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「ペッペッぺ!! 最悪だぜ畜生・・・・・」
口に付着したイエローランサーとレッドサーベルの血を拭いながら、カミキラーは悪態をつく。
下手をすれば吐きだしかねないほどの嫌悪感を彼は感じていた。
「・・・・・・何が悲しくて野郎の首筋に噛みついて、毒を流さなきゃいけねえんだよ・・・・・・」
健全な成人男性であるカミキラーにとって、汗臭い男子高校生の首筋に噛みつくなど罰ゲーム以外の何物でもない。ピンクガンナーに噛みついた時に感じた興奮も、男の首筋に噛みついた嫌悪感で押しつぶされてしまっている。
「ああ、どうして俺は口からしか毒を撃てないんだよ・・・・・・」
カミキラーは自身の毒を噛みつく事でしか相手に与えられない事を呪っていた。もしも彼がビークイーンのように手から毒を出せたとすれば、このような事をせずとも敵等に誤魔化す事が出来ていただろう。
だがどのように望んだところで、カミキラーが口からしか毒を出せないという事実は変わらないのだ。そして首領であるビークイーンに自ら毒を撃ち込む事を命じられた以上、それに逆らうことなどカミキラーには出来ないのである。
「あらあら、そんなこと言っちゃって。本当は嬉しいんじゃないの?」
人形にしたブラックガードーナーを椅子にしたビークイーンは、愉快そうにカミキラーを弄ってくる。
「違いますよ! 俺にそっちに気はないですから! 女の子大好きですからね!?」
カミキラーは思わず激しく反論してしまった。女より男が好きであると思われるなど、彼にとっては最悪以外の何物でもない。
だがそんなカミキラーの反応を面白く感じたビートラーまでもが、弄りに加わってくる。
「本当か? お前のエロ本コレクション上がダミーで下に本命のえぐいホモ物があった気がするのだが!?」
「あら本当ビートラー? うちの組織にそんな変態がいるだなんて信じられないわね」
「んな! 無実だ、でたらめだ! 第一俺のコレクションは複数の拠点に点在させているから、そう簡単に見つけられる筈が無い!」
更に必死になって反論を繰り出すカミキラー、だがここで彼はある一つの失態を犯してしまった。
「へー、エロ本コレクションがある事は否定しないんだ・・・・・・」
ビークイーンの目がゴミを見るような目となり、両手は鋭い針に変わる。
そう、カミキラーは自身がホモ系のエロ本を持っている事を否定したが、エロ本コレクションそのものは否定しなかったのだ。むしろどのように隠しているのかすら暴露してしまっている。
「えっと、その、それはですね・・・・・・・・」
「別に良いのよ? 貴方も健全な男だし、多少わね。・・・・・・でも」
ビークイーンの裏拳が傍で笑っていたビートラーへと突き刺さった。
「なぜです、ビークイーン様・・・・・・」
「カミキラーのエロ本コレクションについて語った時点で、貴方も見た事があるってことでしょビートラー?」
ビークイーンの考察力は高いのだ。一語一句聞き逃さずに相手を追い詰めるのである。
「エロ本コレクションで欲望を満たすのは許してあげる。でも万が一その欲望を私に向けたその時には、百万回突き刺してハチの巣にしてあげるからね?」
感情のこもっていない氷の様な冷たい声でビークイーンは言った。
「「はい・・・・・・」」
ビートラーとカミキラー、二人はシベリアの吹雪の中にいるような感覚で、小さく返事をするのだった。
それを聞いてビークイーンは気分よさげに頷く。
「よろしい。じゃあさっさとヤージュを掘り出して撤収するわよ。ブラックガードナーは結界を維持してなさい」
「「「了解」」」
カミキラーとビートラー、そして椅子にされているブラックガードナーの声が重なった。
人形にされていない筈のビートラーとカミキラーまでもが、人形のように言われるがままに命令に従うのだった。
「私って、実は年下が好みなのよね・・・・・・」
そんな怪人たちを見ながら、ビークイーンはぽつりと呟くのだった。
「畜生固い!」
醜い肉塊と化したヤージュを殴りながら、カミキラーが悪態をつく。
先ほどから何度も何度も手足のブレードや拳を用いてヤージュの肉塊を削っているつもりなのだが、まるで作業が進んでいない。
「ヤージュめ、何でこんなに固いんだよ!」
「・・・・俺の力でもそうそう上手くいかないんだ。お前じゃ無理だ」
カミキラーよりも遥かに力で勝っているビートラーですら、ヤージュの肉塊には悪戦苦闘を強いられていた。
力においてはパンドラ最弱であるカミキラーでは、碌に作業が進まないのも無理ないのである。
「兄貴、そんな事言ったってあいつも仲間なんだし助けない訳にはいきませんよ」
「・・・・・そうだなだが、」
「ええ、言いましょうや」
二人は目を合わせて確認をとる。
そして叫ぶのだった。
「「ヤージュの野郎、固すぎるだろ!」」
二人の作業がなかなか進まない理由は単純明快、ヤージュが固すぎるのである。
そもそもヤージュはビートラーに殴られても無傷で、ビークイーンの針すら弾くほど強靭な防御力を有しているのだ。
これまでの戦闘では自身の再生能力を過信して、相手を捕らえるためにふつうに攻撃をくらってはいたが、明らかにやばい程の炎を撃ち込まれそうになっていたのだから、自身を固くして身を守ろうとするのは当然である。
そしてヤージュは固くなったまま動かなくなってしまった。故に掘り出すのは困難極まりないのである。
「・・・・・姉御、どうしますこれ?」
「・・・・・出来れば助けたいが、これでは・・・・・・」
ついにギブアップとなった二人は、悠々と座っている上司ことビークイーンに助けを求める事にした。
いくら結界が存在しているとはいえど、余りにも長時間人間を締め出し続ければその分だけ違和感が大きくなる。パンドラの存在が人間たちに知られる危険性も上がってくるのである。
故に二人は直接は口にしないが撤退を進言していた。
「・・・・・そうね。確かにこのままだと不味いわね。でも・・・・」
二人が考えている危険性など、ビークイーンはとうに理解していた。
理解してなおヤージュは手放しがたい戦力であるのだ。彼さえいれば大抵の敵を倒す事が出来るだろう。それに自分たちを庇って動けなくなった仲間を見捨てて逃げるなど、ビークイーンはしたくないのだ。
「・・・・・分かりました姉御、もう少し頑張ってみます」
「ビークイーン様に、心配をかけさせる訳にはいきませんよ」
二人はビークイーンの内心を察してより一層作業に力を入れている。
「・・・・・ありがとう。二人とも」
嬉しくなったビークイーンは、ふと椅子にしているブラックガードナーに尋ねた。
「ねえあなた、貴方の結界をヤージュの肉塊にだけ、つまり校門前の広場の一部にだけ展開する事は可能かしら?」
「・・・・・・はい。出来ます」
「そう。だったら今日を過ぎてもヤージュを助け出せなかったら、結界をヤージュの周りにだけに縮めなさい。そこだけ人が近づかないようにするのよ」
「・・・・・・了解」
ブラックガードナーは感情のこもっていない声でそう言った。
高校と言う人が多く集まる施設を丸々閉鎖してしまえば色々と問題が出てくるが、その中の一角、取り分けて人が来るような場所ではないところを占拠するのならば問題ないと、ビークイーンは考えた訳である。
「さてと、私も手伝おうかしらね・・・・・」
軽く背伸びをした後、パチンと指を鳴らすビークイーン。それにしたがってムーンオブブルーとブラックガードナーの二人も手に得物を持ってヤージュの肉塊へと向かっていく。
「あ、姉御。俺の人形も動かしましょうか?」
「いいわ別に。貴方の人形はボロボロじゃない。せっかく苦労して捕まえたのにここで壊れられたら意味無いじゃない」
「・・・・・・了解」
カミキラーは笑みを浮かべながらビークイーンの指示に従った。
自分のことしか考えていないようで、その実人形たちの事も気遣っているビークイーンの優しさを感じたからだ。
「んじゃ、お前らは休んでな」
「「「了解」」」
カミキラーの指示に従って横になる3人のヒーロー。
カミキラーはそれを尻目にヤージュを助け出す作業に戻ろうとした。
「危ない姉御!」
直後、カミキラーは全速力で飛びビークイーンを突き飛ばした。
「何するのカミキラー・・・・・」
苦言を言う前に先ほどまでビークイーンが立っていた場所を炎が通過する。
真っ直ぐに突き進み高校の校門を黒い灰に帰してしまった。
「今の炎、まさか!」
はっとなったビークイーンは先ほどまで、無残な肉片と化して倒れていたヒーローの方を見る。
だがそこには既に無残な肉片は欠片も残っておらず、白い天使の様な翼と鎧を、赤い炎で燃やすヒーローの姿があった。
「炎の鳥・・・・・フェニックス! まさかあいつの能力は!」
「そう・・・・俺は不死身の戦士フェニックス・ゼロ! どんなダメージを受けても炎と共に蘇り、強くなる!」
誇らしげに自身の能力を語るヒーロー、フェニックス・ゼロ。
ビークイーンはそれを最後まで聞かずに攻撃を加えた。
「ショットニードル!」
近づけば炎で焼かれる事は分かりきっている。故に単純に質量のある遠距離攻撃を行うのだ。
「・・・・・・甘い!」
だがその攻撃は届かない。フェニックス・ゼロに当たる直前でショットニードルは炎に焼かれ、灰となって消滅してしまったのだ。
「そんな、嘘でしょ・・・・・・」
茫然として立ち止まるビークイーン。そんな彼女を再び炎が襲う。
「・・・・・・ブラックガードナー!」
咄嗟にビークイーンはブラックガードナーを前に出すことでその炎を防いだ。
「・・・・・Cランクの癖に、生意気だ」
不快感に顔を歪めながらフェニックス・ゼロは飛び上がり、地面に向けて炎を放った。
「また地中からの攻撃、単純だな」
その炎は地中を伝って奇襲を仕掛けようとして姿を現したビートラーを襲う。
広範囲に長時間にわたって放たれた炎を、ビートラーは回避する事が出来ずに地中から姿を現した途端に炎を浴びてしまった。
「アァァァァアアアアアアアアアアア!!!」
鼓膜が引き裂けるような悲鳴を上げながらも、ビートラーは必死に地中に逃げ込み土で覆う事によって何とか炎による致命傷を避けようとした。
「・・・・・さっきは初見だから油断したが、分かってさえいれば一方向の面からしか攻撃は来ない。対策は簡単だ・・・・」
フェニックス・ゼロは高温の炎を広範囲に渡って放出できる能力を有している。そしてビートラーは地中からの奇襲を得意としている。故に下に向けて炎を放っていればいずれは、奇襲を仕掛けようと姿を現したビートラーへと攻撃が当たる訳である。
「すいません、お嬢・・・・・・」
黒く焼け焦げたビートラーは、ビークイーンの直ぐ傍に現れて気を失った。
「・・・・・・ビートラー! よくも!」
ビークイーンは激しい怒りに駆られる。そして頭の中の神経を研ぎ澄まし、フェニックス・ゼロの意識を奪う命令を浮かべた。
先ほどの暴行の際に、頭に血が上って冷静な思考が出来ていなかったとはいえ多少の毒は撃ち込めた筈だ。だとすればフェニックス・ゼロはビークイーンの命令に逆らえない。
筈だった・・・・・・。
「何で効かないのよ・・・・・・。少量だけど確かに毒は入ってる筈よ!」
ビークイーンはこれまでになく狼狽していた。
彼女の持つ毒は、それ自体が彼女の力の象徴である。この毒があるからこそビークイーンは怪人としてパンドラを組織し、自らの力を思うがままに振るう事が出来てきたのだ。
その毒が通じない相手の存在は、これまでになく恐怖を感じさせている。
「・・・・・毒も、燃やした・・・・」
単純な話だ。フェニックス・ゼロは再生の炎を燃やす際に毒そのものも燃やしてしまったのだ。
故に毒は意味を持たない。
「そんな・・・・・・・」
ビークイーンはその場に崩れ落ちてしまうだけの衝撃を受けていた。
そんなビークイーンを庇うように、カミキラーがフェニックス・ゼロに討って掛かっていく。
「テメー! 今度は二度と再生できないように八つ裂きにしてやるぜ!」
カミキラーは360度、余すことなくカミキリ虫を展開しフェニックス・ゼロを包囲した。
そして一斉にカミキリ虫達をけしかけるのである。
「・・・・・・甘いな」
フェニックス・ゼロは冷静に対応する。高速で飛び上がる事でカミキリ虫を振り切り包囲を抜け出し、下の方向に集めたのだ。
後は炎を放つだけである。
「へっ、そう来ると思ったぜ!」
フェニックス・ゼロには一つだけ誤算があった。それはカミキラーの速度がフェニックス・ゼロを上回っているという事だ。
フェニックス・ゼロがカミキリ虫達の上を取った時、カミキラーも既にフェニックス・ゼロの上を取っていた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
そして下方へと意識が集中しているフェニックス・ゼロに、カミキラーのブレードが叩きこまれる。
「・・・・・単純な攻撃だ」
フェニックス・ゼロは下方へと炎を放ちカミキリ虫達を焼き払うと、自身は剣を取り出して格闘戦へと移行した。
そしてすれ違いざまの一閃。
「何だと!」
カミキラーは驚愕していた。彼はパンドラ内にて最も防御力が乏しいとはいえど、手足に着いたブレードはピンクガンナーの銃弾を弾けるだけの硬度を有している。
だがフェニックス・ゼロの剣はそのブレードごとカミキラーの右腕を切り落としたのだ。
「ちく、しょう・・・・・・」
グロテスクな色合いの血が飛び出るのを必死に残った左手で押さえながら、カミキラーは後退する。
何の考えもない、ただ恐怖を感じたが為の後退だ。だがそれを逃がすフェニックス・ゼロではない。
「・・・・・・消えろ!・・・・・・」
強い感情をこめて放たれた言葉と共に、炎がカミキラーを覆い尽くした。
「ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
鼓膜が破れるような悲鳴を上げ、カミキラーは落ちていく。そしてフェニックス・ゼロは止めを刺すべく剣を構えて急行した。
「・・・・・・・・邪魔をするな・・・・・・」
一瞬だが、フェニックス・ゼロの動きが止まった。
胴体に巨大な針と鋭い矢が突き刺さったからだ。
「あいにく、大人しく敵の言う事に従うような馬鹿じゃないのよ。わたしはね・・・・」
自身が焼ける事も厭わずに落ちてくるカミキラーを受け止めながら、ビークイーンはフェニックス・ゼロを睨みつける。
その隣では人形となったブラックガードナーとムーンオブブルーがそれぞれを武器を構えて立っていた。
ビークイーンは自身のショットニードルと、ムーンオブブルーの矢を放つ事でフェニックス・ゼロを止めたのだ。
「・・・・・無駄な事だな・・・・・」
フェニックス・ゼロは空中で自身に刺さった矢と針を燃やすと、事も何気に地面に降り立った。
その体に傷は付いておらず、見るからに無傷である。
「ちょっと反則すぎないかしらね・・・・・・・・・」
ビークイーンは焦っていた。先ほどの攻撃は自分たちが出来る最大規模の攻撃力である。それが通じないという事は打つ手がないという事だ。
「・・・・・痛みは感じる。安心しろ・・・・・」
言いつつもフェニックス・ゼロの声からは苦痛の様なものは感じられない。むしろ悠々とした余裕すら感じられるほどだ。
「・・・・・・俺の再生の炎は、一度火が付けば燃え続ける。お前たちに勝ち目はない・・・・」
それは絶望的な言葉であった。
パンドラは不死身で高い攻撃力を持つ相手と闘わなければならないのだ。
頼りになる戦力は3人とも戦闘不能であり、ボスであるビークイーンとその人形たちも大きなダメージを負っている。
先ず勝ち目はないだろう。
「・・・・・・・だからと言って、素直に諦めると思うの?」
ビークイーンはようやく炎が収まったカミキラーを、近くに倒れているビートラーの傍に置くと、二人を庇うように立ち、フェニックス・ゼロに向かい合う。
その傍にはブラックガードナーとムーンオブブルーが立っている。
「・・・・・・・なんとも愚か・・・・・・・」
ため息交じりにそう言って、フェニックス・ゼロは剣を構えるのだった。