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それはとても奇妙な存在だった。
全身をヒーローじみた侍の鎧で覆っており、男か女なのかも分からない。だがしかし、平日の銀行という場所では確実に浮いている。
背には大きな日本刀、太刀を背負っており腰には数本の小太刀も有している。
もしもこれらが本物だとすれば銃刀法違反、銀行という場所にそれらを持ちこんだのだからさらに大きな犯罪行為となるだろう。
だが不審な侍は自分の不審さなど気にも留めない様子で、銀行の玄関の前で仁王立ちしている。
その様子はさながら、玄関を塞いでいるかのようだった。
「おい君、何なんだその格好は! ここをどこだと思っているんだ!」
見かねた警備員の男が近づいて、不審な侍を問い詰める。
武器を持ってる相手に対してあまりにも無謀な行動だが、現実離れした格好をしている存在が、本当の武器を持っている筈がないと高を括った上での行動だった。
実際、不審な侍が持っている武器は武器と呼ぶには余りにも派手で装飾過多な、本当に漫画やアニメ特撮の世界から持ってきたかのような代物である。とても本物の武器とは思えないのだ。
「聞いてるのか! 何とか言いなさい!」
無言を貫く不審な侍の肩を掴むと、警備員は揺さぶって返答を促す。
だが侍は依然として無言の態度を崩さない。
「ここは現実だぞ! アニメや漫画を楽しむのは良いが、人様に迷惑をかけてちゃいかんぞ!」
そんな不審な侍の態度が頭にきたのか更に声を荒げ、警備員は怒鳴りつける。
「・・・・・黙れ」
不意に不審な侍が動いた。
軽く腕を振るうと、肩を掴んでいた警備員の腕を払いのけたのだ。
「・・・・・・え」
警備員は驚愕している。声すら出せてはいない。
先ほどまで沈黙を貫いていた不審な侍が突如として声を発して、自分の腕を払いのけたからではない。
「なんで、腕が・・・・・」
払いのけられた腕がひしゃげ、あり得ない形と方向に曲がっていたからだ。
「これは現実なんだよ!」
不審な侍、声からして男と思われるそれは恐怖で立ち尽くしていた警備員にさらなる暴力をふるった。
拳という、とても単純な暴力をである。
「・・・・・・!」
だがそれは、余りにも大きな暴力だった。
警備員の上半身は悲鳴すら上げる間もなく拳をくらい、原型が分からない肉片へと変わったのだ。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
一拍を置いてから銀行に悲鳴が響いた。誰が挙げているのかすら分からない、銀行にいた全員が上げた悲鳴である。
「金を出せ! 俺は強盗だ!」
不審な侍の恰好をした男の強盗は、背中に背負っていた太刀を抜くと一閃、比較的近くにいた人間をすべて切り裂いてしまう。
切られた人間は悲鳴すら上げられずに、綺麗に上半身と下半身を分断されていた。
「せっ、先輩! 何なんですかあれは!」
目の前で起こったあり得ない出来ごとに、若い従業員は泣きそうな顔で先輩従業員に尋ねる。
いや、その様子は縋っているといえるだろう。
「知るかよ! あんなの20年働いてきたけど、見たことないわ! お前こそ知らないのかよ!」
だが逆に泣きそうな顔の先輩従業員が、怒鳴りつけるかの如く若い従業員に尋ね返した。
いや、この二人だけではない。その場にいたほぼ全ての人間が従業員客をとわずしてパニック状態に陥っている。
目の前には現実ではあり得ないような力を持った存在がいて、その力を自分たちに振るってくるのだから無理もないのだが。
「とっ、とりあえず、逃げましょう!」
「そうだな! どさくさに紛れて逃げるぞ!」
そんな中、先ほどの二人の従業員は密かに机の下に潜ると、そのまま這うようにして非常口を目指す。
いまだに周囲の人間はパニックに陥っており、その隙をつけば逃げられると判断したのだ。
「おいそこの二人! 逃げるな! 逃げたら殺すぞ!」
だが二人は重要なことを忘れていた。目の前にいるふざけた存在は人をはるかに凌ぐ力を持っているという事をだ。
そしてそれは単純な筋力だけではなく、聴力や視力においても人間をはるかに凌いでいた。
「「えっ?」」
不意に自分たちに向けて放たれた声に、二人は動きを止めて振り返った。
そして後悔する。振り返った事と、逃げようとした事をだ。
「勝手に逃げようとしたやつには、見せしめが必要だな」
不審な侍は再び太刀を振るい、二人のうち若い従業員の体を切り裂いた。
頭から一閃、きれいに体を縦に割ったのである。
「ヒイッ!」
「お前も死ね!」
次いでまともな悲鳴も上げられぬまま、先輩従業員も体を縦に割られて息絶えてしまった。
「これで分かっただろ? この場にいる限りは俺の言う事を聞くしかないんだ。俺こそが絶対的な強者なのだからな!」
縦に割られた二人の体のそれぞれ半分を投げあげ、天井にぶつけた。
血が天井と床に滴って、その場の残酷さに拍車をかけることとなる。
二人の他にもいた逃げようとしていた人間は、全員が金縛りにあったように動かなくなると、その場に座り込んでしまう。
「お前たちは俺の人質だ。逃げたら殺す! 逆らった殺す! 分かったな!」
不審な侍は血の滴る床の上に立つと、太刀を大きく振り上げて叫んだ。
周囲にいた人間は恐怖ゆえにもはや声も発せられず、ただ頷くしかなかった。
「そう、分かればいいんだ。 じゃあとりあえず、ここの店長を呼べ」
「店長ですか?」
「ああそうだ。とりあえず金庫の中にある金を全部貰おうと思うからな!」
再び一閃。侍は話しかけていた従業員を切り捨てた。
余りにも理不尽で残虐な暴力である。だがその暴力に逆らえる存在は、その場には存在していない。
ただ全員が震えて、腰を抜かしているだけである。
「へっへっへ、早く出てこいよ店長。じゃないとこの場にいる奴を一人一人殺して行くぞ!」
再び侍が太刀を掲げた。次の狙いは目の前にいる主婦である。
「嫌! 嫌よ~! 何で私を殺すのよ! 私は何もしてないわよ!」
「理由なんてない。しいて言えば俺はお前みたいなババアが嫌いなんだ」
余りにも身勝手な、しかしこの侍にはぴったりな理由だ。
「そんな理由で人を殺すなんて、あんたいかれてるわ!」
「んだとババア!」
侍の一閃が主婦を襲う。だが今度は頭や体を切り裂いたのではなく、腕を切り落としていた。
狙いが外れたのではない。わざと狙いを外したのだ。
「うぜえうぜえうぜえ! お前は四肢をもいで、達磨にしてやるよ!」
「待て!!」
再び侍の太刀が振るわれるその前に、鋭い声が銀行内に響いた。
「なんだお前は?」
「私がこの銀行の支店長だ。お前の要件は分かった。だからその主婦を離せ!」
勇敢な支店長は震えながらも目の前にいる殺人鬼へと近づいていく。
だが侍は無情にも太刀を振り下ろした。
「何をするんだ!」
「何をだって? お前の勇敢さに免じてこのババアを楽にしてやったのさ」
侍は笑いながらどこからともなく袋を取り出すと、それを店長に投げつけた。
その数は一つや二つではない。十を超すゴミ袋程の大きさの袋が店長に激しくぶつけられる。
「全部に満杯になるまで金を入れろ。一つでも足りなかったら皆殺しだ」
「分かった。だからこれ以上殺さないでくれ」
「善処するぜ」
侍は愉快そうに笑うと太刀を下し、息絶えた主婦の上に腰を下ろした。
恐怖と血の悲劇に見舞われた銀行の片隅にて、三人の人物が話していた。
「・・・・・参ったわね。まさかこんな所でヒーローに出くわすなんて」
三人の内の紅一点。美しい見た目の少女は気だるそうに目を瞑り頭を振るう。
「どうしますかお嬢。相手は一人、俺たち三人ならば確実に倒せますよ」
そんな少女の様子を見た屈強な男は心配そうに声を掛けた。
「待って、今はもう少し様子を見るわ。ここは人が多すぎるからね」
「しかし、このままでは」
「分かってる。やるのなら隙を見て、最高のタイミングで、最速にね」
「分かりました。すべてはお嬢の望むままに」
屈強な男はそう言って頭を下げた。
「姉御が望むなら今すぐ隙を作ってきますぜ?」
今度はもう一人の男、線の細い男が少女に提案する。
「今は駄目よ。支店長が戻ってきて金を受取る時、それが最大の隙になる筈だから、その時を狙いなさい」
「分かりました。姉御に従います」
線の細い男も頭を下げた。
不思議と三人の会話は周囲には聞こえておらず、不審な侍の人間離れした聴覚もとらえられてはいなかった。