プロローグのようです
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
仏壇に手を合わせ、冒頭しか知らないお経を数回唱えて座布団から立ち上がる。
おじいちゃん子であった俺、「衿谷 太輔」は毎朝のこの行為と、朝の散歩の途中にあるお稲荷さんへのお参りだけは欠かず行ってる。
ちなみに現在二十歳、彼女いない歴=年齢である。
趣味は読書とゲーム、それとロボットアニメ。
爺ちゃんが新しい物好きで、ど田舎だが我が家にはパソコンやエアコンなど最新とは言わないがそこそこの性能の家電が古い家ながらに乱立しているため、情報などには事欠かない。
まあ、最寄りのスーパーまで軽トラを飛ばして片道三十分の田舎も田舎だがね。
元々、母親が出ていって、3歳から爺ちゃんの家に預けられていた。ちなみに物心ついた時にはばあちゃんは仏壇の写真だった。
五年前、一緒に暮らしていた爺ちゃんが亡くなり、転勤族の父親を必死に説得して地元、青森の爺ちゃんの家で近所の方々に支えられながら一人で暮らしている。
木造二階建ての庭付き一戸建ての古い家だが17年も暮らしているとなかにかに愛着もわき、田舎暮らしも板に付いたものだ。
さて、毎朝の日課たる散歩へ繰り出そうと玄関の引き戸をスライドさせると、足音で察していたのか愛犬である「コマ」が尻尾を振り期待の眼差しを俺に向ける。
「コマ!散歩いぐぞ!」
一声かけるとちぎれんばかりに尻尾を振り、駆け寄ってきた。
リードを繋ぎ、小走りで駆け出す。
ちなみにコマはコーギーである。茶色い毛並み、下半分は真っ白。足が短く、尻尾は切ってないので普通に長い。おん歳2歳、元気な盛りだ。
某宇宙カウボーイの天才犬で想像すると分かり易い。
農道を四十分ほど歩いて帰宅。もちろん途中でお稲荷さんにお参りした。
豊穣の神様ですからね。畑は人に貸して自分で使ってないとはいえ、祈って損はなかろう。
仏壇に備えたご飯を下げて朝飯に仕立て、コマにもご飯をあげる。
コイツは生意気に缶の生っぽいドッグフードしか食べない。カリカリはお気に召さないようで、あげてもそっぽ向きやがる。
「待て。」
期待の眼差し再び。まだ俺の飯がレンジから上がらないのだ。待ちたまえ。
チンとなったので温め直したご飯と昨日の残りをちゃぶ台に置く。
「よし。いただきます。」
コマはいつもどおり、よしのタイミングでがっつき始めた。
ニュースを見ながら箸を進めていると、ふいに威嚇するように「グルルル」とコマが鳴く。
コマの方に目をやると不定形の黒い何かがズンズン広がりながらこちらに向かって来る。
「な、なんだぁ!?コマ!こっちゃこいへ!!」
気が動転して普段は使わない方言の表現まで使いながら、威嚇中のコマを抱き抱え、立ち上がろうとした時には既に黒い何かが部屋中に広がり、逃げ場などなかった。
訳も分からず、物の怪の類なら効くかもと南無妙法蓮華経と連呼しながら、俺は黒い何かに飲み込まれ、意識を手放した。