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「は~。どうしてこうなるのかな?」
金太は自分自身の不幸を呪っていた。
今朝から数え切れない不幸に見舞われてきたが、今もまたとても大きな不幸に見舞われたからだ。
金太の当初の計画では化け物の姿で銀行に侵入し、後は見た目の怖さと怪力で脅して金を奪い取る計画だった。
だがその計画は、一歩銀行に足を踏み込んだ時点で頓挫してしまったのだ。
「なっ、何だお前は! 何者だ!」
目の前に広がる血と死体。そしてそれを生み出したと思われる、ヒーローのような見た目の血に濡れた侍。
それはおびえた様子で化け物の姿になった金太に太刀を向けている。
恐らく彼にとっても金太という存在は想定外だったのだろう。
「・・・・僕、じゃなかった俺が誰かは俺にも分からない」
自分の正体を悟られぬように、意図的に口調を変える。
そして自らを嘲った後、周囲を見回した。
血、血、血、血。そして死体。見るだけで吐き気がこみ上げてくる。
「・・・・お前が、やったのか?」
こみ上げてくる吐き気を必死に抑えながら尋ねる。
顔を覆っている触手は突然意識を持ったように蠢き、血に濡れた侍を威嚇した。
「なっ、何が悪いんだ! 俺は力を手に入れた、だからそれを使っただけだ!」
先ほどまでの強気な態度から一変、侍は必死に恐怖を隠すように叫ぶ。
どれほど強い力を持っていても、精神が人間である以上は金太の姿に恐怖を覚えているのだ。
「いや、悪くはないよ。俺に被害を加えない限りは問題はないんだ」
そう言いつつも確かに感じる感情、怒り。
「けどね、僕じゃなくて俺の計画に大きな支障をきたしたことは許せない」
静かに、だが確かな怒りを含んだ声でそう言った。
そして口を大きく開き叫ぶ。
「お前も俺の食料にしてやるぜ!」
だが、それが金太の最後の言葉になった。
一陣の風となった侍が太刀で金太の体を貫いたのだ。
「ははは、何だこいつ。見かけ倒しかよ!」
血を流したまま立ちすくむ金太を見て侍は笑う。
太刀は確実に心臓を貫いていた。
金太の全身は硬直しておりブヨブヨとした体は鉄のように固まっている。
確実に死んだと言える状況なのだ。
「さてと、金は用意できたか?」
血に濡れた侍と突如として現れた化け物との殺し合い。それを見て固まっていた周囲の人間に侍は尋ねる。
太刀は以前として化け物の体に突き刺さっており、その光景が侍の力を象徴している。誰も侍には逆らえないのだ。
だが誰も答えはしない。金を取りに行った支店長の姿はどこにも見当たらないからだ。
「遅い! 一人殺すか」
化け物に感じた恐怖を圧倒的な力の快感で洗い流すため、侍は再び獲物を探した。
目線の先にいるのはこんな時にも関わらず、何か話をしている三人組。
「俺を無視しやがって、殺す!」
叫びと共に侍は太刀を化け物の体から抜き放とうとする。
「何だ、抜けない!」
だが抜けなかった。まるで太刀と化け物の体が一体化したかの様に、固く突き刺さっているのだ。
「クソ! 離せよおい!」
化け物の体を必死に殴り蹴り侍は暴れるが、化け物はびくりともしない。
だがその目だけは見開いて侍を睨みつけていた。
「ヒッ! こいつ、生きてやがる!」
侍はこれまでにない恐怖を感じた。目の前にいる化け物は自分よりも遥かに格上の存在だったのだ。
「認めない! 俺が最強だぁぁぁ!」
侍は喚いた。力いっぱい太刀を握りしめ、必死に侍の体から抜こうとする。
だが何も状況は変わらない。
既にこの場における強者は目の前の化け物であり、侍ではないのだ。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!」
化け物は突如として叫ぶ。人の言葉としてはあり得ないほど乱れていたが、確かに殺すと叫んでいる。
「お前が死ね!」
侍は腰にさした小太刀を抜き放ち、化け物の目を狙って突き立てる。
だが届かない。化け物の顔を覆った触手が小太刀に喰らいついたのだ。
「そんな!」
動きが止まった侍を次々と触手は襲っていく。
既に小太刀は噛み砕かれて食われており、狙うのは侍の鎧だ。
「やめろ、やめてくれ!」
泣きそうな声で侍は叫んだ。だが触手は、そして化け物は止まらない。
煌びやかで派手な侍の鎧は次々と触手の牙を突き立てられ、確実に削られ続けている。
「クソ野郎が! 死ね!」
必死の抵抗、侍は力いっぱい暴れて触手を振りほどこうとした。
だが不意に伸びた化け物の腕が、暴れる侍の両腕を掴み押さえてしまう。
侍よりも遥かに力強く、全く逆らえないほどの力だ。
「クウクウクウクウクウクウクウクウクウクウクウクウクウクウクウ!!!」
化け物は侍の右肩に齧りついた。
生物とは思えないほどに鋭い牙は容易くその鎧を貫き、中にいる人間の肉をえぐる。
「痛い! 誰か、助けてくれ!」
鎧の下で涙を流し侍は助けを求める。だが誰も助けはしない。
周囲にいた人間は化け物と侍を恐れて銀行の片隅に逃れており、全員が怨みを抱いた目で侍を睨んでいる。
怨みと共に、とても心地よさそうな目でだ。
「そんな、嫌だ! ちょっとした出来心なんだ! 俺みたいな負け組がこんな凄い力を手に入れたんだ、使いたくもなるだろ!」
必死の叫びに声を返す者はいない。
化け物は右肩を食いちぎり、体から分離した侍の右腕を一飲みにしてしまった。
「痛い! イタイイタイイタイ!」
押さえられていた片腕を失った事で多少は自由がきくようになったにも関わらず、侍に出来ることはその場に崩れ落ち嘆く事だけだった。
侍の中身は唯の人間なのだ。
特殊な訓練は何も受けてはいない素人かそれ以下の人間。太刀は化け物に奪われており、残った小太刀では化け物に敵わない。
故に何も出来ないのだ。
「待て、お前に金をやる。俺が奪った金を全部やる。だから、見逃してくれ」
残った気力の全てを使い、侍は懇願した。
だが化け物は言葉など最初からまともに聞くつもりすらない。
空いた手で体に突き刺さった太刀を抜くと、それを容易く喰らってしまう。
「マダタリナイ、マダタリナイ!」
それはデザートだったのだろうか、メインディッシュはもちろん目の前の侍である。
「うわぁぁぁあああああああああああ!!!」
最後の悪あがき。侍は唯一残った腕を必死に動かし、足も動かし、頭も動かし、逃げ出そうとした。
だが化け物の腕が侍の腕を強く押さえ、触手が全身に喰らいつき激痛を与えており逃げ出せない。
「イタダキマスイタダキマス!」
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!」
化け物が侍の首に喰らいつき、噛み砕いた。
「愚かね。身に合わない力に溺れて人を殺しすぎたから自分も死ぬのよ」
息絶えた侍の死体を化け物が喰らっている銀行の片隅で、少女は呟いた。