28
遡る事数時間前。というより金太と少女が登校のために出発した直後の有田家。
「いやー、兄貴の料理はいつ食っても美味いっすねー!」
まだ三日も経っていないというのに、既に勝手知ったる他人の家と化した有田家の食卓で、南部は心底美味そうに朝食を喰らっていた。
今朝の料理もまた印辺が作ったものであり、大変手の込んだ作りのサンドイッチである。少なくとも3日より前の有田家では絶対にお目に掛かれなかった代物だ。
「当然の事を言うな。別に嬉しくは無い・・・・・」
と言いつつも見た目に全く似合っていない、ハートのエプロンを身に付けた印辺は、そっと手に持った皿を南部の前に置く。
そこには更に手の込んだ作りとなったサンドイッチが山の用に置かれていた。言葉では否定しつつも南部に褒められて上機嫌になったのだろう。
「はっはっは、そうでしたね」
南部はそんな印辺を見て愉快そうに笑うのだった。だが笑いながらもサンドイッチを食べる手は止まっていない。
「・・・・・・俺もいただく」
若干顔を赤めつつ印辺は自分も椅子に腰かけて、サンドイッチを口にした。
そして直後にカッと目を見開く。
「美味い。成功だな・・・・・」
自分の予想以上の味が出せたた事に喜びを感じつつ、印辺はサンドイッチを食べるペースを速めていく。
このままでは南部の分のサンドイッチまで食べてしまいそうな勢いだ。
「あ、ずりいっすよ兄貴! 俺のサンドイッチまで!」
慌てて南部もサンドイッチの山へと手を伸ばすが、その時には既に印辺の手も同じ山へと伸びてきていた。
「うるさい、早い者勝ちだ!」
「何を!」
そして二人は丁度前後から中央に積まれた同じサンドイッチを手に掛ける。
他にもまだたくさんサンドイッチが積まれているにもかかわらず、偶然にも同じサンドイッチに手を掛けてしまうのは何かの因果だろうか。
「・・・・・・・・やるか?」
「・・・・・・・・やりますか」
僅かに目を合わせ、息を飲む二人。直後に二人はサンドイッチから手を離すと浮き上がり、怪人の姿へと変身する。
「ビートラー!」
「カミキラー!」
お互いに自分の名を名乗りつつ、けん制し合う。普通の人間ならば当てられただけで気を失うような殺気を2体の怪人は放っていた。
「・・・こうなったら引きさがれはしない。分かっているのか?」
「ビートラーさんこそ、覚悟してくださいよ」
バイザーに覆われた目で互いを睨みあいけん制し合いながら、ビートラーもカミキラーも強く拳を握りしめる。
二人は至って真面目なのだろうが、屈強な怪人が2体サンドイッチの置かれた机を挟んで、微妙に浮かびながら対峙する光景は中々シュールである。
ちなみにだが怪人となると体重が一気に増加してしまい、椅子は勿論のこと下手をすれば床すら貫通してしまうかもしれないので、2体の怪人は器用に翼をはためかせ浮いているのである。
「「勝負!!」」
牽制しあっていた2体の怪人は突如として行動を開始した。強く握りしめていた拳を大きく振りかざし、前に突き出したのである。
そしてその拳のうち屈強な拳は握り続けられており、比較的軽装な拳は開かれていた。
「・・・・・・・・俺の負けだ・・・・・・」
敗北を認めたビートラーは印辺南次郎の姿に戻り無力にも崩れ落ちる。そして敗北を悔いながらも過ぎ去った事として、自分の仕事に戻るのである。
「はっはっは、正義は勝つってな!」
食器や調理器具の片づけを始めている印辺を尻目に、どう見ても悪の怪人そのものな姿で宙に浮きつつ、カミキラーは悠々とサンドイッチを食べるのだった。
その後、食事を終えた二人は留守を金太の母親に命じると、少女に命令された通りに町の散策へと向かうっていた。
「いやー、暑いっすね。ボスも金太もよくこんな暑い中学校なんていけますね」
「全くだな」
だが外に出て早々、いきなりの暑さに二人の士気は大きく下げられている。二人とも虫の怪人なのだから暑さに対しては強い耐性を持っている筈なのだが、それでもやはり聞こえてくるセミの音色や視界を歪ませるほどの熱気には暑さを感じずにはいられないのだろう。
「・・・・だが任務は任務だ。暑さなどには負けれないだろう?」
「・・・・・そうっすね」
やる気がある印辺に対して南部は非常に敵等である。印辺の言葉も話し半分で聞いてはいない。
むしろ任務など忘れて自分の欲望を満たそうと、頭を動かしていた。
「ったく、こんな暑い日はパチンコで涼むに限るぜ」
と言ってそそくさとパチンコへと向かう南部の右肩を、印辺は強い力で掴んで止めた。
「何処へ行く?」
静かにだが、ドスの利いた印辺の声に南部は体が固まって動かなくなった。
そしてブリキ人形のように首を180度曲げて小さな声で言うのである。
「・・・えっと、その・・・・・・パチンコ?」
「ほう、ボスがこの暑い中高校などという場所に通っているのにお前はパチンコに行くのか?」
バキッと何かにひびが入った様な音がする。そしてそれは南部の肩から聞こえてきた。
「やだなー、情報収集っすよ情報収集。ほらボスに命令されたじゃないですか俺たちはこの町に来た経験が薄いから、今のうちに詳しく下見してこいって」
「確かにそうだな・・・・・・・」
南部は必死に言い訳を考えて、どうにか意味が通る事を言ってこの場を乗り切ろうとしている。先ほどまでサボろうとしていた任務をこんな時だけ持ち出すとは、何とも都合のいい男である。
だが印辺は僅かに考えると更に肩を掴む力を強めるのだった。
「痛ててて! どうしてですか兄貴!?」
「散策をするならば、何度も同じところを見ていても意味が無いだろう?」
印辺の言葉は的を射ていた。確かに散策を目的としているのに先日も行ったパチンコを訪れていては意味が無い。
「違いますって今回は前とは違うパチンコに行きますから! 前勝ちすぎたせいで出入り禁止になったんですよ!」
「・・・・・・そもそもパチンコ内で涼んでいたのでは散策にならないだろう?」
「あ・・・・・・」
ハッとなって南部は口を覆うが既に遅い。
目の前には怪人のそれになった印辺の拳が迫ってきていた。
「ちょっとタイム! それで殴られたら死にますから! マジで死にますから!」
必死に命乞いする南部の目の前数ミリで印辺の拳は止められた。もとより本気で殴るつもりはなかったのだろう、印辺は若干笑いながら南部に釘をさす。
「ちゃんと任務を達成しろよ」
それだけ言って印辺は散策へと向かうのだった。
「・・・・・・了解」
痛む右肩を抱えながら南部もまた散策へと向かっていく。
「あちー・・・・・・。この季節にこれって異常気象だぞ完璧・・・・・」
そんなこんなで散策を行っていた南部であったが、季節外れの夏日に相当まいった様子でやる気無く歩いているだけである。
口にくわえた煙草も既に何本目になるか分からない程だ。
「ちくしょー、何にもない町だな・・・・・・。つまんねーの・・・・」
歩いている街並みを見ながら南部はぼやく。金太の住んでいる町の商店街は既に全盛期を過ぎ去ってしまい、シャッター街となってしまっている。存在している店も別に珍しくも無い、ありふれたスーパー等のチェーン店のみである。
南部はそんなありふれた何もない町が嫌いだった。
「・・・・・・銀行をはじめとした金融機関が5つ、貴金属を取り扱ってる店が3つ、パチンコが4つね。・・・・・しけた町にしてはまあまあかな」
煙草を放して煙を吐き出しながら、南部は目を付けた施設について確認をしていく。全て何処にでもある様なありふれた施設ばかりだが、南部たちの能力を使えば金を稼ぐ事は可能である。
おもむろに南部は煙草を吐き捨て、今後の計画について考え始めていく。
「・・・・とりあえずパチンコには全部仕込みをするだろ? 商店街やスーパー、その他全ての店からは上納金を巻き上げる。銀行からは無利子無期限で金を借りる。貴金属取扱店からは安く買って、高く売りつける。当分はそんなとこかな?」
どれもこれもとてもではないが、悪の怪人たちの組織が行う物とは思えないほどに小さく小物じみた行為である。
だがそれらは悪の怪人であるパンドラの能力を用いるからこそできる事でもあった。
不意に南部は胸ポケットに入れていた煙草に手を伸ばすが、手は何を掴むでもなく紙の箱を潰すだけである。
「ちっ、無くなっちまったかよ・・・・・」
イライラを募らせて周囲を見回す南部。だが中々目的の代物は見つからない。
「ふざけんなよこの! 今時煙草の自販機一つすらないってどんなド田舎だよ!」
忌々しく叫んで南部は探し回るがなかなか見当たらない。それによって更にいらつきを高めた南部は、人間には不可能なほどの速度で走りまわり、必死に煙草を探していくのである。
「だー! 出てこい煙草ちゃん! 俺のオアシス!」
叫んでも叫んでも煙草は見つからなかった。ただ虚しいだけである。
「畜生、この町やっぱくさってるぜ・・・・・・」
ふてくされて下を向く南部。だが不意に幸運が訪れた。
「あれは、まさか・・・・・」
商店街の端っこの日の差さない小さな裏路地の片隅に、煙草の自動販売機を見つけたのだ。
「あったぜ煙草ちゃん! くー、良い銘柄がそろってるな~!」
あっと言う間に煙草の傍へと移動した南部は、一瞬の間に自動販売機の銘柄を確認してしまう。
そしてお気に入りの銘柄を見つけて気分を良くした南部は素早く財布を取り出すと、五百円玉を自動販売機へと投げ込み、ボタンを連打するのだった。
「へっへっへっへ、おらおらおらおらおらおらってな!」
人間には不可能な速度でのボタン連打に自動販売機は異常をきたして煙をあげると、次々と煙草を吐きだしていくのだった。
「秘儀無限連打。やっぱりこれに限るぜ!」
悠々と出てきた煙草の全てを抱えて南部は大層満足な様子である。明らかな犯罪行為だが、人もほとんど通らない裏路地ならば問題が無いと余裕をこいているのだ。
だが直後にその余裕は壊される。
『ウーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
けたたましく鳴り響くそれは自動販売機から放たれるサイレン音だった。あれだけの事をしたのだからサイレンが鳴り響くのも当然である。
直後に南部はその人間離れした五感を用いて、周囲の人間たちが近づいてきている事を察知した。
「やっべー! 逃げねーと!」
慌てて煙草を持てるだけ持つと飛び上がり、屋根を跳ねながら逃げていく。
その背後からは自動販売機へとたどり着いたであろう、人間たちの声が聞こえてきていた。
『なんだこれ自販機が煙をふいてるぞ!』
『誰の仕業だ?』
『てかどうすればこうなるんだ?』
どうやら南部の姿は確認されてはいないようである。本当に間一髪、南部は逃げ出す事が出来たのだ。
「はっはっは・・・・・。やっぱり俺は運がいいな・・・・・」
全く反省した様子のない南部は、敵等な場所に飛び降りて息を整える。
偶然にもそこは金太が通っている高校の近くであり、喫茶店の裏側でもあった。
「とりあえず休むか。十分働いたしな・・・・・・」
息を整えつつ煙草を抱えた南部は喫茶店へと入っていくのだった。
「・・・・まさかここの店主もヒーローじゃないよな・・・・・・」
若干の危機感を抱きながら・・・・・・・。
そして数十分後・・・・・・・・。
「・・・・・姉御、容赦なさすぎだぜ・・・・・・」
喫茶店の中で電話を終えた南部は全くもって容赦の欠片も無い少女の言葉に、結構な精神的ダメージを受けていた。
恐らく待ち受けているであろうお仕置きの事を考えると、それだけで恐ろしくなってきてしまう。
南部は無意識のうちに机の上に置いていた煙草へと手を伸ばす。そしてここが禁煙席であるにも関わらず火を付けると、口にくわえていた。
「あの、お客様? ここは禁煙で・・・・・」
「ああ? なんだって?」
見かねて声をかけてくる店員を、南部は睨み返す。
イケメンだが背も高く目つきも悪い南部に睨まれて、その店員は委縮してしまった。
「いっ、いえ・・・・・。その、喫煙をやめてほしいかなと・・・・・・」
店員は必死に勇気をふりしぼり、か弱い声で要求を南部に伝える。だがそれで南部がしたがってくれるなどとは、店員自身も思っていないだろう。
明らかに店員の言葉は気弱で他人を従えるだけの力が無いからだ。
「・・・・・・悪かったな・・・・・・」
意外にも南部は従った。火のついた煙草を握りつぶすと、南部は不機嫌そうに煙を吐き煙草をしまうのだった。
「え・・・・・・・?」
まさかしたがってくれるとは思ってもいなかった店員は、あっけにとられた顔で南部を見ている。
そんな店員の顔を見て、南部は笑いながら言うのである。
「何を間抜けな顔してんだ? 俺は結構常識人なんだぜ? 少なくともマナーは弁えてるくらいにな」
カッコを付けてそう言うと、ポケットから二千円札を取り出して南部は店員に渡すのだった。
「釣りは要らねえ」
そして南部は煙草を抱えたまま店を後にするのである。
(クー、俺超かっこいい!)
内心でかなりカッコ悪い事を考えている事と、二千円では釣りなど殆ど出てこない事には触れないでおこう・・・・・・・。
そんなこんなで外に出た南部へと近づく影があった。
「南部、お嬢が、お嬢が!」
「うわ! 落ち着いて下さいよ兄貴。分かってますから!」
何時もの冷静さを欠いて取り乱した様子の印辺が、南部の肩を強く揺すりながら凄まじい剣幕で迫ってくる。
南部はそれを宥めるので必死だ。
「GPSからの反応が消えたし、電話もつながらない。高校からは次々と人間が出てきていて誰も戻ろうとはしていない。これは明らかに異常だ・・・・・」
顔を青ざめながら印辺は言う。何時もは冷静な分少女の身に何かが起きた時の取り乱し方は、体操酷いのである。
むしろそう言った状況では南部の方が冷静なくらいだ。
「面倒な客が来たって姉御は言ってました」
「何! お前お嬢と電話したのか!」
クワッ、と鬼の様な表情になった印辺は更に強い力で南部を握り揺さぶる。
そして怒鳴る様な声で尋ねるのだ。
「何があったお嬢は何をしていたんだ!? 言え、言うんだ!?」
「兄貴・・・・・・・」
バコッと南部の拳が印辺の頭に突き刺さる。
腕を怪人のそれに変えた南部の拳は、印辺を蹲せるには十分な威力を持っていた。
「落ち着けってんだよ兄貴! あんたが取り乱してたら助けられるもんも助けられねえんだぞ!」
「南部・・・・・・・」
頭が冷えたのか印辺は落ち着いた様子で南部を見て、その言葉に耳を傾けていった。
「何が起きているかは俺にも分からない。分かるのはそれだけだ・・・・・」
だが、と南部は付けくわえる。
「分からないから確認すればいい! そのために俺たちは姉御の近くにいるんだろ!?」
「そうだな・・・・・。お前の言うとおりだ・・・・・・」
印辺と南部、二人の目は直ぐ近くの高校の方に向いていた。
そう、少女がいるであろう高校は直ぐ近くにあるのである。確認しようと思えば容易く入る事が出来るほどの近くにだ。
「・・・・・・恐らく、何かあるな?」
「ええ、変な壁が見えます」
二人の人間離れした視力は高校を覆う僅かな光の壁の様な何かを認識している。
それが二人の侵入を妨げる物であることも認識出来た。
「邪魔者は・・・・・」
「壊すに限るっすね?」
だが邪魔するものを排除できるだけの力を二人は持っていた。
「・・・・・・俺たちはパンドラ」
「全ては姉御のために!」
二人は変身して飛び上がる。
ビートラーとカミキラー、共に人間を遥かに凌ぐ速度で飛べるためにその姿は人間たちに見られてはいない。2体の怪人はあっという間に、人間には認識できないほどの高度まで飛び上がった。
そして2体の怪人はビートラーを先にして一直線に並ぶのである。
「行くぞ、カミキラー!」
「おう、あの技っすね!?」
ビートーラーの角が下を向き高校をロックオンする。カミキラーはその足を掴み、大きく羽を羽ばたかせるのだ。
たとえるならば2体の怪人は槍であり、ミサイルである。
カミキラーという推進剤にして投手が、ビートラーという弾丸を加速させて圧倒的な破壊力を更に向上させる。非常に単純だがその破壊力は恐ろしいものがある。
「いくっすよビートラー!」
「来い、カミキラー!」
気合の入った掛け声の後、カミキラーは目で追えない速度で飛んでビートラーを加速させる。
ビートラーも羽を羽ばたかせる事によってその加速を更に素早いものにした。
「「壊れろ!」」
二人の叫びが重なる時、ミサイルと化したビートラーの角によって高校を覆っていた結界は打ち砕かれたのである。




