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 状況は一変していた。

 ほんの一分前までヒーロー達はビークイーンという悪の組織のトップを4対1で追い詰め、あと一歩まで追いつめる絶対的に有利な状況にあった筈だ。

 その場にいたヒーローの誰もが逆転されるなどとは思ってもいなかっただろう。

 だが彼らは皆、重要な点を2つ見落としていた。それは怪人がヤージュとビークイーンの2体以外にも存在していたという事と、ヤージュの戦闘力である。

 それ故に今、ヒーロー達は目の前にいるビークイーンのみならず、結界を割って侵入してきた2体の怪人ビートラーとカミキラーに加えて、圧倒的な戦闘力を有するヤージュによって包囲されてしまう形となってしまったのだ。

 4対5、あくまで数の上ではヒーロー達が優勢である。だが5人のヒーローたちのうちの1人、レッドサーベルは瀕死に近い重傷であり、さらにもう一人イエローランサーも戦闘の存続は困難な状況である。

 怪人たちもボスであるビークイーンが重傷を負っているとはいえ、4体のうち2体は無傷でありもう1体の戦闘力は飛びぬけて高い。どちらが優勢であるかなど火を見るよりも明らかだろう。

 また、ヒーロー達は怪人たちの中でビークイーンの能力しか知らないが、ビークイーンは4人のヒーローの能力を知っている。情報的な面においても怪人たちは優勢であった。

「ふふふ、さあて楽しい楽しいお仕置きタイムよ・・・・・」

 鎧の下でビークイーンはとても残酷にだが魅力的に顔を歪ませる。先ほどまで自分の事を散々いたぶってきたヒーロー達にどのような苦痛を与えてやろうかと、考えるだけで興奮しているのだ。

 危機的な状況から一変して楽しんでいるビークイーンを余所に、彼女の姿を確認した2体の怪人、ビートラーとカミキラーは目にも止まらぬ速さで彼女へと飛び寄っていく。

「ビークイーン様~! ご無事でしたか~!」

 ビートラーは鎧に覆われた瞳から涙を流し、大きく振りかぶってビークイーンへと抱きつこうとする。

「心配したんですよ~!」

 カミキラーもそのどさくさに紛れてビークイーンへと抱きつくつもりだ。

「・・・・・・フン!」

 そんな二人に対して、ビークイーンは両手を変形させた針を叩きこむことで答えた。

「「あぎゃぁぁぁあああああ!!!」」

 加減したために外骨格こそ貫いていないが、外骨格を大きく凹ませる程の威力を有する突きをくらい、二体の怪人たちは間抜けな悲鳴をあげて屋上へと突き刺さった。

 人間を遥かに凌ぐ重さと圧倒的な速度を持った怪人が2体も突き刺さった事によって、高校の屋上は大きく抉れクレーターのようになってしまう。

「私の部下ってどうしてこんなに馬鹿なのかしら?」

 口では2体の事を馬鹿にしつつも、ビークイーンは嬉しそうであった。

 そして鋭くとがった針をヒーローたちへと向けるのである。




 先ほどまでとは一変して余裕な様子で戯れている怪人たちと打って変わって、ヒーロー達はまだ現状の危機を認識することが出来ずに、おろおろすることしかできていない。

「・・・・・レッド、どうして、そんな・・・・・・・」

「うっ、腕が、レッドさんの腕が・・・・・・・・」

 無残にも腕を失いボロボロになったレッドサーベルを見て、ムーンオブブルーとピンクガンナーは膝を付き必死に何かを堪えている。ヒーローとは言え、中身は普通の少女である彼女たちには今のレッドサーベルの状況は余りにも刺激が強すぎるのだろう。

「レッド・・・・・・・」

「よくも二藤部を、ゆるさねえ!」

 ブラックガードナーは静かにだが、強い怒りを込めた声でレッドサーベルの名を告げる。イエローランサーは激しい頭痛を堪えながらレッドサーベルの本当の名を叫び、怪人たちへの怒りを募らせた。

 所詮彼らは高校生。4人のヒーロー達の関心は全てレッドサーベルへと向けられており、目の前にいる筈の怪人たちからは外れていた。

 誰一人としてレッドサーベルに瀕死の重傷を負わせた怪人について考える事が出来ていないのだ。

「ヒャッハァァァァァァアアアアアアア!!!! ヒーローは皆殺しィィィィ!!!」

 血に濡れた口を拭う事もせずに、ヤージュは校舎の壁を這って駆け昇ってくる。この世の生物とは思えないほどに醜い姿と、獣の咆哮よりも野蛮な叫びを聞いたヒーロー達は皆、敵を目の前にして固まってしまう。

「なに、あれ・・・・・・」

「・・・・・気持ち、悪いです・・・・・」

 そう言ったのはムーンオブブルーとピンクガンーの二人だった。無理もない、花も恥じらう女子高生にとってヤージュの姿は見るに堪えないほどに醜いのだから。

 だがそんな事を言われて黙っているヤージュではない。

「僕の名前はヤージュ! パンドラの大怪人ヤージュだよォォォ!!!」

 ヤージュの両腕が伸び、それぞれムーンオブブルーとピンクガンナーへと迫る。

「させん!」

 醜い肉の塊が直撃する寸前に、ブラックガードナーは盾を構えて前に出て能力を用いる事により、ヤージュの両腕を空中で磔にしてしまう。

「・・・・・強い!」

「ザコがぁ・・・・・・」

 たった一撃を受け止めただけでヤージュの実力を知り、強敵だと認めたブラックガードナーとは異なり、ヤージュはブラックガードナーを雑魚その1程度の認識しかしていなかった。

 そしてヤージュにとってブラックガードナーはその程度の認識で十分な相手であった。

「一方向を向いて動けなくなってよぉ! ジャクテンマルミエナンダヨォ!!」

 ヤージュのわき腹や背、全身から生えた触手が四方八方360度の範囲からブラックガードナーへと殺到する。

 ヤージュの両腕を押さえることに必死で動く事が出来ないブラックガードナーはそれに対応できない。

「危ないブラック!」

「今助けます!」

 咄嗟に動けるムーンオブブルーとピンクガードナーがそれぞれ矢と銃を放ち、ヤージュの触手を撃ち払う。だがヤージュの触手はどれだけ壊されても砕かれても、瞬時に再生してしまいきりがない。

 そして彼女たちはヤージュのみに気を取られてしまい、敵が一人ではない事を忘れてしまっていた。

「隙ありだぜ、嬢ちゃん!」

「私の事を忘れるだなんて、知能も猿並みなのかしら?」

 カミキラーがピンクガンナーへと、ビークイーンがムーンオブブルーへと突撃する。

 ヤージュの身に気を取られていた彼女たちは時速500キロ以上で迫りくる2体の怪人に反応することが出来ない。

「ガハァ・・・・・・・」

 突き刺さる様なビークイーンの蹴りを受けたムーンオブブルーが屋上から中庭へと叩きつけられる。

「いやぁぁぁぁあああああああああ!!!   放してぇぇぇぇぇえええええ!!!!」

 カミキラーによって掴まれたピンクガンナーはムーンオブブルーとは逆の方向、丁度校門側の広場へと運ばれていく。

 あっという間にヒーロー達は分断されてしまった。

「・・・・・皆!」

 ブラックガードナーは咄嗟に行動を起こそうとするが既に遅い。彼の背後からビートラーが組みつく事によって、屋上の床へと組伏せられてしまう。

「一人の敵に気を取られて残りを見落とすとは・・・・。所詮は子供だな」

「何を!」

 ブラックガードナーは必死に暴れて抵抗するが、ビートラーは離れない。これ程までに接近されたチキンレースとなり、背後から組みつかれたのではブラックガードナーは能力を発揮することが出来ないのだ。

「フン!」

 ビートラーはブラックガードナーを掴んで床に叩きつける。その圧倒的な衝撃は容易く校舎を貫いて、そのまま一階の床へと落ちていく。

「この黒いのは俺に任せろ! ヤージュは残りの二体のヒーローをやれ! 殺さずに毒を撃ち込むんだぞ!」

 轟音をあげて校舎の床を貫き落ちて行きながら、ビートラーはヤージュへと今回の目的を伝えるのだった。

 毒を撃ち込むだけ。それはヤージュに殺しをさせないための戒めの意味も持っている。

「・・・・・了解」

 それを聞いたヤージュは理性を取り戻した瞳となり、静かにそう呟くのだった。

 殺しは出来る限り避ける。パンドラのルールを思い出したのだ。

「・・・・・・・・あ~あ。皆勝手に楽しんじゃって、僕の得物はもう瀕死の得物しかないじゃないか」

「畜生、負けねぇ・・・・・」

 屋上に残ったヤージュは面倒くさそうに、頭を抱え膝を付き瀕死となったレッドサーベルを庇いながら、槍を構えるイエローランサーを見て笑うのだった。







 中庭へと叩き落とされたムーンオブブルーとビークイーン、二人の戦闘は一方的な展開へと陥っていた。

「ホラホラホラ! 当ててみなさい!?」

 校舎に囲まれた閉鎖された空間となっている中庭を、縦横無尽にビークイーンは飛び回る。

 そしてムーンオブブルーへと接近、攻撃、退避、それを繰り返す事によって嬲っている。

「動きが早すぎる・・・・・」

 悪態を付いて矢を番えるムーンオブブルー。だがそれを放つ前に背後からビークイーンが近づき一閃、強烈な一撃を叩きこむ。

「貴方が遅すぎるのよ。本当に無様な猿ね」

 皮肉を言ったその時にはビークイーンの姿は既にムーンオブブルーの視界から消えている。

 先ほどからそれの繰り返し。ムーンオブブルーはまともに攻撃を繰り出す事すら出来ていない。ビークイーンはこれまでムーンオブブルーが戦ってきたどの怪人よりも早く、そして強いのだ。

 ボロボロの傷だらけとなりあちこちにヒビが入った、ムーンオブブルーの鎧がその事実を物語っている。

「確かに、ダメージは与えた筈なのにどうしてそんなに動けるのよ・・・・・」

 弓での攻撃を諦めたムーンオブブルーは右手で矢の中央を握り槍のように持つと、もう片方の手で刃の付いた弓の中央を強く握った。矢を射る事による遠距離戦を諦めて接近戦に移行しようというのである。

「ふーん、思い切りがいいのね。嫌いじゃないわ」

 ビークイーンもそれに乗った様子で翼をたたんで地面に降りると、両手の針をサーベル程の長さにまで伸ばした。

 そうすることにより両者ともに似たような条件となった訳である。

「・・・・どういうつもり? わざわざ有利なアドバンテージである飛行能力を捨てるだなんて・・・・」

「あら、貴方にはこれで十分って事なのだけど、分からなかったのかしら?」

 上品に笑うビークイーンの言葉はそのまま本心を物語っている。彼女は怪人特有の高い再生能力によって、既に問題なく接近戦が出来る程度には回復しているのだ。

 だからこそあえて相手と同じ条件での戦闘を行い、完全勝利を得る事によって自身の実力を示そうというのである。

「後悔させてあげるわ!」

 叫び飛びかかるムーンオブブルー。右手の矢を突き出し、左手の刃の付いた弓を振りかざす。

「・・・・遅いわね」

 悠々とビークイーンは両手の針を用いてそれを受け止めた。矢を内側から払うようにして反らし、弓を正面から十字に打ち合わせて止めているのである。

 だが必死で力を込めているムーンオブブルーに対して、ビークイーンは余裕である。

「あらあら、非力な事。全然重くないわよ」

「何を!」

 必死に力を込めて弓を押し、矢を突き刺そうとするムーンオブブルーだが、ビークイーンはびくりともしない。それどころか完全に捕らえられてしまっている。

「やっぱり貴方。接近戦の経験が無いのね・・・・・」

 ビークイーンの鋭い蹴りがムーンオブブルーの股間へと突き刺さる。

「イヤァァァァアアアアア!!!」

 ムーンオブブルーは悲鳴をあげて蹲った。 

 そしてそれは大きすぎる隙となる。

「これが格の差よ。分かったかしら?」

 蹲るムーンオブブルーの肩へと、ビークイーンは針を当てた。あとは軽く力を込めれば容易く鎧を突き破り、毒を撃ち込めるだろう。

「はい、お終い・・・・・」

 そうして針を突き立てようとするビークイーンの背後に、黒く巨大な物体が接近する。

「何!」

 咄嗟にとんだビークイーン。その隙にムーンオブブルーは逃げ出す。

 黒い物体はそのまま校舎へと直撃し、大きな穴を空けた。

「・・・・・・今のってまさか・・・・・・」

 黒い物体に思い当たる節があるビークイーンは、怒りによって針を鋭く伸ばした。

 無論だが自分の邪魔をした相手へとその針を突き刺す為である。

「姉御ぉ! ご無事ですかぁ!」

 そんな彼女の背後、既に原型をとどめているのが奇跡なほどに破壊された校舎の内側から、ビートラーが現れる。

 彼もまたブラックガードナーとの戦闘を優位に運んでいる様子で、殆ど目立つ傷を負ってはいなかった。

「フン!」

 だがそんなビートラーに向けてビークイーンの針が放たれる。

 ショットニードル、圧倒的な貫通力を持ったその一撃はビートラーの強靭な装甲すら貫き、浅くではあるが胴に突き刺さった。

「なっ、なぜです姉御・・・・・・・」

 血を流しながら膝をつき、突然の攻撃に困惑するビートラー。

 そんな彼へとビークイーンの更なる追撃が迫る。

「この馬鹿! せっかく後ちょっとだったのに、止めを刺し損ねたじゃない!」

 次々と、ビートラーの強靭な背中の装甲にビークイーンの蹴りが放たれる。

 そう、ビークイーンへと迫った黒い物体とはブラックガードナーであり、それが迫ってきて回避を行ったがためにビークイーンはムーンオブブルーへの止めを刺し損ねたのだ。

 更に言えば今のビートラーの様子を見れば、ブラックガードナーを吹き飛ばしたのは彼で間違いないだろう。

 本人に悪いは無いのだろうが、それでもビークイーンは止めを刺し損ねてしまった。故に彼女は怒っているのである。

「まあ良いわ・・・・。二人纏めて毒を撃ち込むわよ」

「了解」

 暫くして漸く機嫌を直したビークイーンは、同じく針を抜いたビートラーと共にブラックガードナーがぶつかった校舎へと向かっていくのだった。




 だがそんな二人に突如として巨大な炎が降り注ぐ。

 それは空から降り注ぐように放たれた炎であり、中庭の全てを包み込むほどの攻撃範囲を誇っていた。

 不意打ちと合わさって二人は回避する事が出来なかった。

「何、これ!」

「お嬢! 逃げて、下さい・・・・・・」

 虫の怪人であるがゆえに、炎への耐性を持たない二人は炎に包まれて燃えていくのだった。




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