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ストキルラ  作者: サムネがリスの人
7/14

chapter5

「よぉ、お前大丈夫かよ」


 放課後となり帰り支度をしていると、幼馴染に頭を小突かれた。


「いったいな、急に何すんだ」

「お前、顔色めっちゃ悪いぞ」

「…………え」


 鏡がないので確認も出来ないが……そうなのだろうか。体調は別段悪くはないが。


「そうか? いつもこんな感じじゃね」


 そう言う友人の視線は僕ではなく、手元のスマートフォンに向けられている。


「授業中もずっと上の空だったしさ。体調でも悪いのか?」

「何お前、授業中ずっとこいつの事見てたの? 引くわぁ」

「バカヤロウ、オレの席こいつより後ろなんだよ。黒板見てたら自然と目に入るわ」

「自然と目に入るとか……ガチなやつじゃないですかーやだー」

「殴るぞ」

「ちょっと待て、お前黒板見てたの? お前こそ大丈夫かよ、何があった?」

「殴るぞ。何だお前ら、オレを何だと思ってやがる」

「ホモ」

「馬鹿」

「……………………」

「いや否定しろよ!」

「何こいつ怖い」


 相変わらず2人は馬鹿なやり取りをしている。僕もそれに乗っかる形で話を逸らしたが……幼馴染は僕の事を気にかけてくれていたらしい。


「……まあ、なんでもないよ。体調も別に悪くはない。気にするほどの事じゃないよ」


 いくら馬鹿とは言え、気にかけてくれた相手を煙に巻いて終わらせるのは申し訳がない。改めて幼馴染にそう言っておく。


「そうか? ……ならいいんだけどよ」


 努めて平静を装っていたつもりだったのだが、彼には見透かされていたようだ。長年の付き合いというのも馬鹿に出来ないと、素直にそう思った。


「そう言や昼休み、どっか行ってたな。……なんだよ、そん時女子に告白でもされたか?」


 ぎくり。友人の何気ない一言に、心臓が飛び跳ねそうになる。


「いやいやいや、それはねーだろ。こいつに限って。オレの方がモテるっつーの。わははは」

「その意味不明な自信はともかく、まあ確かにねーわな。こいつに限って。わははは」

「……お前、信じてないな。モテるぞ、オレは」

「モンキーにか? 同類だと思われるからか?」

「ははは……」


 乾いた声しか出ない。深く追及されたら誤魔化せそうにないが……幸い、2人はすぐに別の話をし出した。

 女の子から告白された、と言う事自体は、別に隠すほどの事でもない。僕たちももう17歳、高校2年生だ。男女交際の一度や二度くらい、経験があってもおかしくはないだろう。だが、今回は……今回に限っては、相手が悪い。

 未だに信じられない。ある意味、昨日起こった出来事以上に、夢であって欲しいと思うくらいだ。




「……え、ちょ、……え? い、今、なんて?」

「だから。付き合って欲しいの。恋人になって欲しい、って言う意味よ」

「こ、恋人!?」

「恋人」


 予想の斜め上を行く「お願い」に、思わず大きな声を出してしまう。恋人……恋人と言ったか、今。僕が、彼女の、……恋人!?


「駄目?」

「い、いや、駄目って言うか……な、なんで?」

「好きだから」

「すっ……え、えぇぇえぇ……」


 1+1は、と言う問いに答えるくらい、当然であるかのように彼女は言う。全く持って意味が分からない。僕が彼女を好きになるのはともかく、彼女が僕を好きになる理由もきっかけもないはずだ。


「君は私の事、嫌い?」

「き、嫌いじゃないよ。嫌いなもんか」

「他に付き合ってる子がいる、とか?」

「……いや、いないけど」

「なら問題ないじゃない。決まりね」

「待って!」


 決めないで欲しい。話を決めるには、いささか以上に早すぎる。


「私に魅力が足りない? もっと可愛い子じゃないと、嫌? 結構面食いなのね、君」

「そんな事言ってないでしょ、1人で何言ってるの。大体、君以上なんてそうそういるもんか」

「そう言う事、真顔で言えちゃうんだ。意外と誑しなのね」

「た、たらし? いやいやいや、そんな事ないから」

「そう? じゃあ、一途なタイプ?」

「……まあ、どちらかと言えば」

「良かった。もし浮気なんてされたら、私その相手の事殺しちゃうかもしれないから」

「君が言うと洒落にならないよ……待った、話が脱線してる。何の話だ、これ」


 いつの間にか彼女のペースに乗せられ、まるで僕たちが付き合う事が前提になっているかのような会話になっていた。慌てて話を戻す。


「確かに僕は君の事が好きだ。ストーカーをしていたのも認める。それが君の事が好きだから、君を観ていたかったからって言うのも認める」

「嬉しいわ」

「いや、だから! えーっと、なんて言えばいいかな……そう言うんじゃ、ないんだよなぁ……」


 上手く説明出来ない。なんと言えば伝わるのか……。僕の彼女に対する感情が「嫌い」ではなく「好き」である以上、どうしても説明がややこしくなってしまう。

 僕は「普通」でいたいのだ。彼女のような人の、「主人公の恋人」なんて、僕には荷が重過ぎる重役だ。勤まるわけがない。要するに、彼女に対し自分に自信がないのである。……酷く情けない話だが。

 だが、これを彼女に伝えたところで、彼女は理解してくれるのだろうか。彼女は「異常」だ。「異常」な彼女に、僕のような「普通」の考えをありのまま伝えたところで、理解出来るとは思えない。


「……お昼休み、終わっちゃいますけど?」


 考えをまとめていると、彼女に急かされた。ああもう、なんでよりによってこんな時にこんな話をするのか!

 ……「意外と彼女にも性格の悪いところがある、と言う事を知れた」と悦んでいる自分がいる。それがたまらなく嫌に思えた。


「ええと……つまり……」

「つまり?」

「……君が何を考えているのか分からないけど、君は僕を買いかぶりすぎだ。僕は、君には相応しくない。君にはもっと良い人がいるはずだ。だから、そのお願いは……聞けない」

「…………そう」


 我ながら分かりやすくまとめられたと思う。だが、そう言うと彼女は酷く悲しそうな顔をして俯いた。……何故、そんな顔をするのか。


「そっか……じゃあ、仕方ないね」

「……うん、ごめん。だから、他の事でよければ」

「あーあ、私フラれちゃった。生まれて初めて告白して、フラれちゃったわ。もうすっごいショック」

「…………え?」


 言葉に反し、彼女は嫌に演技がかった言い方をする。その言い方に違和感を覚えた。

 と言うか、フラれた? いや、これは「フる」と言うのとは違う。僕は別に、彼女に不満があるわけではない。彼女の事が嫌いなわけではない。

 このまま彼女の「お願い」を受け入れ交際したとしても、いずれは彼女に愛想を尽かされてしまう事が目に見えている。

 彼女が何を考え、何を求めているのかは分からないが、僕如きが彼女を納得させ喜ばせ満足させる事など、出来るわけがないのだから。そんな事は、火を見るよりも明らかである。結局は僕の能力不足で彼女を失望させてしまうのが関の山だ。

 満足させる事は出来ずとも、しかし失望させてしまう未来を避ける事なら出来る。だからこうして、そうなる前に話をなかった事にしようとしているだけなのだ。

 ……が、彼女はにやりと笑みを浮かべ、続けて言った。……あまりに無邪気で邪悪なその笑みに、背筋が凍る。


「私が告白したんだから、喜んでオッケーしてくれると思ったんだけどなぁ。……『普通』なら」

「っ!?」


 「普通」なら、彼女の告白を受け入れる? 確かに……もし仮に僕ではなく幼馴染辺りが告白されていたとしたら、奴なら二つ返事で受け入れそうだ。

 奴も「普通」だから。「異常」ではないから。「普通」なら、誰もが彼女の事が好きだから。好きな相手の告白を敢えて断る理由など、「普通」はないから。

 つまり、ここで彼女の告白を拒否してしまえば、その時点で僕は「普通」ではいられなくなると言う事だ。……気付かぬ間に僕は、とんでもないパラドックスに陥ってしまっていた。


「でもまあ、仕方ないか。無理強いするつもりもないし。それじゃ、私先に教室に戻ってるね」

「ちょ……ちょっと待った!」


 すたすたと歩いて行く彼女。……僕は、その手を掴んで引き止めていた。当然だ。あんな言い方されたら、断れるわけがないじゃないか。


「……何?」


 振り向いた彼女は、それはもう楽しそうに笑っていた。満面の笑みだ。僕が一度断ったのも、その後引き止めるのも、何もかもが彼女の計算どおりなのだろう。

 そもそも彼女が「お願い」を口にした時点で、僕は完全に詰まれていたのだ。いやもっと言えば、僕が彼女に「お願いがある」と言われて、それを聞く前から断る事が出来ないと言う時点で、こうなる事は決定づけられていた……この女、悪魔か!


「君の事、少しだけ嫌いになれたよ」

「酷い。そんな事言うために、引き止めたの?」

「……………………」

「……他に言う事、あるんじゃないの?」


 彼女はくすくすと笑う。ああ、本当に、彼女には敵わない。僕は「普通」だから。「異常」な彼女に、敵うはずがなかった。


「……僕で良ければ。付き合って下さい、オネガイシマス」


 棒読みで言ってやったのは、せめてもの仕返しのつもりだ。




 そんなわけで、僕は彼女と付き合う事になった……なってしまったのだが。


「だからオレが今まで1回も付き合った事ないのは理想が高いからなんだよ! 彼女みてーな子じゃないと嫌なんだよ、モテないわけじゃねーんだよ!」

「だからそれを言うならまず普通に会話して来いっつってんだよ!」

「1人じゃ緊張するっつってんだろ!」

「同じクラスになって3ヶ月経つっつってんだろ!」


 そう。そうなのだ。「普通」は彼女から告白されたら断らない、と言われ、慌てて告白を受け入れた僕だったのだが、考えてみれば「普通の人間が彼女に相応しくない」と言う問題が解決されたわけでもない。

 ……いずれにせよ、僕は最初から「普通」でない選択をするしかなかったと言う事だ。ならばせめて、僕が「普通」でない選択をした事を、誰にも知られないようにするしかない。

 彼女にも、少なくとも学校内では今までどおり接するよう、口止めはしてある。僕が彼女の言い分を聞き入れたのだから、無闇に言いふらしたりする事はないだろう。……そう信じたい。

 だが、悪い事ばかりではない。恋人となった事で、今まで知る事のなかった彼女の一面が観られるかもしれないのだ。それだけは、僕にとっても喜ばしい事だと言えよう。と言うか、そうでも思わないと自我が崩壊しそうだ。


「……おーい、2人とも。僕、先帰ってるぞ」


 ぎゃあぎゃあと騒がしく言い合っている友人2人組みに一言告げ、先に教室を出ようとした。その時だった。


「あ、ちょっと待った。オレらも帰るわ、一緒に帰ろうぜ」


 不自然なタイミングで2人は言い合いを止め、帰り支度を始めた。


「……なんだよ。気持ち悪いな、気が済むまで言い合ってりゃいいだろ」

「馬鹿お前、朝言われたろ。1人で帰んなって」

「馬鹿に馬鹿呼ばわりは……え?」


 朝? ……朝の事は覚えていない。昼休みに彼女を呼び出す事で頭がいっぱいだった。1人で帰るな? どう言う事だろう。


「詳しくは聞いてないけどさ、なんか駅前で事件あったらしいじゃん。で、危ないから下校は極力2人以上で、部活もしばらく休みだってさ」


 ……ああ、なるほど。言われてみれば朝、担任がそれらしい事を言っていた気がする。と言うより、学校としてそれくらいの措置は当然だろう。


「嫌な事件だったね……腕が1本、まだ見つかってないんだろ?」

「何の話だよ。つーかお前、そう言う冗談やめろよな。マジで人1人死んでんだからさ」

「なあ、それってマジなの? 俺が聞いたのだと、なんかチンピラの親父狩りってレベルの話だけど」

「いや、オレも詳しくは知らないけど。にしてもだよ、まさか自分が住んでる街で警察沙汰とはなぁ。小説みてーだな」

「お前小説読めないだろ」


 僕なら心配は要らない。その殺人犯、僕の恋人だから。

 ……などとは口が裂けても言えるはずもなく。2人が鞄に教科書を入れるのを待ち、3人で教室を出た。


「今日は早く帰れんな。ゲーセンでも寄ってく?」

「お前別に部活もなんもやってねーからいつもどおりだろ。寄り道したら怒られんぞ」

「でも行くだろ?」

「まあな」

「いやいや、今日くらいさっさと帰ろうぜ…………ん?」

「どうした?」

「あ、いや。メールが」


 廊下を歩いている途中、スマートフォンが振動している事に気が付いた。メールを受信したらしい。差出人は……。

 ……………………。


「ごめん、ちょっと用事。先帰ってて」

「はぁ? だから1人で帰んなって……」

「妹から呼び出しだよ。友達と喧嘩したから一緒に帰りにくいってさ。先生に言ってあいつ待ってるから、2人は先帰っててよ」

「……そうか? そんじゃ、先帰るわ」

「うん、また明日」

「おう、じゃーなー」


 2人を見送る。念のため、窓から校舎の出入り口を見下ろした。……2人はちゃんと、先に帰宅したようだ。よくよく考えれば穴だらけの嘘なのに、すっかり信用してくれたらしい。少し、良心が痛む。

 僕はと言うと、誰にも見られていない事を確認し、靴を履き替えた後校門とは逆方向へ向かった。体育館の裏……「彼女の場所」へ向かうためだ。



「遅ーい!」


 第一声がそれだった。当然、声の主は彼女だ。


「40秒で支度してって書いたじゃない」

「無茶言うなよ……で、何の用? 学校の中では今までどおりでって、ついさっき言ったばっかだと思うけど」


 先ほどのメールも、妹からではなく彼女から来たものだった。「40秒で支度して、さっきの場所に来るように」と。……アドレスを教えた覚えはないのだが、そこは深く考えないようにした。


「授業は終わったでしょう?」

「……そうだけど」

「怖い殺人鬼がこの辺りうろうろしているって言うから、一緒に帰ってもらおうと思って」


 白々しいにもほどがある。そして「ボケたんだからツッコんで!」と言わんばかりの顔をしている。


「別に一緒に帰るのが僕である必要性はないだろ。家もそんなに近いわけじゃないし」

「予想外のツッコミね。『それお前だろ!』って言って欲しかったなぁ」


 分かってて外したのである。男子高校生のツッコミスキルを舐めないでいただきたいものである。


「それと、一緒に帰るのが君である必要性は、ちゃんとあるのよ?」

「え?」

「だって私が好きなのは、君だけだもの。好きでもない人と一緒には、帰りたくないわ」

「……………………」


 そう言う事を、面と向かって言われると……さすがに照れる。だが、昼休みにも言われた事であるが、僕には心当たりが全くないのだ。

 何故彼女は、僕を好きと言うのか。自分で言うのもなんだが、僕は彼女のストーカーだ。そして僕と彼女の接点など、それ以外にはない。嫌われこそすれども、好かれる道理はないはずなのに。


「それは秘密。今はまだ、ね」

「なんで」

「伏線っぽいでしょう?」


 バッドエンドしか見えないんですが……。


「そうそう、今日は帰りに寄りたいところがあるの」


 校門を通り抜けた辺りで、ふと彼女は思い出したようにそんな事を言い出した。


「……よ、寄りたいところ」

「……なあに、その顔? 私と一緒に下校中の寄り道が出来るのよ、嬉しくないの?」


 嬉しくないわけがない。憧れの彼女と一緒に下校するなんて、身にあまる光栄だ。だが、もしそんなところをクラスメイトの……いや、彼女を知る誰かに見られでもしたら、と思うと……。


「大丈夫よ。私の行動を監視しているのなんて、君くらいしかいないんだから。それに、今日は出来るだけ早く、まっすぐ帰れって言われているでしょう? 気を付けていれば、誰にも見つかりっこないわ」

「そう……かもしれない、けど……」

「……あんまりうじうじ言うんなら、いっそバラしちゃおうかしら。私たちが付き合ってるって」

「!?」

「そうしたら、君も諦めがつくでしょう? ……あ、意地悪のつもりで言ったけど、これ良いかも。うん、そうしよっか」


 くるりと踵を返し、校内に戻ろうとする彼女。慌ててそれを引き留める。

 それは困る! そんな事をされたら、僕はもう当分の間家から一歩も出られなくなってしまう。たとえ僕がどんなに否定したところで、彼女の言葉と僕の言葉、信用されるのは間違いなく彼女の方だ。

 たとえ彼女がどんな嘘を言って、僕だけが真実を口にしていたとしても、きっとみんなは僕の真実より彼女の嘘を信じるに違いないのだから。


「わ、分かったよ。行く、行くから。でも、どこに寄るって言うのさ」

「そう? なら良いけど。……安心して、そんなに時間は取らせないから。そうね……ちょっと、見てみたいものがあるの」

「見てみたいもの?」

「見てみたいもの。すぐに終わるわ。さ、行きましょう」


 そう言って彼女は、家ではなく正反対の方角、駅前の方へすたすたと歩いて行く。並んで歩くか、少し離れて歩くか……同じ方向へ向かうのに中途半端に離れているのも不自然だと思い、仕方なく隣を歩いて付いて行った。




「ずいぶん大人数ね。……やっぱり、処理もしないで帰っちゃったのがマズかったかなあ」


 通りに面する店は通常通りに営業しているようだが、人通りはいつもよりも少ない。代わりに、警察官の姿が多く見られた。朝のニュースを観たわけではないが……昨日の件が原因だろう。

 事件の捜査をしているのだろう警察官を眺め、彼女は小さく呟いた。処理と言うのは、やはり……死体の処理の事だろうか。

 昨日の事はよく覚えていない……いつ、どうやって帰ったのかも分からないくらいだが、言われてみれば確かに、僕たちは現場をそのまま放置して帰ったような気がする。


「……大丈夫なの?」


 僕も詳しいわけではないが、近年の科学技術も昔と比べれば遥かに進歩しているはずだ。髪の毛どころか皮膚片の1つ、衣服に付着した指紋からでさえ、容疑者を特定する事が出来ると聞いた事がある。

 推理小説のように名探偵が都合よく真相を暴いてくれるとは思わないが、都合よく捜査が難航するとも思えない。いずれ警察の手が回ってしまうのではないか……。


「大丈夫でしょう。私が、証拠の1つでも残すと思う?」


 そうだった。犯人は、この彼女なのだ。彼女なら、行き当たりばったりな犯行であっても、たとえ今この場で誰かを殺害したとしても、それでも警察の捜査から逃げ切る事が出来そうだ。


「さすがにそれは無理。目の前に警察、いるじゃない」


 呆れたように笑いながら彼女は否定する。しかし、それでも僕は、彼女が何か失敗している姿を想像する事が出来なかった。


「さて……見たいものも見れたし、そろそろ行きましょうか」

「え、見たいものって……」


 通りに来たものの、特に何か変わったものを見たわけではない。いや、厳密には事件の捜査をしている警察官たちの姿は見られたが……まさか、見たいものとはこれの事なのだろうか。


「犯人は事件現場に帰ってくる、ってね。一度、やってみたかったの」


 今度は僕が呆れる番だった。そんな事のために、わざわざここまで来たと言うのか。


「うそうそ、冗談よ。ちょっとね、服を見たかったの」

「服?」

「そう、お洋服。アレは、あくまでついで。本当の用事は、こっち」


 彼女が指した方向には、様々なブランドのブースが入っている、大きめの洋服屋があった。一応男性用の服も売っているが、比率としては女性用の方が多い。知ってはいるが、一度も入った事のない店だ。


「学校帰りにショッピングなんて、いかにも高校生カップルっぽいでしょう?」

「……まあ、確かにね。そう言う事なら……でも、いいの?」

「何が?」

「いや、帰ってからじゃなくて。いつもなら、一度家に帰ってから出掛けてるじゃない」

「ああ、その事。別にいいんじゃない、門限とか決まってるわけでもないし」

「そうなの?」


 意外だった。いつも必ず一度帰宅し、出掛けた後も必ず19時までに帰っているので、てっきり親から門限を定められているのだとばかり思っていたが……。


「実はその辺り、結構ユルいの。早く帰ってるのは、自発的に」

「自発的に?」

「自発的に。『私』は良い子ですから。そうしたら、私の親も喜ぶかなって。……でも」


 そう言って彼女は僕の手を取り、引っ張るように駆け出した。


「今はそんな良い子アピールより、君と一緒にいたい、かな。さ、行きましょう」


 つられて僕も足を踏み出す。こうしていると、本当に恋人同士みたいだと思った。



 洋服屋に入ると、彼女は真っ直ぐにあるブランドのブースへと向かって行った。初めから目当てのブースが決まっていたらしい。


「前から気になってはいたんだ。ただ、買っても見せる相手もいなかったから」

「なるほど」


 彼女はいろいろな服を手に取っては真剣な眼差しで吟味している。時折嬉しそうな顔をしたかと思うと、次の瞬間には残念そうに溜息をついては服を元の場所に戻していた。どうやら、気に入った服に限ってサイズの合うものがないらしい。

 彼女は同年代の女子では割りと身長が高い方だ。と言うか、僕よりも少し背が高かったりする。その上にスタイルも良く体型の起伏が大きいものだから、なかなかサイズの合う服を探すのは大変そうだ。


「ところで、君は私の身長、体重、スリーサイズは知っているの?」

「知ってるよ」

「そう」


 うんうんと悩みながら服を漁る彼女。僕はその後ろを、ただ付いて行くだけ。……他の客の視線が、凄く気になる。

 彼女ら、あるいは彼女らの付き添いである彼らは、まず彼女を見つける。しばらくその姿にぼうっと見とれていたかと思うと、次はようやく気付いたかのように僕を見る。それも全員決まって、納得出来ないと言いたげな顔で、だ。一番納得出来ないでいるのは、他ならぬ僕自身なのだが……。


「…………ねえ。ちょっといい?」


 ようやく気に入ったものが見つかったらしく、彼女は真剣な顔で2着の衣服を僕に見せてきた。

 1着は青いワンピース。夏の空のような涼しげな色合いが鮮やかで、大人っぽく爽やかなイメージだ。それでいてところどころにあしらわれたフリルの装飾が、さりげない可愛らしさを醸し出している。黒髪で清楚な彼女には、よく似合うと思う。

 もう1着は、なんと言うか……パンクな感じ、と言うのだろうか。耳の付いたフードの黒いパーカーで、裏地は黒と赤のボーダー柄。全体的に刺々しいイメージで、むしろ変装した時に着た方が様になりそうだ。


「これと、これ。両方とも買おうかなって思ったんだけど」

「ずいぶん印象が違う2着を買おうと思ったんだね」

「ええ。それで、君はどっちがいいと思う?」

「……両方買えばいいと思う」

「駄目よ、つまんない。君が『是非こっちを着て欲しい!』って思う方を買うわ」

「ええぇ……」


 両方とも買おうかと思ったんじゃないのか。突然正反対のイメージの服を見せられて「どちらか選べ」と言われても……彼女の事だ。きっとどちらを選んでも、上手く着こなせるのだろう。

 どちらでも似合いそうなものだが、強いて選ぶのであれば……。


「こっち……かな、敢えて」


 僕はパーカーの方を指した。


「あら、意外。君、こう言う格好の子の方が好きなの?」

「いや、そう言うわけでもないけど」


 ワンピースを着た彼女は、容易に想像できる。しかし、こちらのパーカーを着た彼女は、どうにも想像出来ない。どうせなら今まで見た事のない、真新しい彼女を見たいと思った。


「でも駄目ー」

「は?」

「私はこっちの方が好き」


 そう言って彼女はパーカーを元の場所に戻し、青いワンピースの方を胸元に宛てがった。


「と言うわけで、こっちを買うね」

「ちょ、ちょっと、僕が選んだ方を買うんじゃないの?」

「君なら私が買おうと思ってた方、当てられると思ったんだけどなー」


 彼女は不服そうだ。どうやら最初から、どちらを買うか決めていたらしい。


「ほら、恋人ってこう言う、無駄なやり取りをするものじゃない?」

「偏見だと思う」

「そう言う偏見があるって事は、やっぱりそう言う事してる人たちが多いって事じゃない」


 何だろう、反論したいのに妙な説得力を感じる。


「じゃあ、買ってくるわ。もうちょっと待っててね」


 彼女はそう言うと、ワンピースをレジへ持って行った。




 駅前の通りで彼女と別れ、僕は帰宅した。

 家に着くと、妹から「どこへ行っていたのか」と聞かれた。なんでも幼馴染が妹に連絡し、学校で2人に吐いた嘘が露見してしまったらしい。

 適当な話をして誤魔化しておいたが、明日幼馴染にも同じ事を聞かれるかもしれない。今のうちに言い訳を考えておいた方が良さそうだ。

 部屋に入り、いつもの習慣でモニターの電源を入れた。ちょうど彼女も帰宅したらしく、少しすると画面に彼女の姿が映し出された。

 ……こちらに向かって、笑顔で手を振っている。僕のストーカー行為は全て筒抜けだったとは聞いていたが、まさかカメラの位置まで正確に把握していたとは。

 入れたばかりのモニターの電源を切り、僕は着替えもせずにベッドの上に転がり込んだ。まるでどこぞの主人公のようだ、と思ったが、今はそんなことを気にしているほどの余裕はない。

 色々な事が起こりすぎて、体も頭も疲れた。……少し、状況を整理したい。


 僕がずっと追い求めていたもの。それは、彼女の非日常。

 彼女は完璧な人間だった。容姿も良く、才能も長けており、人望も厚い。まるでフィクションの世界の主人公のようで、そんな彼女に僕は憧れた。深く愛するようになった。

 そんな彼女をよく知りたい、もっと観ていたいと思った。「誰もが愛する彼女」ではない、「僕だけが知る彼女」が欲しいと思った。僕は、彼女のストーカーになっていた。

 毎日のように彼女を観察する中で、いつしか僕は思うようになる。……彼女なら、「異常」なまでに主人公然としている彼女なら、きっと小説の中のような、「普通」の人では堪えられないような事件を起こしてくれるのではないかと。そして彼女はそれを、鮮やかなまでに、見事に解決してみせるのだろうと。

 そして1ヶ月以上に渡るストーカー行為の末に、その時はついに訪れた。

 彼女は優等生のように振る舞っていたが、その実夜の街を遊び歩く趣味があった。それも、誰にも気付かれないようわざわざ変装をしてまで、だ。彼女のストーカーである僕だから気付けた。

 僕はそれを見て彼女が援助交際をしていると勘違いしたのだが、実際は援助交際どころではない、彼女はもっと大きな事件を起こしていた。物語の主人公に相応しい、まさに非日常な事件を。

 彼女は、殺人鬼だった。

 特に理由もなく、殺したいがために人を殺す。そんな悪魔めいた行為を、彼女はいとも容易く、まるで息をするかのように、さも当然であるかのように行っていた。それどころか、僕が彼女をストーカーしていると言う事を知りながら、僕にその光景を見せつけてきたのだ。

 その真意は分からない。ただ僕は彼女の狂気に恐怖し、しかしそれ以上に魅了された。

 僕がずっと追い求めていたもの、彼女はそれを遥かに上回ったものを、僕に観せてくれたのだ。僕はこれからも、彼女の狂気を観続けていたいと思った。

 ……そして、僕と彼女は、恋人同士になった。


「…………はぁ」


 ため息が出る。

 確かに僕は彼女の事が好きだ。愛している。だからそんな彼女に「好き」と言われ、当然悪い気はしない。誰だって、たとえ相手が自分にとって興味のないような人だったとしても、「あなたが恋愛対象として好きです」などと言われれば、嬉しくもなるものだろう。

 だが僕のこの「好きだ」と言う感情は、彼女に対する愛情は、恋愛感情などではない。例えるなら、歴史上の偉人に対するような……尊敬の念に近い、敬愛と呼ぶべきものだ。

 その証拠に僕は、彼女が援助交際をしていると勘違いした時も、彼女に失望したりしなかった。幻滅したりしなかった。むしろ感動を覚えたくらいだ。

 彼女のような完璧な人間が、他人には知られないようにして、人として最低な行為をしている。その事実を僕だけが知っている。この関係性こそが僕の望んでいた事であり、恋人関係になりたいとは一度も考えた事はなかった。

 考えてはいけないと、思っていた。


「……………………」


 ポケットからスマートフォンを取り出し、画像フォルダを開いた。さらにその奥の奥、最奥にある、ロックが掛かったフォルダを開く。そこには、たくさんの彼女がいた。

 きっと彼女は、この写真の事も気付いているのだろう。このフォルダの中にある彼女の写真は、全て盗撮したものだ。

 制服を着ている彼女、私服を着ている彼女、家にいる彼女、学校にいる彼女、外にいる彼女、笑っている彼女、怒っている彼女、驚いている彼女。僕の手の中には、本当にたくさんの彼女がいる。手の中の彼女は、様々な場所で様々な格好で様々な顔を見せてくれる。

 その中でも一番目を引くのは、やはり笑っている顔だ。大人びた雰囲気の彼女が、無邪気に、子供のような笑顔を浮かべている写真が、僕は一番好きだった。

 彼女にはいつもこんな風に笑っていてもらいたい。だが、僕が彼女の恋人になったとして、僕は彼女をこんな風に笑わせてあげる事が出来るのだろうか。

 僕は、彼女に相応しい人間になれるのだろうか。


「…………無理だ」


 そう、無理なのだ。僕が彼女の恋人になったところで、彼女を幸せになんてしてあげられない。

 特別容姿が整っているわけではない。何かしら優れた才能があるわけでもない。誰からも好かれるほどのカリスマを持っているわけでもない。僕は主人公たり得る要素を何1つ持っていない、「普通」の人間だから。けれど、彼女はその全てを持っている、「異常」な人間だから。

 彼女が「彼女」である限り、そして僕が「僕」である限り。僕が彼女を幸せにするなど、叶わぬ望みだ。

 ……僕は一体、どうしたいのだろう。僕は彼女のような、「異常」な主人公にはなれない。だから「普通」であろうと思っていた。だから彼女の恋人にはなれないと、なってはいけないと、なりたいと思ってはいけないと、そう思っていた。だが、彼女に望まれ、求められた今、僕はどうすれば良いのだろう。

 ……決まっている。彼女が僕の望むものを観せてくれるのだから、僕も彼女の望みを叶えてあげたい。いや、そうでなくとも、愛する彼女の望みだ。出来る事ならなんだってしてあげたい。彼女の喜びが、そのまま僕の喜びになるのだから。

 しかし、それでも僕は「僕」であり、彼女は「彼女」であって。「僕」如きが「彼女」に釣り合うわけがないと、「彼女」の恋人など勤まるわけがないと、そう思わずにはいられない。「僕」が「彼女」の恋人になる事を、他ならぬ僕が許せないのだ。

 嬉しくもあり、許せなくもある。相反する感情がぐるぐると渦巻き、目が回りそうだ。

 なんだか吐き気まで催してきた。あの時、彼女が人を殺したところを観た時ですら、ここまで気分が悪くなる事などなかったのに。


「……………………」


 ……今日のところは、もう眠ってしまおう。少しでもいい、体と頭を休めたい。僕は学校の制服を着たまま、目を閉じた。




 ……何か、大事な事を忘れている気がする。

 他にも思い出すべき事が、あったんじゃないか……?

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