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ストキルラ  作者: サムネがリスの人
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アバンタイトル

 よく「俺はどこにでもいる普通の高校生」から始まる小説や漫画があるが、実際その主人公が本当に「どこにでもいる」「普通の」高校生である作品は少ないと思うのだ。

 何らかの特殊な能力や才能、生い立ち、人間関係、変わった個性。そう言ったものの1つでもなければ、物語の主人公は務まらない。事実「俺はどこにでもいる」と言う主人公の多くは、やはりその言葉に反してそう言った特別性を秘めている。

 故に主人公である。故に何かしらの事件に巻き込まれる。小説や漫画は、だからこそ面白いものであるが、実際にそう言った境遇に置かれたとしたら、どうだろう。

 例えば、そう。たまたま泊まった小さな宿で、殺人事件に巻き込まれたとしたら。しかも次々に宿泊客が殺されていき、一刻も早く犯人を見つけ出さなければ自分さえも殺されてしまうかもしれない、と言う状況に陥ったとしたら。僕なら気が触れてしまい、平時では考えられない行動を取ってしまうかもしれない。

 例えば、そう。世界の命運を懸けた戦いに、ある日突然巻き込まれたとしたら。そしてその戦いに勝利するための鍵を、世界中で自分だけが握っているとしたら。……途方もないプレッシャーではないだろうか。きっとそのプレッシャーだけで、十分死んでしまえるほどだ。

 そう思うのは僕が、主人公足り得る要素を1つとして持っていないからであって。ひょっとしたら、数多く存在する主人公たちは、その程度のものは屁でもないのかもしれないけれど。

 物語は、やはり傍観者の立場が一番面白い。当事者、ましてや主人公の立場になってしまえば、面白がっている余裕などないのだ。

 だから僕は、主人公にはならない。努めて「普通」であろうと心掛けている。

 成績は中の上くらい。得意な現国では定期試験で90点台を取った事もあるが、苦手な社会科では赤点を取ってしまった事もある。運動は一通り人並みには出来るが、これと言って活躍出来るほど得意なスポーツもない。

 身長体重は全国の17歳男子の平均値には数cm数kg届いていないが、十分中肉中背と言っても問題はないくらいだ。髪は一度も染めた事がないが、毎朝ワックスを使って一応のセットはしている。3ヶ月に一度くらいの間隔で教師から「少し髪が長い」と注意される事もあるが、基本的には長すぎない程度にしている。

 家族構成も至って普通。父はごく普通の会社員で、母は専業主婦。それと2つ歳の離れた妹がいる。

 両親は共に健在で、「子供を残して海外出張」なんて事は今までに一度もなかったし、この先もまずないだろう。家族仲も良好で、月に一度5000円のお小遣いを貰っている。時間があれば母親の買い物に付き合う事もあるし、父親と一緒にテレビを見て談笑する事もある。

 妹とは四六時中べたべたするほど仲が良いわけではなく、むしろ会話は少ない方だ。しかし全く口を利かないわけでもなく、少なくとも夕飯の際に声を掛け合ったり、たまに宿題を見てやったり、本の貸し借りをする程度には交遊もある。別段仲が悪いわけでもない。

 学校によく話す友人は2人いて、片方は幼馴染だが、2人とも僕と同じく男だ。異性で友人らしい友人は今のところ1人もいない。もちろん2人以外にも気軽に話せるクラスメイトは何人かいるが、2人以外と校外で会う約束をした事はない。女子生徒とも普段話す事はないが、用事があれば特に緊張する事もなく普通に会話が出来る。

 趣味は読書。新作が出る度必ず購入すると言うほど好きな作家はおらず、世間で話題になった作品をとりあえず読む事にしている。僕が何か1つ好きな作品を挙げれば、きっと多くの人が「知っている」と答えるだろう。

 まさに平凡。もしこの世界がフィクションであったとしても、せいぜい「主人公と同じ学校に通う男子生徒A」と言う役割がいいところだ。セリフの1つも与えられず、数文字あるいは数コマ、数秒の出番が終わればもう二度と登場しないような、いわゆるモブキャラである。

 本来「どこにでもいる普通の高校生」とは、しかしこうあるべきなのだ。学校に通いながら探偵やらエージェントやらをやっている高校生など、現実にいるわけがない。異世界に迷い込んだり迷い込まれたりなど、もってのほかだ。

 僕は普通だ。……「普通」である。それを、”彼女”は痛いほどに感じさせてくれた。

 彼女は僕のクラスメイトの1人だ。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群と三拍子揃った、超人である。

 軽々しく超人などと言う言葉を遣っても、それは語彙力のない者が大袈裟に言っているようにしか感じられないかもしれない。確かに僕の語彙が特別豊富と言うわけではないが、しかし彼女を評するのはそれが最も適切な言葉なのだ。

 定期試験では全ての教科において校内トップの点数を叩き出す。運動では体育会系の各部活動に所属しているエースたちですら彼女の足元には及ばない。おまけに料理も上手、絵も上手、歌も上手、裁縫も上手と来ている。

 その容姿は男子生徒だけでなく、女子生徒すらをも魅了する。肌は雪のように白く、艶のある黒髪はきらきらと眩い。手足はすらりと長く、それでいて健康的な、程よい肉付きをしている。

 目鼻立ちは人形のように整っており、猫を思わせる大きな瞳が印象的だ。しかしまだあどけなさが残っている印象とは裏腹に、どこか達観したような、妖しさを感じさせるほどの大人びた雰囲気をかもし出している。

 雑誌の表紙に写っているモデルや、アイドルユニットの中央にいるような人たちと比べても見劣りしない。むしろ雑誌に載っていたり、テレビに映ったりしてくれた方が納得がいくほどだ。

 しかし彼女の魅力はそれだけではない。外見が良いだけに留まらない。彼女の一番の魅力、唯一性は、その内面にこそある。それだけ優れた能力、容姿を持っていながら、彼女は誰に対しても人当たりが良く、平等に接する器量を持ち合わせているのだ。

 よく「人は外見ではなく内面の良さが大事」と言うが、それでも外見から入る視的情報の存在は大きい。やはり外見があまり良いわけではない人に対しては、どうしても1歩引いてしまうのが人の性だろう。だが彼女は、誰が相手でも……本当に、どんな人が相手でも、平等なのだ。

 明るくて社交性のあるクラスの中心人物になっている生徒とはもちろんの事、反対に内向的で人付き合いがあまり上手ではない生徒とも同じように笑顔で接してくれる。鬱陶しいお節介にならぬよう、あくまでさりげなく挨拶を交わす程度ではあるが、それだけで彼女に孤独感を拭われた人は何人いるだろうか。

 カウンセラーのように、親身になって長時間の話をするわけではない。しかし人にはそれぞれ、他人に無遠慮に入られると不快を感じる領域があるだろう。彼女はそう言う、人ごとにある領域の境目を感じ取る才能に長けているようで、不快にならず、かと言って遠すぎない、絶妙な距離感を持って人と接する事が出来るのだ。

 決して接点が多いわけではない。決してクラスの中心であるわけではない。彼女は中心ではない。普遍なのだ。

 結果、彼女は多くの人から好かれるようになった。クラスメイトだけでなく、先輩や後輩、教師や保護者からも慕われており、彼女を敢えて嫌う者など1人もいないのではないかと思ってしまうほどだ。

 もし彼女に困っている事があれば、きっと全ての人が一丸となって彼女のために尽力するだろう。もし彼女に涙を流す事があれば、きっと全ての人がなんとしても彼女に笑って貰おうとするだろう。

 かく言う僕も、彼女に魅了された人間の1人だ。彼女の姿を眺めているだけで楽しくなり、彼女の声を聴くだけで嬉しくなり、彼女と言葉を交わすだけで満たされる思いになる。

 彼女を愛していると言ってもいい。と言ってもそれは男女間の恋愛感情などではなく、もっと深く尊いもの……敬愛とでも言うべきものだ。仮に彼女が異性でなく同性だったとしても、きっと僕は今と同じ感情を抱いていた。

 彼女に対し愛欲を抱くなど、おこがましいにも程がある。僕たちのような普通の人間からしてみれば、彼女はいわば聖域なのだ。誰にも、何者にも侵されてはならないのだ。それほどまでに彼女を愛していながら、しかし僕は同時にこうも思う。

 彼女は、「異常」であると。

 人は誰しもが、何かしらの欠点を持っているものだ。あらゆる面で優れている人間などいない。だから人は時に間違え、後悔し、反省し、そして成長する。

 しかし彼女は完璧だった。あまりにも完璧すぎた。完璧すぎて、もはや人として不自然なくらいに。超自然なほどに。彼女は完成されていた。

 彼女に出来ない事などない。いや、現実的に考えて「出来ない事がない」と言うのはあり得ないのだが、少なくとも彼女にはそう思わせる、そう信じさせるほどの能力とカリスマがあった。

 彼女ならば、例え殺人事件に巻き込まれても犯人を見つけてしまえるんじゃないか。たった1人でも世界を救ってしまえるんじゃないか。そう思わせるほどに、彼女は主人公然としていた。

 しかし、この世界はフィクションではない。フィクションでない世界に、主人公など存在し得ない。人として生まれた以上、完璧であれるはずがない。だから彼女は「異常」なのだ。

 だから僕は……彼女に惹かれた。

 「普通」の高校生である僕と、「異常」な主人公である彼女。僕は彼女を見る度に、まるで小説を読んでいるかのような高揚を感じていた。

 時に楽しく。時に穏やかに。時に恐ろしく。時にスリリングに。それはいかなる名作小説にも代え難い、至高の喜びだった。

 もっと彼女を知りたい。もっと彼女を観続けていたい。彼女と言う物語を、もっともっと楽しんでいたい。僕が死ぬまで。ずっと。四六時中。永遠に。絶えず、彼女を感じていたい。




 そして僕は……彼女のストーカーとなった。

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