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森の賢者のお話

作者: ふみひつじ

 彼の地の森には、賢者が住む。

誰にも見つからずに、ひっそりと住んでいる。


 誰が初めにそう言い出したのかはわからない。

ただ、我等の祖先が、そう言っていた。


 やさしい、賢者が住んでいると。

そう、言っていた。


***** ***** ***** ***** *****


 鬱蒼とした霧の森。

この森を近くの者は不思議の森という。

森の入口付近から少し立ち入るだけで視界は霧に覆われる。


 誰も霧の晴れたところを知る者はなく。

誰も森の奥地を知る者はなく。


 ときおり迷い込んだ者は、前に進んでいるはずが不思議な事に入口まで戻ってきているか、

霧の中で倒れたはずが、不思議な事に入口で倒れているのだった。


 霧の中で倒れた者の中には、何かあたたかなものに触れていた気がするという者や、

ケガをしていたはずなのだが、森の植物を使い手当をされていた、という者もいた。


 暖かなものに触れていたという者は、気のせいだと言われ、

手当を受けたという者は、自分で手当をして忘れていただけだろう、という者、

誰かがやった事にしたホラ吹きだ、という者もいた。


 言った者は、旅人、冒険者といった遠くからやってきた人。

近くに住む人々は、そうは言わなかった。

ただ曖昧に相槌をうったり、うなづいたりしていただけだった。


 そんな森の中、一人の子供が倒れていた。

周りには誰もいない。


 その子供は、少し前まで森の入り口近くで遊んでいた。

だが、ふと森の中がどうなっているのか興味を持ち、そのまま森に立ち入ったのだった。


 はじめは、初めて見る霧の森の景色に喜んでいた。

けれど、どこまで進んでも霧は晴れず、その子供はだんだんと不安になってきた。


 後ろを振り返ってみても霧の中で、どこから歩いてきたのかもわからないようになった。

怖くなって、やみくもに歩く。怖さをふりほどくように歩いて、歩いて、足元にあった木の根につまずいて転んでしまう。


 転んだ先の地面は、柔らかなコケが生えていたため、痛くはなかった。

痛くはなかったけれど、歩きが止まったためか、さっきまでの怖さがやってくる。

このまま家に帰れないんじゃないか、怖い、怖いよ、と怖い気持ちでいっぱいになり、転んだまま子供は泣き出してしまう。

しばらく泣いて疲れたのか、そのまま子供は寝入ってしまった。


 霧の森の中、その子供は一人、倒れていた。

周りには誰もいない。


 だが。

誰もいないはずの霧の森の中、そっと子供に近づく影があった。


***** ***** ***** ***** *****


 その子供が目を覚ますと家の中だった。

いつのまにか見覚えのないベッドで寝ていたので、子供は驚いた。


 お父さんやお母さんが自分を見つけてくれて、つれて帰ってくれたんだろうかと。

でもそれじゃ見覚えのある自分のベッドで寝ているはずだから、違う、と考える。


 部屋には誰もいない。

ベッドから降りて、着ている服を見ると寝巻きになっていなかったので、

やっぱりお父さんやお母さんじゃない、と考えた。


 部屋の扉を開けて廊下みたいなところに出ると、廊下の奥のほうの扉が少し開いているのが見えた。

気になって、奥のほうの扉まで行き、そっと扉の中をのぞいてみる。


 扉の向こうでは、ローブを着て、丸メガネをかけて、2本足で立っている茶色の毛のくまがいた。

くまは、火にかけた手鍋を片手でゆすりながら、何かをしている。


 じっと見ていると、くまは手鍋のなかになにかとろっとしたものを入れ、

手鍋の中身をぐるぐるとかき混ぜている。

かき混ぜた後で、ティーポットへ手鍋の中身を注いでいく。


 じっと見ていた子供の鼻に、あったまったミルクの匂いと、それに混ざったお茶の香りが届く。

良い匂いだな、と子供は思ったが、思わず、ぎい、と扉を動かしてしまった。


 部屋の中のくまが扉のほうに振り返る。

扉の外で見ていた子供とくまの視線が合う。


 子供の心臓は、どくどくと大きい音をたてていた。

怒られるのだろうか、それとも、いきなり口を大きく開けて、襲い掛かってくるのだろうか、と不安は尽きない。


 くまが動いた。

びくん、と子供は身体を震わせて驚いたが、逃げ出しはしなかった。

くまは、こっちへおいで、と手招きをしていた。


 子供はおそるおそる部屋の中に入る。

くまは机の方へ歩いていき、イスを引いた。

子供を見て、イスをぽんぽんと叩き、ここへどうぞ、と手を動かすくま。

子供がイスに座ると、くまはティーポットとカップ二つを持ってきた。


 ティーポットの中身がカップに注がれていく。

子供がじっと見ていると、中身が注がれたカップが子供の前に置かれ、

どうぞ、とくまは手を動かしていた。


 子供はカップを持って、これは何だろうと思って匂いをかいだ。

あったまったミルクの匂い、お茶の香り。先ほど扉の外でかいだ匂いと同じ。

一口飲むと、身体にあたたかい感じが広がる。

しっかりと甘くて、美味しいミルクティー。

くまが入れていたとろっとしていたものは、はちみつだった。


 子供の向かい、机の反対側でくまもミルクティーを飲んでいた。

何口か口にしたあと、ほぉ、っとして、同じようにミルクティーの温かさを感じている。


 ミルクティーを飲みきったあと、子供はうとうととしはじめた。

瞼が閉じられそうになったり、頭がふらふらとして。その瞼はすぐに閉じられた。


 その後、頭をなでられたような、なにかあたたかいものに抱かれたような感触があったが、

瞼は開かれることはなく、すうすうと寝息をたてて子供は寝入ってしまった。


***** ***** ***** ***** *****


 どこかから名前を呼ばれた気がして、子供は目を覚ます。

見慣れた草原が眼の前にあり、振り返るといつも遊んでいる木がそびえていた。

ここは森の入り口。子供は入り口にある木を背中に、眠っていたようだった。


 また名前を呼ばれた気がして、子供が辺りを見回すと、お父さん、お母さんが居た。

子供が呼ぶと、お父さん、お母さんが子供に向かって走ってくる。


 お父さん、お母さんに抱きしめられた子供は、ふと、自分のお腹から下を覆っていたものに気がつく。

植物の葉っぱを使って編まれた、ちいさな掛け布団があった。


 お父さん、お母さんと手をつなぎ、一緒に帰る子供。

子供が帰ってこなかったので心配になって森まで探しに行った時、森の入り口で眠っている子供を見つけたのだった。


 子供はお父さん、お母さんに、森で迷った後、くまにミルクティーをもらった話をした。

飲んだ後に眠ってしまい、起きたら森の入り口だった、という話もした。


 お父さん、お母さんは顔を見合す。

そういう夢を見たのかも知れないが、と言ってからお父さんは子供に言った。


 不思議の霧の森の奥。そこには森の賢者が住むという。

森の霧に惑わされた旅人を、そっと入り口に帰してくれる。

森の賢者は慈しみ深く、怪我を負った旅人ならば、怪我の治療も施した。

森の賢者に感謝の意あらば、霧の中にミルクを置いて立ち去ること。


 これはお父さんのおじいさんから聞いた話なんだと、お父さんは子供に言った。

森の賢者が助けてくれたのかもしれないね、とお母さんが言う。


 子供は手に持った葉っぱの布団を見て、これもくまが、森の賢者がしてくれたものだと思った。

子供はお父さん、お母さんに、お礼をするからミルクが欲しいとお願いをする。


 お父さんとお母さんと一緒に行くなら良いよ、と言われ、うん、と答えた子供の顔は笑顔だった。

お礼のミルクで、またミルクティー作っているのかなと思いながら、子供はお父さん、お母さんと一緒に家に帰っていった。

この「森の賢者のお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.1」(コミケC87で出しました。在庫たっぷり)の3トラックの内容とほぼ同内容となっております。

(文章としては未発表のため、こちらで文章の発表を行わせていただきました)

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