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ストキルラ  作者: サムネがリスの人
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chapter2

 1日の授業が終わり、僕は校内の図書館に来ていた。今朝約束した通り、彼女に勧める本を探すためだ。

 読書は僕の、彼女のストーカー以外で言えば数少ない趣味の1つだが、生憎僕は彼女の求めるラブコメものはあまり読んだ事がない。なので、新地開拓のつもりで普段は見ない本棚を漁る事にした。


「……………………」


 気になったタイトルを手に取り、数ページ捲っては棚に戻す。どうも僕には、ラブコメの面白さが分からなかった。

 いかに話が面白くとも、文章が拙ければ続きを読む気が失せる。文章が巧くとも、話が陳腐であれば読む前に結末が分かってしまう。それはラブコメに限った話ではないが、その両方が良いと思える作品はなかなか見つからない。昨日の寝不足のせいもあるが、読んでも読んでも内容が頭に入らなかった。

 取っては捲り、捲っては戻し。……立ち読みをするにも、足が辛くなって来た。少し座って休もうか……と思った頃、不意に背後からぽんと肩を叩かれた。


「面白そうな本、あった?」


 彼女だった。彼女の方から話しかけてくれたのは想定外だったが、これはむしろ嬉しい誤算と言うものだ。


「いや、あまり。君も本を探しに来たの?」

「今日は、返しに来たの。この前借りていた本、昨日読み終わったところだから」

「そうなんだ」


 自分でも白々しいと思いながらも、不自然にならないように会話を繋ぐ。彼女が昨日の晩、例の深夜アニメを観る前に本を読み終えたと言う事は、カメラの映像で確認済みだ。


「……あ、これなんかお勧めかも。これはもう、読んでみた?」


 知っているタイトルを見つけたのか、彼女は僕の背後の、ちょうど頭より少し高い位置にある本に手を伸ばした。本棚と彼女の間に僕が立っていたものだから、彼女の顔が文字通り目と鼻の先まで近付く。……いくら恋愛感情がないとは言え、同年代の異性にこうまで接近されると、流石に気恥ずかしくもなる。


「えっと……あ、まだ読んでない。面白いの?」

「結構好みが分かれると思う。でも、私は好きよ。君も、気に入ってくれるんじゃないかしら」


 しかし彼女はどこ吹く風だ。彼女はきっと、ここにいる相手が僕でなくとも同じ事をしていただろう。誰に対しても、同じように。


「ありがとう、読んでみるよ。君がそう言うんなら間違いない」

「そう言ってもらえて嬉しいわ。でも、最近は気になるタイトルも少なくて。君は、外国の小説は読む?」

「外国の小説か……小学生の頃にシャーロック・ホームズのシリーズを読んだくらいだ。あの、表紙がやたら硬くてひらがなが多いやつ」

「ああ、あったわね。そう言うの。最近は読まないの?」

「なんだか取っつき難くて。どうしても内容が頭に入り難いって言うか」

「分かるわ、それ。名前にカタカナが多いし、翻訳文だとどうしても硬くなっちゃうしね」

「うん。映画になったのを観ると、内容は凄く面白いと思うんだけど」

「そうなの。やっぱり日本の作家と、外国の作家となら、発想の仕方も違うんでしょうね。最近外国の小説も読んでいるんだけど、今度お勧めを持って来るわ。ものによっては、読み易い翻訳をされているものもあるから」

「ありがとう。楽しみにしてるよ」


 そう言うと彼女はにっこりと微笑み、「そろそろ帰る」と言って図書館を出て行った。それを見送り、本棚に向き直る。

 ……そしてすぐに、僕も荷物を持って図書館を出た。



 僕が彼女のストーカーとなり、今日でちょうど1ヶ月が経った。

 彼女のストーカーを始めるに当たり、最初に行ったのは彼女の家の場所を突き止める事だった。そしてそれは、思いの外あっさりと成功した。彼女は登校する時も、下校する時も、常に1人だったのだ。

 下校中に寄り道をする事もなく、1人でまっすぐに帰宅する。その後ろを着いて歩くだけで、誰にも、彼女にも知られる事なく彼女の家を見つける事が出来た。その後も何度か彼女の下校に付いて行ったが、どうやら彼女には恋人はおろか、僕にとっての幼馴染や友人のような、友達らしい友達もいないようなのだ。

 誰からも愛される彼女であるが、共に登下校する友達がいない。それは意外な事であったが、しかし不思議と納得のいく姿でもあった。

 友人が言っていた、「彼女は高嶺の花」と言う言葉を思い出す。まさにその通りだ。誰もが彼女を愛し、敬うが、故に彼女の側にはいられない。

 「自分ごときが彼女と気軽に接しても良いのだろうか」。誰もがそう思ってしまうのだろう。僕だってそうだ。彼女を観続ける事を選んだ僕でも、それでも彼女の友達になれる自信はない。きっとそうなれれば、僕にとっても都合の良い事なのだろうが……。

 きっと自己嫌悪に苛まれる事になるだろう。あれほど完璧な人間が身近にいれば、対する自分の低能さを嫌でも思い知ってしまう。だから彼女は、独りになった。

 完璧な彼女にある、唯一の欠点。最初はそう思ったが、しかしそれは違うのだ。彼女は独りだが、それは孤独ではなく、孤高なのだ。

 彼女に友達がいない事を、彼女自身は恥と思っていない。であれば、それは欠点などではなく、むしろ長所なのだろう。

 何故なら彼女は、1人でも遊び歩ける。彼女は帰宅後、よく1人で買い物やカラオケ店などに行っていた。ほかにもゲームセンターや喫茶店、水族館や美術館や映画館、およそ1人では行き難いとされる場所へでも、彼女は1人きりで平然と行っていた。

 一度帰宅してから、と言うところがいかにも彼女らしいが、意外と遊びに出掛ける事が多いようだ。どこへ行くにも1人なので、尾行はすこぶる楽だった。

 すれ違う多くの人たちにとっては、僕もまた多くの中の1人でしかない。したがって彼女にだけ気付かれないように気を付けていれば、誰も僕のストーカー行為には気付かないのだ。

 ……僕が行っている事が法に触れる事である、と言う事実は理解している。しかし、どうだろう。僕が行ってきた事で、誰か1人でも、傷付いたり損をしたりした事はあるか。

 ない。誰も傷付かない、損もしない。当然、対象である彼女も僕のストーカー行為には気付いていない。ならば僕を裁く必要も、またないのだ。

 もっとも、バレなければ犯罪ではない、と言いたいのではない。だが、彼女を知るために最も効率的な方法がこのストーカー行為であり、それを行う事で誰かが傷付くわけでもないのなら、たとえ法に触れる事であってもそれをしない手はないのではないか、と思うのだ。

 効率的に。誰かを知るには、人の一生ではあまりに時間が足りないのだから。



 今日も彼女は寄り道をせずに帰宅し、その後着替えてからすぐに再び家を出て来た。僕はその様子を、物陰から観ていた。

 今日はどこへ行くのだろう。昨日は出掛ける事はなく、家で本を読んでいた。その前は映画館、さらにその前はゲームセンターだった。彼女も行き先を規則正しいローテーションで決めているわけではないが、統計から察するに今日はカラオケにでも行くのだろうか。背後から一定の距離を保ち、後を追う。

 ……彼女が入って行ったのは、アニメショップだった。僕でも入るのは少し躊躇われるのに、周囲を見回したり臆したりする事なく堂々と入って行くのは、流石と言うべきか。

 彼女は特に目当てのものがあると言うわけでもないようで、ぐるぐると店内を見て回っていた。今流行りのアニメのグッズが置いてあるコーナーや、その原作となったライトノベル、主題歌やイメージソングのCD、コラボ商品のレトルト食品、コスプレ衣装なども見ている。実に楽しそうだ。

 何度か店員から声をかけられる事もあった。いつもの地味な格好ではあるものの、それでも彼女は周囲の人間とは一線を画すほどに美しい。コスプレ衣装とは言え衣類を取り扱う店の店員としては、そんな一際目立つ美少女が来店したとあれば是非とも買ってもらいたい、着てもらいたいと思うだろう。

 店員だけでなく、他の客の中にも彼女に話しかける者がいた。まるで芸能人のような扱いだ。それでも彼女は、嫌な顔1つせず受け答えをしていた。それどころか、自分が対応する事で相手が喜んでいる様子を見て、彼女もまた嬉しそうにしているようにすら見えた。

 ……ひとしきり店内を回った後、彼女は1枚のCDを購入して店を出た。僕もそれに続く。

 次に彼女は、駅前にある喫茶店に入って行った。有名なチェーン店ではなく、恐らく個人経営だと思われる小さな店だ。

 彼女は何度かこの喫茶店に来ているようだったが、僕は入った事はない。外観からして中もそう広くはなさそうだ。入ったら見つかってしまうかもしれない。外から中の様子を窺おうかと思ったが、彼女が座ったのは窓際ではない席だったようで、その様子を観る事は出来なかった。なのでここは、観るのではなく聴く事にする。

 スマートフォンを取り出し、あるウェブサイトを開く。……そしてそのサイト経由の操作で、僕のスマートフォンと彼女のスマートフォンが通話状態になった。

 スマートフォンを通じ、彼女と、別の女性の声が聞こえて来る。喫茶店のウェイトレスだろう。くぐもって会話の内容までははっきりと分からないが、店員と客と言う関係にしては親し気に話しているように聞こえる。小さな喫茶店とは言え店員とも親しくなれる辺り、彼女のコミニュケーション能力の高さが窺える。

 これは本来、盗難防止のために作られたらしい。盗まれたスマートフォンと通話状態にする事でその周囲の状況を探る、と言う目的だそうだ。盗んだ犯人に感付かれないよう、対象のスマートフォンを見ただけでは通話状態になっている事が分からないようになっている。……つまり、盗聴器としても優秀なツールであると言う事だ。

 しかし、この手口を使ったストーカーの逮捕者も出たと言う。いくら優秀とは言え、足がつく可能性は当然ながら全くのゼロではない。だから僕も、極力これを使うのは避けるようにしている。これを使うのは今のように、彼女との間にかなりの距離があり、かつ姿を目視出来ない時だけだ。

 がさがさとビニールの擦れる音が聞こえる。先ほど買ったCDを開けているのだろう。喫茶店のコーヒーでも啜りながら、買ったばかりのCDを聴くつもりらしい。MP3が普及し音楽プレイヤーも小型化されている今時珍しく、彼女はCD用のポータブルプレイヤーを今でも愛用していた。

 やがて向こうからは、紙を捲る音、かりかりと何かを書く音、飲み物を啜る音、そして時折彼女の鼻歌が聞こえるようになった。音楽を聴きながら……勉強、授業の予習か復習でもしているのだろうか。実際には見えないが、そんな彼女の様子が目に浮かぶ。

 穏やかで、幸福なひと時。心が洗われるようだ。今日は天気も良いがそれほど暑くもなく過ごしやすい気温なので、立っているにも関わらずうとうとと眠気がやって来た。このまま横になりたいくらいだ。自然と頬が緩む。

 ……20分ほど経った後、彼女が席を立った気配を感じた。緩んだ気を引き締め、物陰から店の出入り口を見張る。彼女が出て来たところを確認し、通話を切って再び後を追った。

 進行方向は彼女の家とは真逆だ。まだどこかに寄るつもりのだろう。いつも日が暮れる前に帰宅する彼女なので、今日は恐らく次の目的地が最後になるはずだ。

 そして彼女は、最初の予想通りカラオケ店へと入って行った。彼女がよく利用する、いつもの店だ。彼女がカウンターで受け付けを済ませた後、少し待ってから僕も店に入る。

 彼女が入った直後に僕も入る、と言う事を何度も繰り返していれば、さすがに店員から不審に思われてしまうだろう。しかし僕は、それを防ぐために彼女が来ていない時にも1人で来たり、彼女が来ている時に敢えて来なかったりなど、カモフラージュもしている。その点に抜かりはなかった。

 彼女の受け付けは盗聴していたので、通された部屋番号も把握している。部屋の空き状況を確認し、彼女が入った部屋の隣を指定した。

 部屋に入ると僕はすぐに、スピーカーの音量をゼロにして選曲履歴から適当な曲を送信した。これも僕がカラオケを利用していると店員に思わせるためのカモフラージュである。テレビにはアーティストの映像が流れているが、室内は無音そのものだ。

 ……隣の部屋から、小さく篭っているが、それでも力強い彼女の歌声が聴こえて来た。この曲は彼女が好きなロックバンドの、その中でも特に有名な曲だ。いつも彼女が歌うのを聴いているので、僕もすっかり覚えてしまった。

 彼女はマイクの音量を大きめに設定しているので、周囲が静かだと防音加工されているカラオケでも声が外まで聴こえる。当然、彼女がマイクの音量を大きくしているのは偶然ではない。

 僕がそう仕向けた。以前カラオケによく行くと話している彼女に、「上達するには音量を大きめに設定すると良い」と話したのだ。無論それは出任せなので、真偽は定かではないが。

 その話をする以前の事は分からないが、少なくとも僕がストーカーを始めてから彼女は大きな音量でカラオケを利用している。だから僕はこうして、違う部屋に入りながらも彼女の歌声を楽しむ事が出来た。

 歌にそれほど強い関心を持っているわけではない僕からしても、彼女の歌は上手かった。力強く、それでいて繊細で、曲調に合わせて可愛らしい声、大人びた声を使い分けており、様々な彼女を感じられた。実に心地良い時間だった。

 彼女は誰かと一緒にカラオケに来る事はない。つまり彼女の歌を聴く事が出来るのは、こうして隣の部屋にいる僕だけなのだ。美しい彼女の歌声を堪能出来るのは、僕だけに与えられた特権なのだ。それのなんと贅沢な事か。


「……………………」


 しかし、どうしても拭い切れない物足りなさのようなものを、最近になって僕は感じるようになっていた。

 たとえ世界で最も美味とされる料理があったとしても、毎日3食それだけを食べ続けていれば、やがて飽きてしまうだろう。味覚は5種類あるとされているのだから、甘い物を食べ続ければ辛い物が食べたくなるのは仕方のない事だ。

 何かが起こってくれれば。食べ慣れてしまった味を変えてくれる、ほんの少しのスパイスでもあれば。僕は再び満足出来るようになると言うのに。

 彼女を変える事自体は簡単だ。僕自身が彼女に接触すれば良い。彼女の日常に僕と言う不純物が混じれば、それが彼女にとって良いものであれ悪いものであれ、何かしらの変化が生まれるだろう。

 しかし僕は傍観者だ。観客だ。観客が舞台に上がる事など許されない。そんな事態が起これば、最悪上映が中止されてしまい兼ねない。従って僕は、ただ待つのみなのだ。この先に、待ち望んでいる展開が、きっとあると信じて。一瞬たりとも目を離さず、大人しく席に着いたままただただ待つ事しか出来ないのだ。

 ……彼女の歌声を聴きながら、気が付かないうちにうたた寝をしていたらしい。どれくらいの時間が経っただろうか……せいぜい1、2時間程度か。

 隣の部屋のドアが開く。鉢合わせないよう少し待ってから、僕も退室する事にした。

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