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(柔らかい)

 不意に感じる柔らかさ。これまで感じたことがないほどの心地よさだ。

 出来ればずっとこの柔らかさを感じていたいと、そう思わせてしまうほど心地よく素晴らしい。

(何でこんなに気持ちいいんだ?)

 ふと感じる疑問。だがそれを深く考える前に答えは出た。

「あら、起きたの?」

 いや、正確には答えのほうから出てきた。

「・・・・・貴方は誰、私は何処? ここは何?」

 後頭部に感じる柔らかさ。それは金太の体にはないものだ。

 目の前には黒い半球体が視界を覆っている。それもまた金太の体にはないものだ。

 だが、金太はそれら自分の体にない部分が好きだった。

「素晴らしい。ここは天国ですか?」

 否、彼にとってはまがう事なき天国である。

「さあ、どうかしら」

 平坦な声が返ってくる。

 直後に衝撃が襲う。


「あイタ!」

 大きな力に体を揺さぶられた後、頭の頂上を何かにぶつけてしまう。

「大丈夫?」

「はい、大丈夫ですが・・・」

 金太は漸く今の自分の状況を認識出来た。

 彼は今、美しい少女に膝枕をされているのだ。

 後頭部の柔らかさは少女の太股であり、目の前の黒い半球体は彼女の豊満な胸である。

 少女と金太は車の中にいるのだ。先ほど頭を襲った衝撃はカーブか何かの時に、金太の体が揺れて扉にぶつけてしまった際のものだった。

「目が覚めたのなら、話をさせてもらうわよ?」

「話、ですか?」

 自分とさして年が変わらぬ見た目の少女に対し、金太は無意識のうちに敬語を使っていた。

 えも知れぬ今の状況に警戒心を抱いていたからだ。

「ええ、正確には貴方の話も聞きたいのだけど」

「・・・・・分かりました」

 少女の太股の上に寝たままで、金太は首を縦に振った。

 金太を膝枕している状況を少女は特に気にしてはいないようなので、役得としてそれについては口にしていない。

「先ずは自己紹介かしらね? 私は南方紀美子よ」

「みなみがた、きみこさん?」

 一文字ずつ、噛み締めるように金太は呟いた。

「ええ。南の方角で南方、世紀の紀に美しい子と描いて紀美子よ」

「詳しい説明どうも」

 と言いつつ、金太はある事に気がついた。

「前に座っている人も紹介してくれませんか? 何だかややこしい関係になりそうなので」

 今車内にいるのは二人ではない。

 少なくとも金太と少女が後部座席で膝枕をしている以上、他にも運転するための人間がいる筈なのだ。

「へえ、意外と頭の回転が速いのね」

「ははは、よく言われますよ」

 軽口を叩きながらも金太は内心では焦っていた。

 一人ならばまだいい。だが相手は少なくとも二人以上いるのだ。そして彼らは方法はどうであれ、金太を車内に連れ込めるだけの力を持っているのだ。自分の力を把握出来ていない金太が勝てるかどうかはとても怪しい。

「よく言うぜ小僧。さっきまで姉御の胸にみとれてた癖によ」

「! そっ、それは!」

 不意に助手席から声がする。

 首を横に向けて見た先には、線の細い男が笑いながら後ろを振り返っていた。だがその目には確かな警戒の色が宿っている。少なくとも金太はそれにも分かる程にだ。

「彼は南部、南部恭介。私の部下よ」

 少女は線の細い男の言葉を気にも留めず、淡々と紹介を続けている。

「なんぶ、きょうすけさん?」

「そうだぜ。悪の組織パンドラの大幹部南部恭介様だ」

 狭い車内にも関わらず線の細い男、南部は大層なポーズを取りながら自己紹介をした。

「・・・・・・そうですか」

 疲れと呆れでつっこむ事すらせずに金太は静かにそう言った。

「でこっちにいるデカイ人が「印辺南次郎。私の部下で南部の先輩かしらね」人のセリフを取らないで下さいよ」

「勝手に割り込んできたのは貴方でしょ?」

「いや、のりってやつですよ!」

「貴方の海苔なんて欲しくないわ」

 少女と南部は二人だけで話を進めている。

 どうやら少女は声が大人しいだけで意外と多弁のようだ。

「いんべ、なんじろうさんね」

 運転席に座っている大男は後ろ姿だけでも見てわかる程に強そうだった。

 180センチを超す長身に筋肉に覆われた体、もしもこの場にいる存在が全て人間だとすれば、金太に勝ち目などなかっただろう。

「少し、静かにしてくれないか」

 不意に運転席に座っていた大男、印辺が口を開いた。

 途端に騒いでいた南部は動きを止めて、ブリキ人形のように首を向ける。

「すっ、すいません兄貴、少し調子に乗りました」

「お前が話すとややこしくなるから、この場はお嬢に任せろ」

「分かりました」

 南部は静かに席に座ると、煙草を取り出して口にくわえる。どうやらくわえ煙草のようで火はつけていない。

「後の話はお願いしますね姉御。俺は煙草でもすいますんで」

「ええ、是非、そうして欲しいわ」

 少女の言葉は心なしか、是非の部分を強調させていた。

「出来れば運転中は静かにお願いしますね」

 印辺はそう言って運転に集中する。




「とりあえずこっちは自己紹介をしたから、貴方もしてくれないかしら?」

「あっ、はい。有田金太です」

「ありた、きんた?」

 少女は僅かな笑いを含んだ声で金太の名前を繰り返し呟く。

「笑わないでください! 僕だって気にしてるんですよ!」

「それはすまないわね。分かった、もう笑わないわ」

 少女は再び元のポーカーフェイスに戻っていた。

 だが心なしか目元や口が笑っているようにも見える。

「・・・・・はあ。で、貴方達は何者ですか? どうして僕はこんな所にいるんですか? 何で僕を連れ去ったんですか? どうやって僕を連れ込んだんですか? 僕をどうするつもりですか!」

 抱いていた疑問を全てぶつけていく。最後のほうに自分の今の状況を忘れて声を荒げながらだ。

「一度に全部は答えられないわ。ワン質問ワンアンサー、交互にしましょう?」

「あっ、はい。すいません・・・・・」

 慌てて金太は顔を赤くした。どうやら本人も気づかぬ内に焦ってしまっていたようで、落ち着いて深呼吸をする。

「先に貴方の質問に答えるわね?」

「お願いします」

 余りペースを乱さぬよう、金太は必要最低限の言葉だけを心がけるようにした。

「私たちはパンドラっていう悪の組織よ」

「・・・・パードゥン?」

 思わず英語で返してしまう。悪の組織、リアルでそれを名乗る存在など見たことがないからだ。

「だから、パンドラっていう悪の組織で、私がボスよ」

「・・・・・・分かりましたよ。あんたら中二病の集団ですね」 

 不意に金太心地よい太股に意識の全てを埋めたくなった。

 今朝からの一連の出来ごとに続いて、またしてもあり得ない事が起きているからだ。

 さらに言えば今の金太にとってあり得ない事は、ありえてしまう現実である。

「これを見てもそう言えるかしら?」

 少女の腕が変わった。蜂の尻を思わせるそれになり、先端には鋭い針が生えている。

 そしてその針は金太の鼻先数ミリにまで近づいていた。

「・・・・・・・まだ夢の中なんだね僕」

 金太は夢だと思い込む事にした。

 だが少女は気にせずに話を続けていく。

「特別にもう一つ質問に答えてあげる。貴方を連れ去った方法は簡単よ。この針で毒を撃ち込んだのよ」

「えっ、毒! ちょっと何してくれてんですか! 悪魔ですか貴方!」

 悪魔と言いつつも、金太の自信がそれに近い見た目である。

「仕方がないじゃない。貴方はあの侍型ヒーローを一方的に殺せるだけの力を持っていた。正面からまともに戦ったら勝ち目はないわ」

「ウェイ! 侍型ヒーロー!」

 不意に重い出すあの光景。血に濡れた侍が異形と化した自分を貫き、そこから先は何も覚えていない。

「あの侍を僕が倒したんですか?」 

「覚えてないの? 倒すというよりも虐殺だったけどね」

「ははは・・・・そうですか・・・・・」

 乾いた笑い声。自分が何をしたのかを悟ったのだ。

 再び意識を失った金太は化け物と化し、犬と同じように人間を喰らったのだ。

 その事実は、余りにも重い。

「まあ気にすんな。あのヒーローもまともな人間じゃない。殺しても罪にはならないぜ」

 煙草を吸っていた南部が不意にそう言った。

 何気ないありふれた言葉だが金太はその一言だけでも嬉しかった。

「・・・・・・ありがとうございます」

「何、気にすんなって」

 南部は再び煙草を口にくわえると、静かに目を瞑った。

「本当に、ありがとうございます」

 金太は何とか自分の気持ちを他の方向に曲げる事が出来るようになった。



「あの、南方さん?」

「何かしら?」

「本当の本当に申し訳ないんですけど、後一つだけ質問に答えてくれないでしょうか?」

「内容にもよるけど、まあいいわ。話の流れが大切だからね」

「ありがとうございます。後、いい加減腕を戻してくれませんか? 割と本気で怖いので」

 金太の鼻先にはずっと針が突き立てられている。それも信じられないほどに太く、毒まで持っているのだから尚更性質が悪い。

「ああ、ごめんね」

 少女は腕を人間のそれに戻した。

「で、質問ですけど。ヒーローってのは何ですか? 貴方達パンドラとどんな関係があるんですか?」

「パンドラやヒーローというのは所詮、私が勝手に付けて呼んでるだけの名前よ。ヒーローが本当にヒーローじみた見た目の奴で、パンドラが私たちのような怪人」

「私たち?」

 金太は首を傾げるがすぐに理解した。

 印辺と南部の二人も人ではない存在、怪人なのである。

「ええ、南部はカミキリパンドラ、印辺はカブトパンドラ、私はビーパンドラよ」

「カミキリ虫とカブトムシと蜂ですか。特撮の怪人みたいですね」

 名前に英語と日本語が混じっていた事をあえてつっこまずに、金太は言った。

 だがこれで悪の組織というのは理解が出来た。

 怪人たちが集まって、組織を作る。

 それだけで悪の組織となってしまう。少なくとも日本ではそう言った図式が完成している。

「パンドラは私たちに種族名であり組織名。カッコいいでしょ?」

「まあ、そうですね」

 中二病だとは口が裂けても言えない。

「ヒーローは私たちにとっての敵よ。見つかったら襲ってくるわ」

「穏やかじゃないですね。ここは現実ですよ」

「ヒーローになる奴なんて、大体はそんな奴らよ。敵がなければヒーローはいらない。パンドラ程敵にふさわしい存在はいないでしょ?」

「ええ、まあ」

 まだ少女の腕が変化したのを見ただけだが、金太よりも特撮の怪人に近い感じがして、ヒーローの相手にはふさわしいだろう。

 モチーフも分かりやすくとても特撮じみている。

「私が知っているのはこれだけよ。どうしてヒーローやパンドラが生まれるのかまでは知らないわ」

「僕もそこまでは期待してません。これまでの話でも十分参考になりました」

 金太は目を閉じてこれまでの話を整理していく。

 そしてふと、浮かんだ一つの疑問をぶつける。

 

「でも、ヒーローが絶対正義じゃないんですよね?」

 金太には、あの侍が正義だとは思えなかったのだ。

 あの侍は悪以上に外道である。それこそ特撮には出せない程のだ。

「ええ、あくまでヒーローやパンドラは力の形でしかなく、善悪ではないの。結局はその人次第よ」

「なるほど。これまでの話から推測するに、パンドラもヒーローももともとは唯の人間なんですね?」

「ええそうよ。やっぱり貴方は頭の回転が速いわね」

 少女は少し感心したような目で金太を見た。

 これまでの会話の切れ端から、金太はある程度の仮説を立てていたからだ。

「僕もそうです。今朝目が覚めたら突然化け物になっていました」

「私も似たような感じよ。まあいきなり銀行を襲撃したりはしなかったけどね」

「はっはっは。若気の至りってやつですよ。それに人を殺すつもりはありませんでしたから・・・・」

 痛いところ突かれて、金太は乾いた声でそう言った。最後の方は消えかけている程の小声になりながら。

「私たちパンドラは自分たちが望まずに悪の力を与えられた存在なの。これは分かるかしら?」

「ええ、僕もこんな力望んでませんから」

「でしょ? だからね、金太・・・・」

 少女は言葉を止め、まっすぐ金太の目を見た。

 その瞳には強い意志が宿り、少女の美しさをいっそう引き立てている。

「何ですか!?」

 思わず金太は顔を赤く染める。

 美しい少女がこれまでで一番美しく見えたからだ。





「貴方私たちの仲間になりなさい」







 先ほどまで平坦だった筈の少女の声は、再び艶やかなそれに変わっていた。


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