答を、面白くなるように広げてあげるわ。美人系と可愛い系だったら、どっちが好き?」

「それはどうも……美人系と可愛い系か。どちらかと言えば……可愛い系の方が」

「なるほど。君はロリコンなのね」


 極論にもほどがある!


「違うの?」

「断じて違う。……ちょっと、なんで残念そうな顔をするのさ」

「だって残念だもの」


 残念なのか!? 恋人がロリコンでないと言う事が残念なのか!? 彼女と付き合うにはロリコンにならなくてはいけないと言うのか! でもロリコンだったら、彼女と付き合おうとは思わないのでは……。


「そうね。つまり私の告白を1回断った君は、ロリコンと言う事になるわね」

「ならねえよ! 僕が君の告白を1回断ったのは別の理由からだよ!」


 まさか告白を断った事を根に持っているのだろうか……。あの時、ちゃんと断った理由を説明したはずなのだが……。


「じゃあ、身長が高い子と低い子だったらどっちが良い?」

「身長? ……高い方が良い」

「あら、意外。低い方が好きなんだと思ってたけど。……でも、そうね。それは、自分の身長が低い方だって言う事と、関係があるのかしら」

「まあ……男女問わず、背が高い人は憧れると言うか」


 本当はどちらかと言えば低い方が良いのだが、それを言えば「まだ成長しきっていない低年齢好き、つまりロリコン」とか言い出しそうだ。敢えて逆の返答をした。


「自分の身長がコンプレックスなのね? と言う事は、深層心理では身長が低いと言う事に強く意識している節がある……つまり君はロリコンね」

「なんでだよ! じゃあ低い方が好きだよ!」

「身長が低い方が好きなの? まだ成長しきっていない、低年齢な子って事? やっぱりロリコンじゃない」

「どう転んでもロリコンじゃねえか!」


 なんでそこまで僕をロリコンに仕立て上げたがるんだ!? やっぱり根に持っているからなのか!?


「妹ちゃんにも教えてあげないと。危険だわ」

「仮にも恋人なのに危険人物扱いしないでください……妹も大丈夫だから、危険なんてないから」

「中学生は範囲外なの? 小学生以下じゃないと駄目なんて、真性のロリコンね」

「告白断ったりしてすみませんでした!」

「え? 別に、そんな事気にしてなんかいないけど?」


 …………え? あれ、違うのか?


「私は君が、たとえどんな変態でロリコンな性犯罪者予備軍でも、それでもちゃんと君の事好きでいられるって事を言っているのよ?」

「これ以上ないほど無駄な心配だよ!」




 学校に着くと、彼女は1人校内の図書館に向かった。予鈴が鳴る直前までそこで過ごし、僕と一緒に登校した事がクラスメイトに知られないよう取り計らってくれるつもりらしい。

 僕はと言うと、教室でぼうっと過ごしているだけだった。そのうちクラスメイトや幼馴染、友人が登校して来て、いつものように奴らとくだらない話をする。やがて彼女も遅れて教室に戻って来て、いつものように2人の話題は彼女の事に変わる。僕はそれを眺めていた。

 ……彼女は、どうやら僕との事を公言するつもりは本当にないようだった。少しほっとする。付き合って、話をする時間が急激に増えてから分かった事だが、彼女は茶目っ気があると言うより、それを通り越して意地が悪いとさえ言えるところもある。

 だからほんの気まぐれでいつ誰に僕との事を言い触らしたりしないだろうかと不安になっていたのだが、とりあえずそれは杞憂だったと思ってよさそうだ。

 だが……。


『突然だけど、今日も一緒に帰りましょう。美味しいクレープ屋さんがあるって聞いたの、2人で一緒に行きましょうよ』


『思ったんだけど、お昼は一緒に食べない? あそこだったら誰かに見られるって事もないだろうし』


『言い忘れてたけど、今日君の妹ちゃんと一緒に遊びに行くから。夕飯前にはちゃんと帰すから、安心して』


『まだ起きてる? 特に用はないんだけど……電話、かけてもいい?』




「…………はぁ……」

「なあに、恋人と2人きりの時に溜め息なんか吐いちゃって。失礼しちゃうわ」


 溜め息も出る。この1週間、とにかく疲れる事の連続だった。肉体的にではなく、主に精神的に。

 いつもいつも、彼女は突然なのだ。前もって言ってくれれば、しっかりと覚悟を決めてから臨む事も出来るのだが……とにかく突然、不意打ちで連絡を寄越すので、心臓に悪いと言ったらない。


「じゃあ、何? 直接会って、『これからメールするね』って断ってからメールすれば良いって事?」

「そうは言わないけど……ほら、この前一緒に帰った時とか。『美味しいクレープ屋さんがあるらしいから、今度一緒に行こう』とかだったら、こっちとしても心の準備を整える事も出来ると言うか」

「その日のうちに行きたかったんだもん」


 だもん、と言われても……そんな子供の我儘のような言い方をされても、「じゃあ仕方ないね」とはならない。こちらは毎日寿命が縮む思いをしているのだ。


「君から誘ってくれるなら、僕は絶対その約束を優先するから。……だから、次何かある時は、ちゃんと事前に言ってくれ」

「分かった、分かったわよ。次からはちゃんと、前もって言うわ」


 全くもう、と言わんばかりの彼女。……何故か僕が我儘を言って怒られているようで、釈然としないのだが。


「じゃあ早速だけど。デートをしましょう」

「話聞いてた!?」

「聞いてたわよ。今日これからじゃないわ、明後日の話」


 明後日と言えば、土曜日。休校日だ。


「事前でしょう?」

「そ、そうだけど……でもデートって」

「だってもう、付き合って1週間なのよ? なのにデートらしいデートを一度もした事がないって、これはもう異常よ」

「それにしたって唐突すぎるでしょ。なんだってダイオウグソクムシの話からいきなりデートの話になるのさ」


 昼休みに食事をしながらダイオウグソクムシの生態について語り出す女子高生と言うのもどうかと思うが、そこは敢えて触れないでおく。


「まあそれは気にしなくて良いわ。とにかく、デートをするのよ。しなくちゃいけないの」

「何その使命感。……この前、一緒にクレープ食べたじゃない。その前に服も見に行ったし」

「それはそれ、これはこれ。そうじゃなくって……もう、分からない?」


 彼女には悪いが、僕は異性と付き合うのは生まれて初めてなのだ。異性で友達と呼べるような間柄の人も、今のところまだいない。妹はいるが、その手の話などした事がない。にも拘らず女心を熟知していては、それこそ異常ではないか。

 つまり、彼女が何を言いたいのかまるで分らないのである。


「休みの日に、わざわざお洒落して、わざわざ家を出て、わざわざ待ち合わせをして、それで一緒に遊びに行くって言う、そう言うのがしたいの」

「はあ……」


 そう言うものなのだろうか。学校帰りに一緒に寄り道するくらいでは駄目らしい。……何が違うと言うのか。


「ね? デート、しよう?」

「っ…………」


 さすがは彼女だ。覗き込むような角度で首を傾げ、上目遣いで下から見上げて来、お願いではなくあくまで提案と言うような言い方をする。自分が一番可愛いと思われる頼み方を、よく心得ているようだ。実にあざとい。


「……わ、分かった。じゃあ、しようか……デート」

「うん!」


 いくら彼女の頼みとは言え、流されるままだと互いにとって良くない。……そうは思っても、やはり彼女には強くなれない僕なのであった。

 そう言う事で、僕たちは明後日、初めてデートらしいデートとやらをする事になったのだが……。




「あぁ? 知るかそんなもん!」

「……………………」


 放課後、友人を誘ってファストフード店へやって来た。もちろん、明後日の事を相談するためだ。

 突然デートをしようなどと言われても、僕にそんな経験はない。どうすれば喜んでもらえるのかが全く分からない。彼女に直接訊いてみても「それくらいは自分で考えて」と言われてしまった。それはもう良い笑顔で。

 困った僕は、友人に相談する事にした。友人ならば、そう言う事にも詳しそうだと思ったのだ。


「相談? なんだ、改まって。……面倒臭そうだが、なんか奢ってくれるなら聞いてやらん事もないぞ」


 ……背に腹は代えられない。

 だが、デートをする事になったと言う話をすると言う事は、僕に恋人が出来たと言う事も話さなければならないと言うわけで。その相手が彼女であると言う事実だけ上手く隠し、友人にはその事を打ち明けるつもりでいた。


「何だお前、オレにケンカ売ってんのか? 買うぞコラ、お?」


 ……が、困った事に、声をかけていない幼馴染まで勝手に付いて来てしまったのだ。


「だってお前、オレの事露骨に避けたろ! 仲間外れ良くない!」

「なら怒るなよ。こっちは本当に困ってるんだ」


 仕方なく幼馴染も交えて事情を話したのだが、案の定幼馴染は理不尽な怒りを僕にぶつけてきた。だから嫌だったのだ、こいつのいる場所でこんな話をするのは。


「まあそこのモテない君は放っておいて……なるほど、事情は分かったぜ」

「誰がモテない君だ」


 友人はスマートフォンをしまい、にやりと笑って眼鏡を直した。話している間もずっとスマートフォンのゲームをやっているように見えたが、ちゃんと聞いてくれていたらしい。


「まさかお前がダイオウグソクムシ好きだったとはな。よく打ち明けてくれた」

「そんな話はしてねえよ」

「冗談だよ、まあそう怒るなよ。恋人が出来たんだってな? 聞いてた聞いてた」


 ダイオウグソクムシ……今更流行っているのだろうか。ネットでその名前を見るようになったのも、結構前の事だったと思うのだが。


「まさかお前に恋人とはなぁ。俺らの中じゃそう言うのに一番疎いと思ってたのに、一番早く恋人作るとは思わなかったぜ」

「本当だよ、全く。1人だけ先に大人の男になりやがって……」

「感慨深そうに言うな。両親か」

「まあとにかく、よく話してくれたな。任せろ。恋愛マスターたるこの俺が、最善にして最高のデートプランと言うものをお前に伝授してやる」

「……なあ、オレが言うのもなんだが、こいつ信用していいのか?」

「うん、僕も不安になってきた」


 言うに事欠いて「恋愛マスター」とは。胡散臭い事この上ない。大丈夫だろうか……。


「まあまずは、その子……便宜上『カノジョさん』とでも呼ぼうか。その子について、もう少し詳しく教えてくれ」

「詳しくって言われても……たとえば?」

「ほら、性格とか趣味とか。お前が聞かないでって言うから聞いてないけど、俺らそのカノジョさんの名前すら知らねーんだぞ。素性も知らずにアドバイスなんか出来るか」


 確かにその通りだ。


「性格ね……まあ、良い子だよ。基本的に誰にでも優しいし。あ、でも結構意地が悪いと言うか、わりと我儘なところもあるかもしれない」

「自慢か!」

「お前もう帰ってくれない?」

「ごめん」

「基本優しい、でも意地悪で我儘なところもある……ね。じゃあ次、趣味」

「趣味は……カラオケとか、ゲーセンとか。あと人、」

「ひと?」

「……いや、うん。1人で、美術館とか行くらしい」

「びじゅつかん? この辺にそんなもんあったっけ?」

「お前は知らないだろうけど、あるぞ。美術館。……つーか、1人でか? 変わってんな、カノジョさん」


 思わず「人殺し」と言いそうになってしまった。何とか誤魔化したが、変わり者扱いされてしまったようだ。


「趣味っつーか、カラオケとかゲーセンが好きって知ってんならさ、2人で行きゃいいんじゃね?」

「甘い。甘々だ、トルコの激甘お菓子バクラヴァよりも甘い。だからお前はモテないんだよ」

「ばく……何?」

「バクラヴァって言ってな、めっちゃ甘いパイがあるんだよ。トルコとか中東アジア辺りで有名でな、アホみたいに砂糖とかシロップとかかけるもんだからもうめっちゃ甘いんだってよ」

「へー、美味そう」

「お前甘党だもんなぁ。そういやこの前駅前の喫茶店の新メニューにさ」

「待て待て待て待て、その情報どうでも良い。途方もなくどうでも良い」


 ちなみに僕は、甘いものは苦手だ。嫌いではないが、ショートケーキでさえ胸焼けを起こして……いや、これもどうでも良いか。


「そんな事より、……カラオケとか行くんじゃ駄目なの?」

「あ? ああ、そりゃ駄目だろ」


 友人はきっぱりと言い切った。


「いいか。趣味って事は、カノジョさんはよくカラオケなりゲーセンなりに行くって事だろ?」

「だろうな。だから好きなところに行って好きな事すりゃ楽しいんじゃねーの?」

「その安易な発想がバクラヴァより甘いってんだよ。よく行くって事はお前……飽きて来てる可能性があるって事だろうが」


 なるほど。その発想はなかった。言われてみれば確かに、僕だって毎日カラオケやゲームセンターに行っていれば飽きが来て楽しくなくなって来るかもしれない。


「飽きてはいなくとも、よく行く場所って事は新鮮味がないって事だ。せっかくの初デートでそんなところ行って楽しめると思うか? だいたいカラオケっつったら密室じゃねえか。初デートで密室に2人きりとか、あり得ねーから。ドン引きですわ、やる気じゃなくてヤる気しか伝わりませんわ」

「お、おお……なんかスゲーな、お前。まるで女心博士だ」

「俺、女心博士じゃあないよ。その言い方凄く馬鹿っぽいからやめてくれる?」


 恋愛マスターも凄く馬鹿っぽいです。……とは思ったが、口には出さないでおく事にした。


「……まあ理屈は分かったけど。じゃあ結局、どうすればいいのさ」

「結論から言う。……ライブだ」

「ライブ?」

「ああ、ライブだ。カノジョさん、カラオケが好きなんだろ?」

「好きって言うか……まあ、よく行くらしい」

「と言う事は、だ。……好きなアーティストがいるって事だろ?」

「そうなのか?」


 断定するのはどうかと思うが。ただ、彼女は音楽で言えばロックが好きだったはずだ。ならば好きなロックバンドがあっても、不思議ではない。


「カラオケに行くって事は、少なくとも音楽に悪い印象はないはずだ。さらに好きなアーティストのライブに行けば、必ず喜んでくれる。お前らだってそうだろ、好きな芸能人を生で見れたらテンション上がるだろ?」

「た、確かに……て言うか別に好きな芸能人でなくても、テレビに出てる人に生で会ったらなんとなく握手を求める自信があるぜ!」

「ミーハーすぎだろ。迷惑だからやめてあげて」

「そして都合が良い事に、ここにライブチケットが2枚ある」

「なんで2枚持ってんだよ。都合良すぎだろ」

「受け取れ!」

「くれんの!? マジで!?」


 友人は強引に僕の制服のポケットにチケットを捻じ込んで来た。


「おいおいおい、随分と気前良いな! ……何企んでるんだ?」

「人聞きの悪い。他ならぬ友人と、そのカノジョさんの初デートだろ? 選別だ、くれてやるさ。ライブなら何度でもあるが、その子との初デートは1回しかないんだぜ?」

「お前カッコイイな」

「そう言う事なら遠慮なくもらうけど……本当にいいのか?」

「くどい! やると言ったらやる! 楽しんで来い!」


 僕はアーティストのライブなど行った事はないが、チケットも決して安いものではないのではないか。そんなものを、しかも2枚も貰ってしまうと言うのは……嬉しさよりも申し訳なさの方が大きくなってしまう。


「お前、これいくらだよ。せめて買い取るよ」

「いや、金はいい。それをしてしまうと俺はダフ屋と同じになってしまう。そうなると最悪、お前らも会場に入れなくなるかもしれないぞ」

「いや、でもさ。安くないだろ、これ」

「いいんだよ。お前らの楽しい初デートを買ったと思えば安いもんさ。……ハンバーガーも奢ってもらったしな」

「カッコイイなお前! カッコイイ通り越してなんかキモい!」

「だろぉ!? 惚れんなよ!?」

「……じゃあ、貰うよ。ありがとな」


 友人はにっこりと笑っている。こいつ、こんなに良い奴だっただろうか……。

 僕は今、素直に感動している。やはり持つべきものは友、と言う事か。


「ただ、最後にこれだけ言っておく」

「何?」

「俺は素人童貞だ!」


 !?


「何言ってんのお前!」

「素人、と言うか三次元童貞だ。今まで言って来た事は全てゲーム及びアニメで仕入れた情報だ。だから実際上手くいくかどうか、自信がない」

「え、何お前! 散々偉そうに語っておいてそれかよ!」

「上手くいくかどうか、全く自信がないんだ!」

「2回言うなよ!」

「……………………」


 最悪だ。せっかく感動していたのに、全部台無しだ。こいつはやはりこう言う奴だった。僕の感動を返してほしい。


「ま、まあ、ゲームで培った恋愛テクニックはリアル恋愛でも十分通用するからな。神は言っていた、エンディングが見えたと」

「……そんなプランで大丈夫か?」


 一番良いプランを頼む。




「ふーん。ライブ、ね」


 その夜、僕は彼女に電話を掛けて友人から提案されたプランをそのまま話した。あの後いろいろ考えたのだが、結局彼の提案より良いと思えるものを自力で考えるのは無理だったのだ。

 ……が、当の彼女の声はあまり楽しそうではない。むしろ、興味などなさそうな印象だ。


「……気に入らなかった?」

「そんな事ないわ。結構良いんじゃない? 君が自力で考え付いたとは思えないくらい」


 酷い言われようだ。しかし事実なので反論は出来ない。


「そうね、良いと思う。私も音楽を聴くのは好きだし、でもライブには行った事がないから。君と2人で行けば、きっと楽しいんでしょうね」

「……あの、そのわりには声が全然楽しそうじゃないんですが」


 声だけではない。モニター越しに見る彼女は、電話をしながら髪の毛をくるくるといじっていた。興味はデートのプランより自身の髪先に行ってしまったようだ。もはや興味がないを通り越し、不機嫌そうにすら見える。

 プランの内容自体は気に入ってくれたみたいだが、一体どこで地雷を踏んでしまったと言うのだろうか……。


「そのライブ。……いつやるの?」

「え? ……あ」


 チケットに書いてある開催日を確認すると、日付は……今日から数えてちょうど一週間後だった。


「デートの約束は、明後日だったと思うんだけど。私の記憶違いかしら」


 友人のへらへらした顔が思い浮かぶ。あの野郎……一週間後じゃ遅いんだよ。

 と言うか、ちょうど一週間後って平日じゃないか! 行けるか!


「人のせいにしない。そんな事にも気付かなかった君が悪いんです」

「すみませんでした」


 素直に謝る。しかし、友人のプランが使えないとなると、あとはもうどうすれば良いのか……全く当てがない。

 と、困っていると電話口の向こうから彼女の溜め息が聞こえ、そう思うと次いでくすくすと笑う声が聞こえた。


「まあ、そう言うところが君らしいって言うか。なんでもそつなく熟すくせに、肝心なところで詰めが甘い。その上1つでも想定外があると、すぐお手上げ状態になっちゃうところ。私は結構好きよ?」

「全くもって嬉しくないね」

「あら、私に好きって言ってもらえて嬉しくないの?」


 若干サディスティックな発言はさておき、悪くなっていた機嫌も直してくれたようで少しほっとする。


「でも、そうね。そうなると、結局デートプランは最初から考え直しってことになるわね」

「う……ご、ごめん。でも、やっぱり無理だよ。誰かと付き合うのも初めてなのに、デートプランなんて考えられるわけがない」

「気にしないで、別に期待してなかったから」


 さらりと言う彼女。それはそれで傷付くのだが……。


「こんな事もあろうかと、こっちでも色々考えてあるの。まあ、私もデートなんて一度もしたことないから。あんまり期待されても、困るんだけどね」

「そうだったの? ……だったら僕が考える必要なかったんじゃ……」

「恋人は無駄なやり取りを楽しむものなの」


 全く、と言わんばかりの口調で彼女はそう言った。前にも同じことを言われ、それは偏見だと思ったが、どうやら彼女の持論らしい。


「それじゃ、明後日はちゃんと予定を空けておいてね? 時間は……そうね、お昼よりちょっと早いくらいが良いかしら」

「……あのさ、今更なんだけど」

「私、凄く楽しみにしてるから。こんなにわくわくしてるの、生まれて初めてってくらい。本当にありがとう、付き合ってくれて」

「……………………」


 「今更なんだけど、本当にデートなんてするの?」。そう言おうと思った矢先、それを遮るようにして彼女の嬉しそうな声が聞こえてきた。

 何を考えているか分からない彼女だが、今の声は本当に嬉しそうだった。あんなに嬉しそうな声を聞いたのは、付き合ってから……いや、彼女と出会い、彼女のストーカーになってから初めてだ。

 恐らくその気持ちにまでは嘘はないのだろうが、……おかげで、言いたかった事を言い出せなくなってしまった。


「それで、今何か言おうとした?」


 その上で僕が自発的にやめた話を蒸し返してくる辺り、彼女は本当にサディストなのではないかと思ってしまう。


「……いや。君は本当に性格が悪いんだなって、そう思っただけ」

「今更君の前でまで猫を被る必要もないでしょう? それに、君だって嬉しいんじゃない?」


 その言い方には語弊がある。……が、彼女が言う事があながち間違いではないと言うのも、また事実だ。

 彼女と付き合うようになってから、今まで知り得なかった彼女の素顔を見る事が出来た。

 それはまるで、完結したと思っていた小説の続編が、自分の知らないところでいつの間にか出ていたかのような。それにようやく気付く事が出来たかのような、そう言う予想外な幸福感だった。

 もっともその続編は、僕が望んでいたものとは少し違ったようだけど。続編と言うよりは、外伝、スピンオフと言った方が正確かもしれない。


「……あ、もうこんな時間なのね。気が付かなかった」


 彼女に言われ、僕も時計を見た。時刻は23時を少し過ぎている。


「本当だ。……そろそろ寝るよ、あんまり遅くまで話してると家族から何か言われそうだ」

「そうなの? それじゃあ、仕方ないわね。おやすみ、また明日」

「うん、おやすみ」


 挨拶を済ませ、電話を切るため耳から離そうとしたしたその時。彼女は小さく、しかし僕に聞こえるような……あるいは聞かせるような声で、こう言った。


「私はまだ、寝ないけど」


 ……………………。


「……もしもし、聞こえる?」

「ん? どうかした?」


 緊張か、期待か、興奮か、詰まったようで上手く出ない声を無理に出すと、少し上擦ってひっくり返ってしまった。しかし彼女はそんな僕とは裏腹に、いつものように何気ない返事をしてくる。


「君は、今日、この後……出掛けるの?」


 彼女は応えない。電話の向こうで、沈黙だけが聞こえた。かちり、かちり、と時計の音が嫌にうるさい。

 モニターを見ると、カメラを通して彼女と目が合った。

 こちらを見ている。彼女には僕が見えないはずなのに、しかし彼女はじっと僕を見ている。あの時と同じ、無機質な光を灯した目で、見えないはずの僕をじっと見据えている。

 鳥肌が立った。口の中はからからだ。心臓は警鐘を鳴らしている。汗が止まらない。しかし、耳に当てたスマートフォンに頬の肉が軽く触れ、気が付いた。

 僕は……笑っていた。自分でも気付かないうちに。僕は、笑みを浮かべていた。

 かちり、かちり。時計の音が嫌にうるさい。


「ええ」


 ややあってから、彼女はようやく応えた。何秒、何分、何時間経ったのか。かなり長い間が空いたように感じたが、時計は先ほど見た時からほとんど動いていないように見える。


「観に来るでしょう?」


 映画のDVDの話でもしているかのように、あっさりとした口調で彼女は言う。実際何も知らない人がここだけ聞けば、とりとめのない会話の一部にしか思わないだろう。

 しかし。彼女が、僕に観せてくれるもの。それは映画のようではあり、映画とは決定的に違うものであった。


「もちろん」


 汗は止まっていた。

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