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結界に覆われて外の空間とは隔離された高校の内部に悪臭が立ち込めている。
それは何かが焼かれた時に発生する匂いなのだが、ダイオキシン以上の刺激臭と浴びるだけで草木を枯れさせる有毒性を有していた。もしもこの高校に結界が貼られておらず、内部に人間が残っていたとすればたちまち、正体不明の有毒物質による中毒事件として世間に名を轟かせるだけの被害を出していただろう。
だが幸いにも、高校の敷地内には誰一人として人間はいなかったので犠牲者は出ていなかった。
あくまでも人間の犠牲者はだが・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・」
炎に焼かれ依然として熱気が残っている空間の中にそれはいた。
醜くブヨブヨしたピンクの肉塊から、焼けただれて固まった黒い肉塊に変わったヤージュは言葉を発する事も無く、生きてもいないようにただ沈黙していた。
とんでもない悪臭と焼け爛れた肉体も合わさって、ヤージュの醜さはいつものそれに輪をかけて酷いものだった。もしも今ヤージュの視覚と鏡の二つが存在していれば、確実に発狂していただろう。
唯一つ幸いな事があるとすれば、ヤージュの輪をかけて醜い姿を目撃することが出来る存在は、一人しかいない。そしてその一人はヤージュではないという事だ。
「・・・・・・・・・・・第一目標の沈黙を確認。第二目標は不明」
淡々とした声でそう言うのは、醜い焼け爛れれた肉塊となったヤージュの上空数百メートル、そこに位置するヒーローである。
火のついた白い羽に覆われた天使の様な鎧を身に纏ったヒーロー。彼は感情のこもっていない冷酷な声をしており、淡々と現状を認識していた。
「報告にあった通りの化物。気味の悪い・・・・・・」
羽を模した形状の兜に覆われた顔を歪めながら、ゴミその物を見るような目でヒーローは焼け焦げたヤージュを見ている。
戦闘経験豊富なヒーローではあるが、それでもヤージュの様に醜く凶悪な化け物を見た事は無かったのだ。
「・・・・・初めから全力で必殺の攻撃を叩きこんでいて良かった。まともに戦えばめんどくさそう・・・」
行動不能に陥っているとはいえ、ヤージュに叩きこんだ攻撃は並みの怪人ならば塵一つ残さず消し飛ばせるだけの火力を込めたつもりだった。それだというのにヤージュは焼け焦げて動かなくなるだけで、大部分の質量を有している。
その事実がヒーローにヤージュが並みの敵ではないと認識させていた。
「Sランクの俺が呼ばれるだけはあるか・・・・・」
新たに現れたヒーロー、それを単純に分類するならばパンドラの敵であり、先ほどまで闘っていた5人のヒーローの味方である。だがそれはあくまで所属で分けた時の話であり、同じ組織に属しているからと言って、それが味方であるとは限らないのだ。
「・・・・・・・・何人か味方を巻き込んだみたい、構わないか。どうせ雑魚の役立たず」
事実、ヒーローはとても正義とは思えない事を口走っていた。
先ほどからこの美しい外見をしたヒーローは、容赦ない攻撃をパンドラへと加えているのだがそのたびに本来は味方である筈のヒーローたちを撒きこんでいた。そしてそれは偶然の事故出などではなく故意に、正確に言えば味方がいるのを分かっていて気にせず攻撃していたのだ。
そしてその結果ムーンオブブルーとブラックガードナーの二人が炎に巻き込まれ姿を消した。ピンクガンナーとイエローランサー、レッドサーベルは敵であるヤージュの中に取り込まれるといった状況に陥ってしまったのである。
敵4人を倒す為に味方5人を犠牲にする。もしもこの新たに現れたヒーローがそれまで闘っていた5人のヒーローの指揮官だとすれば、指揮官失格以前の話だろう。
「また強敵を倒せた・・・・・・!」
狂乱に浸った声で感激を口にする。
五人もの犠牲と出してなお、ヒーローは敵をせん滅出来た事を喜んでいた。ヤージュと言うこれまでとは明らかに違う本物の化け物を倒せたのならば、確かに大きな名誉となるだろう。
だが現状ヤージュは動かなくなっただけであり、確実に殺したという確証は存在していない。
「・・・・・・止めは確実に・・・・・」
ヒーローは手にした剣を強く握りしめ、ヤージュへと急降下する。
早い。カミキラーにこそ劣るがビークイーンには匹敵する速度での移動能力をこのヒーローは備えているようだった。
勢いよく振り上げられた剣には火がともり、周囲の空間が歪むほどの熱量を発していた。
自然落下に加えてヒーロー自身の飛行能力を用いた加速、単純な怪力に熱量。それだけの力を加えられた一撃ならば、ヤージュにも大きなダメージを与える事が可能だろう。
「「死ね!」」
ヒーローの剣がヤージュに当たる直前に、声が重なる。重なった声の一つはヒーローの物であり、もう一つは若い女の声であった。
「・・・・・・え?」
先ほどまでとは打って変わった間抜けな声をヒーローが発する。
ヒーローの胴体には巨大な針が深々と突き刺さっていた。
「・・・・そんな・・・・・」
「油断大敵だ!」
信じられないと言った様子でヤージュの上空数メートルで固まっていたヒーローを、更なる追撃が襲う。
突如として地面を突き破って現れた巨大な怪人、ビートラーがヒーローの頭上まで飛び上がり強烈な一撃を頭部へと叩きこんだのだ。
人間の数倍の質量があるように思えるほど屈強な両手を組んで振り下ろす。ただそれだけの単純な攻撃だが、その威力は絶大だった。
「ガハァ・・・・・・・・」
地面に叩きつけられたヒーローが悲鳴を上げる事も出来ずに悶え苦しみ、手にした剣を落とす。
そこに更なる追撃として次々と大量のカミキリ虫達が殺到していった。
「へっへっへ、いただきますってな!」
カミキリ虫を放っているのは上半身だけを地中から出したカミキラーである。彼はカミキリ虫に襲われた面白いように鎧が削られていくヒーローを愉快そうに見ていた。
そして自身も穴から飛び出すと足を大きく掲げ、倒れているヒーローの頭を目がけて振り下ろすのである。
「死ねおらぁ! よくもヤージュをやりやがったな!」
一切の容赦のない攻撃、最早リンチと言って差し支えのないそれをカミキラーは繰り出していく。
「今回ばかりは俺も許さん!」
ビートラーも上空から勢いよく飛び降りてヒーローの胴を踏みつける。
パンドラで最も重く固いビートラーに上空数メートルから踏みつけられれば、一たまりも無いだろう。ヒーローの胴体からは骨が砕ける音が聞こえた。
だがそれでもビートラーの怒りは晴れていないのか、ヒーローへのリンチを続けていた。
「あらあら、私を忘れてもらってはこまるわ・・・・」
妖艶だが怒りが込められて声でビークイーンは言う。
彼女も他の2体の怪人同様に地中から現れてヒーローを攻撃したのだ。最初にヒーローに突き刺さった針はビークイーンが放ったものである。
そして完全に地中から姿を現したビークイーンはビートラー、カミキラーとともにリンチに加わっていくのだった。
「とりあえず死ねぇ! 百万回死ね!」
カミキラーの目にもとまらぬ拳がヒーローに降り注ぐ。
「砕けてしまえ!」
ビートラーのとてつもなく重い拳もヒーローを襲う。
「串刺しになりなさい!」
ビークイーンの鋭い拳、というよりは針もヒーローを襲っていた。
「・・・・・姉御、こいつ生きてますよね?」
ボロボロの肉塊のようになったヒーローを指さして、恐る恐るとカミキラーが尋ねる。
「・・・・・・さあ? 大丈夫じゃないのかしら?」
涼しい顔をしながらビークイーンは答えるが、その頬には冷や汗が伝っていた。
無理もない、一時の気の迷いと乗りとその他様々な物に身を任せたまま、動けないヒーローに一方的なリンチを加えるという弁護のしようのない悪役的行動を行ったのだから。
もしもヒーローが死んでいたのならば、パンドラは自ら課したルールを破る事になってしまう。
憎い相手とはいえどその事を思い出したビークイーンは唇を強くかみしめていた。
「気にする事はありません。やらなければやられてました」
「でも・・・・・・・・」
そんなビークイーンの内心を察したビートラーは励ましの言葉を贈るのだが、それでもビークイーンの内心は晴れない様子だ。
「ビークイーン様はヤージュの仇を討っただけです。仲間の仇を討つのは当然のことじゃないですか。もしも仲間が死んで平然としているようなら、俺はビークイーン様に着いて行ってはいませんよ」
「・・・・・ありがとう・・・・・」
ビークイーンは静かに感謝を告げて、ボロボロになって倒れているヒーローを見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・酷過ぎるわよね・・・・・・・・」
ヒーローの体を覆っている鎧には人の腕程の大きさのある穴が複数開いており、それに匹敵する太さの針も数本突き刺さっていた。
それどころか一部の肢体は潰され歪に曲がっており、鎧の下の骨すら砕かれている。
美しい白い羽はズタズタに引き裂かれており、炎も消え失せていた。
それぞれビークイーン、ビートラー、カミキラーが行った攻撃によるものである。
「・・・・・・毒を撃ち込んで人形にすることも出来た筈なのに、どうしてこんな・・・・・・」
ビークイーンもカミキラーも相手を洗脳する能力を有している。にも関わらず二人はそれを使わなかった。怒りに身を任せただ暴力を振るう事に熱中した二人の頭から、毒を撃ち込むという選択肢が消えていたのだ。
「これじゃ本当に化け物じゃない・・・・・・・・」
吐きあげてくる何かを必死に押さえながら、ビークイーンは目を逸らした。
自分たちが行った事は酷い事であると分かっているのだが、相手は敵、やらなければやられてしまうなどと言う事は分かりきっている。だがそれをビークイーンは割り切る事が出来ない。
「・・・・・・・姉御、こいつらどします?」
ビークイーンの気を逸らす意味も兼ねてカミキラーが取り出したもの、それはボロボロの状態になったヒーローたちであった。
鎧が大きく歪み腕が歪に曲がったブラックガードナー、全身のあちこちに焼け焦げた跡のあるムーンオブブルー、腕を失ったレッドサーベルに、ボコボコに殴られた打撃痕のあるピンクガンナー、ズタボロに鎧に傷を負ったイエローランサー・・・・・皆が皆気を失っており重傷を負っている。
だが誰一人として死んでいる者はいなかった。
「どうするって毒を撃ち込んで奴隷にするにきまってるでしょ? それが当初の目的で、そのために助けたんだし」
「あ、そう言えば・・・・・・」
ビークイーンに指摘されてカミキラーは思い出したようだ。そもそもビークイーン、南方紀美子と金太がこの高校へと潜入した目的、それはヒーローを探すことであり見つけ出したヒーローを無効かないし、あわよくば操り人形にすることである。
予想外にヒーローの数が多く相手から先手を打たれたために色々と面倒な事になったが、ようやく目的を達成できるわけである。
「・・・・・・俺が必死に穴を掘って助けたんだからな。有効活用してもらわないと困る」
唯一洗脳能力を持たないビートラー。しかし、最終的に今回の作戦で一番活躍したのは彼だった。
カブトムシの持つ地中移動能力、それを用いる事によってビートラーは中庭を覆いつくしてしまうほどの炎から身を守り、ビークイーンを助け出したのだ。
そしてそのまま地中を高速で移動し続け、ブラックガードナー、ムーンオブブルーも地中に引きずりこんでしまう。
最後にヤージュの肉の結界内に閉じ込められたカミキラーとレッドサーベル、イエローランサーを救出した訳である。
後はヒーローが油断したすきに地中から姿を現し、不意打ちを食らわせて今に至るのだった。
「はっはっはっは・・・・・。今回ばかりはマジで兄貴に助けられたぜ。炎ばかりは勘弁だからな・・・・・」
カミキラーはあちこちが焼け焦げた自身の体を見てしみじみと言った。
虫の怪人である彼らにとって炎は最大の弱点である。相手が空を飛んでいる以上、地中に逃げる他無かったのだ。そしてそれが出来るのはビートラーだけである。
「お世辞は良い。それより早く毒を撃ち込め。これ以上面倒な事にならないうちにな」
「そうね。私とカミキラーが毒を撃ち込むから、ビートラーはヤージュをお願い。肉片から本体を引きずり出してあげて」
部下たちに指示を出しながら、ビークイーンは自身の毒針を近くにいたムーンオブブルーに突き立てる。そしてドクドクと毒を流しこんだ。
「・・・・・姉御ってその毒も一緒に針と飛ばせればもっと強いと思うんですけどね・・・・」
「うるさいわ!」
余計な事を口走ったカミキラーの胴へと後ろ蹴りを叩きこみながら、ビークイーンは次なる標的へと毒を撃ち込んでいく。
ムーンオブブルーの隣に倒れているブラックガードナーが新たな標的だ。
「いててて・・・・。俺もやってきますかね・・・・・・」
蹴られた胴体をさすりながら、カミキラーは自身の毒を撃ち込むために牙を伸ばし標的を物色する。
「そうだな・・・・・。やっぱり女の子だよな」
一度見ただけでカミキラーの選択肢は決まった。カミキラーとて中身は若い男、噛みつくのならば若い男よりも若い女だと決まっている。
「ひっひっひ・・・。最近のJKの肌はどんな感触がするのか、楽しみだぜ・・・・・・・」
どう言いつくろっても変態にしか聞こえないセリフを吐きながら、カミキラーは倒れているピンクガンナーを掴み顔の近くにまで持ち上げる。
「痛くしないからな、安心しろよ・・・・・」
「・・・・完全に変態だな」
「うるさいっすよ兄貴! 男は全員変態です!」
焼け焦げた肉塊と化したヤージュを削りながらも、見かねて突っ込みを入れるビートラー。
カミキラーは顔を赤くして何時もどおりのノリで返してしまった。
「とりあえずいただきます!」
突き刺さる牙。それはピンクガンナーの首筋のラバー状のスーツを容易く突き破り、その下に隠された白い肌を食い破った。
「良いぜ、良いぜ! やっぱりこの感覚が最高だな!」
女子高生のやわ肌を感じながらゆっくりとゆっくりと、カミキラーは毒を撃ち込んでいる。
「・・・・・後の二人は貴方にあげるわ。だから二人とも、ちゃんと牙で噛みついて毒を流すのよ」
「え? ちょっとそれって・・・・・」
ゴミを見るような目でカミキラーを見ながら、ブラックガードナーに毒を撃ち終えたビークイーンは命じる。
「え・・・それはちょと・・・・・」
男の首筋に噛みつく趣味などないカミキラーは苦言を口にする。
だが時既に遅い。
「いっいから、早くやりなさい!」
有無を言わさぬ力を込めた声で、ビークイーンは命じるのだった。




