27
・・・・・・・・遡る事数十分、ビークイーンが戦闘を始める少し前。
一方的な暴行の現場と化した生徒指導室の中で、金太はある異変に気付いた。
「・・・・・・人の気配が消えた・・・・・・?」
目の前で泡を吹き倒れている教師を足蹴にしながら、金太は考える。つい先ほどまで教師を一方的に嬲っていたので、金太の姿は人よりも大きく外れたパーツが付いているが、いつ何どき誰が入ってきても大丈夫なように警戒はしていた。
「・・・・・・僕の五感は、正常だよね・・・・・・・」
金太は確かめるように、自分を安心させるように呟く。
自分が持つ人外の五感を用いる事により、常に半径10メートル以内の人間たちの行動は壁を越えても完璧に把握出来ていると自負していたのだ。
だというのに人の気配が全くしない。するのは目の前で触手に覆われて無様にも白目をむき泡を吹いて倒れている5人の教師だけである。
「・・・・・・そう言えばさっきから少しずつだけど、人が遠ざかっていくような気がしてたんだよね・・・・・」
僅かに感じていた違和感。それは少しずつではあるが生徒指導室周辺にいた人間たちが、離れていく感覚である。全員が全員離れていったので違和感を感じてはいたのだが、人がいなくなる事は良い事なので特に気にしてはいなかった。
だが改めて考えると妙である。
「・・・・・・生徒指導室の隣は職員室。そこから人がいなくなるのはあり得ないよね・・・・・」
金太の学校の構造上、職員室と生徒指導室は隣り合っている。本来ならば何をしても大丈夫なように生徒指導室の壁は厚く作られており、外に音が聞こえないように作られているのだが、人外の五感を持つ金太には意味が無い。
そんな金太の五感を用いてなお、職員室から一切ひとの気配を感じられないのだから明らかに異常な状態である。
そもそも平日の昼間から、職員室に一人として教師がいないという時点であり得ないのだ。
「・・・・・・とりあえずボスの所に戻ろうかな」
考えても違和感の正体が分からなかったので、とりあえず金太は少女の元へ戻る事にした。教師たちを嬲っていた触手を片づけ、生徒指導室を後にしようと扉に手を掛ける。
「・・・・・・・・・・え・・・・・?」
だが扉に手を掛けた直後、金太の体は扉を突き破って現れた日本刀によって貫かれた。
鋭い一突き、人を刺す事に一切の躊躇いを感じておらず明らかな殺意を有している。また何よりも、金太の五感を用いてな、お刺されるまで気配を感じられなかった時点で明らかな人外である。
「・・・・クソがぁ!」
金太が声をあげて日本刀を引き抜くその前に、扉越しに日本刀が降り下ろされる。
金太の肉を冷たい金属が引き裂き、どうの中心の鳩尾近くから股間へと一直線に切り裂いてしまった。
「ガハァ、痛い・・・・・・。痛いよ・・・・・・」
想像を絶する激痛に金太は涙を浮かべながら呻きをあげ、その場に蹲った。
この程度の傷では致命傷になりえない事は分かっている。それでも腹部から股にかけての大部分を切断され、抉られるなど普通の精神状態ならば見て無事で済む筈が無いのだ。
「・・・・・・へえ、まだ死なないなんて、やっぱりイリーガルだったんだね有田金太」
大きく引き裂かれた扉をこじ開けて、赤い鎧をまとった怪人が現れる。
その姿は西洋と東洋、その他ありとあらゆる世界中の鎧を掛け合わせたようであり背中には日本刀以外にも複数の刀剣を背負っている。
怪人と言うには姿がスマートすぎるそれは明らかにヒーローである。
「・・・・・イリーガル、何それ・・・・・・?」
金太の問いに赤いヒーローはゴミを見るような目で見ながら答えた。
「この世界にはびこる醜い化け物。君たちの様なね。人を襲い世界に害をなすゴミ以下の不要物さ」
「なん、だと・・・・・・!」
ゴミ以下の不要物。あまりにも尊大で人を見下した態度で告げられた。それを聞いた金太の中で何かが弾けた。
途端に引き裂かれていた金太の体は再生し、力強い足取りで立ちあがった。能力が向上してきているのか、金太は引き裂かれた筈の服までもを自分の肉で補う形で修復することが出来ている。
「どうやら再生能力に特化したイリーガルみたいだね。面白い!」
冷静に金太の能力を分析しつつ、赤いヒーローは日本刀を構える。金太にはよく分からないがその構や動作は明らかに素人のそれでは無いと思えた。
だがそんな事を気にしている余裕など、今の金太にありはしない。
「・・・・死ね!」
振るわれる金太の剛腕。それは人の姿のままでも鉄を抉り取る程の力が込められているだろう。
だが赤いヒーローは流れるように洗練された動作で背負っていた、大剣を抜き金太の拳を受け止めた。
「・・・・・まるで獣、いやそれ以下だね。戦闘が野蛮すぎるよ」
金太の拳を軽くいなし、続けざまに日本刀での一閃。当然素人の金太には反応が出来ずに肩から大きく切り裂かれてしまう。
「・・・クソ!」
再生すると分かっていても咄嗟に傷を押さえてしまう。そしてその隙を赤いヒーローは見逃さない。
「素人が、僕に勝てるかよ!」
つむじ風のように早い斬撃が金太を襲う。
まるで巨大な怪獣の爪で抉られたかのように、金太は胸部の肉の大部分を失ってしまった。
「・・・・・・・・無念・・・・・・・・」
それだけ言って金太は倒れた。
「やれやれ。所詮はちょっと力を得た事を自分は最強だと勘違いした素人か。弱すぎるよ」
吐き捨てるように赤いヒーローは告げた後、刃に付いた血を払って背に片づけた。
洗練されたそれらの動作は明らかに素人ではない何かである。金太などでは比較にもならないだろう。
「・・・・・・僕の名はレッドサーベル、この町いや群市で最強の戦士だ。冥土の土産に名前ぐらいは教えてやるよ」
赤いヒーロー、レッドサーベルはそう言うが金太は動かない。
それを見て既に死んだのだと判断したレッドサーベルは、次なる目的のために歩き出すのだった。
「地獄でも一人でさびしくは無いさ。直ぐに君の彼女も送ってあげるよ。何と言っても、君たち邪悪なイリーガルを排除するのが僕たちの使命だからね」
レッドサーベルは金太のみならず、少女までもを標的としているのだ。唯でさえ4人のヒーローを相手している状況なのに、レッドサーベルまでもが加わってしまってはさすがの少女とて、勝ち目は無くなってしまうだろう。
もしも本当にレッドサーベルが金太を倒せていたらの話だが・・・・・・。
「・・・・・触手か!」
気付いた時には既に遅い。金太の体から発生した触手が地面を突き破り現れ、レッドサーベルへと襲いかかった。
「この! まだ倒れていないのか!」
レッドサーベルは手にした剣を振り回し次々と触手を切り裂いていくが、それ以上のスピードで触手は生えてくるのできりが無い。
そして傷を再生させて起き上がった金太が再び拳を振りかざしてくる。
「化け物が!」
レッドサーベルは再び大剣でその拳を受けようとした。だが金太の拳は大剣に当たる直前で弾けて触手の塊となり、レッドサーベルの大剣を飲み込んでしまったのだ。
「何だと!」
慌てて大剣を捨てるレッドサーベル。直後に大剣は呑まれて跡形も無く消えてしまった。
「・・ひっひっひっひ・・・・・。正解だよ。捨てて正解。じゃないと君も僕の、ご飯になっていた」
不気味な声で笑いながら、金太は三つの目を見開く。それら全てに獣以上の何かな殺意が込められており睨まれたレッドサーベルは思わず後ずさってしまう。
「どうしたの、震えてるよ?」
「何を!」
恐怖を振り払うかのようにレッドサーベルは新たな刀剣を引き抜き、金太へと構えた。それはクレイモアと呼ばれる中世ヨーロッパで使用された機動性の高い剣である。
だが構えるだけでまだ掛かってはこない。不死身に近い能力を有する金太に対し、下手な攻撃を加える事は無意味であるとレッドサーベルは分析しているからだ。
だがそれを向けられてなお、金太は余裕の態度を崩す事は無かった。
「そうだ、僕も名乗ろうかな? 僕の本当の怪人の名前はね・・・・・」
そして金太は変わった。人間である有田金太に触手が生えた姿から、三つの目と顎まで裂けた口を持つ醜いピンク色をした半液体状の体のラインが安定しない触手塗れの化け物へである。
「個体名クーリーチャーパンドラ、所属名パンドラ、コードネームヤージュ・・・・・。悪の組織パンドラの戦闘員だよ。よろしくね」
そのあまりにも醜くおぞましい姿にレッドサーベルは全身の振えを大きくしていた。その震えはヤージュに対する確かな恐怖の表れでもある。
「醜い化け物め・・・・。僕が粛清してくれる!」
レッドサーベルは恐怖を打ち消すように叫んだ。だがそれでも自分から攻撃を仕掛ける事は出来ていない。これまでレッドサーベルが戦ってきた怪人の中でもヤージュは最も醜く恐ろしく、そして得体が知れない相手なのだ。
「化け物ねえ? 今更すぎるよ。でもさ・・・・・・君、ボスを殺すって言ってたよね?」
思い出したようにヤージュは言った。そして怒りのボルテージを高めていく。
「シヌノハオマエダヨ!」
理性の消えた片言で金太は飛びかかった。洗練さの欠片も無い素人丸出しの獣のような野蛮な動きである。
「やはり素人か、動きが甘い!」
レッドサーベルは冷静にヤージュの動きを見極めて、触れる直前に両手に持ったクレイモアと日本刀で貫いた。
そしてそのまま剣を振るい、ヤージュを投げ出そうとする。
だがレッドサーベルは動けなかった。
「ボクヲサシタナァァァァアアアアアアアア!!!!」
狂気する叫びをあげるヤージュ。咄嗟にレッドサーベルは刀剣から手を離し、壁を突き破って中庭へと逃げ出した。
「・・・・化け物め。どうすればいいんだ?」
悪態をつき撤退も視野に入れ始めたレッドサーベルの目の前で、同じく壁を突き破って現れたヤージュが、体に突き刺さった刀剣を飲みこんでいた。
「お前、タベルヨ!」
顔の周りを覆っている鬣の様な触手に、手が変化した触手、胴体から生えた触手。数え切れないほどのそれら触手の先に醜い口が現れてレッドサーベルへと襲いかかった。
侍のヒーローを喰らった時に使ったのと同じ攻撃である。
「クソ! 防戦一方だな・・・」
悪態をつきつつ、レッドサーベルは新たな剣を取り出して触手を切り裂いていく。サーベルとククリナイフ、典型的なスピード重視の刀剣である。
それらを用いて襲いかかる触手を払うことしか、レッドサーベルは出来なくなっていた。とてもではないが逃げ出せない。逃げようとすればその途端に触手に群がられ、食い散らかされてしまうだろう。
だがレッドサーベルを喰らおうとしているのは触手だけではなかった。
「イッタダッキマース!」
ヤージュは触手の肉壁を突き破り、砲弾のようにレッドサーベルへと飛びかかっていった。
「そこだ!」
レッドサーベルはそのタイミングをよく見極め、大きく開かれた口の中へとサーベルを突き入れる。
しかもそれは唯のサーベルではない。赤いオーラと熱のエネルギーに覆われた必殺の威力を込めたサーベルである。
「グリムゾンエッジ!」
カッコを付けながら必殺技を叫びつつ、レッドサーベルはヤージュへとサーベルを突き入れた。
いくら不死身の化け物とて口から必殺技で体の中を貫かれては無事ではないと思ったのだろう。
だがヤージュはレッドサーベルが思う以上に化け物だった。
「ゴチソウサマデシタ!」
「・・・・・・僕の、腕が」
満足した顔のヤージュとは異なり、レッドサーベルは虚ろな雰囲気で信じられないように自分自身の右手をいや、右手があった場所を見ている。
なんとヤージュはレッドサーベルの必殺技もろとも右腕を喰らってしまったのだ。
圧倒的、そう言うほかない化け物である。
「・・・・・ああ、そんな・・・・・・・」
右手を失ったショックと激痛、そしてヤージュに対する圧倒的な恐怖からレッドサーベルは逃げ出した。
恥も名誉もかなぐり捨て無様に逃げ出していく。
「ニガサナイよー!」
だがヤージュは追撃の手を緩める事は無い。腰が抜け地を這うように動いているレッドサーベルの背に、口から吐きだした悪臭を放つ液体を吹きかけた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
背を襲う激痛にレッドサーベルはのたうち回って苦しんだ。
背負っていた刀剣は全て解けてしまい使い物にならなくなり、赤い鎧も解けだしてその下にある肌が見え始めていた。
「ツッカマエター!」
のたうち回るレッドサーベルを捕らえたヤージュは片手でその頭を掴んで持ち上げる。丁度ヤージュの三つの目とレッドサーベルの仮面に覆われた目が同じ高さに位置するようになった。
「た、助けて・・・・・・・」
無様な命乞いをレッドサーベルはした。
だがそんなこと聞こえていないとヤージュは勢いよく腕を振るい・・・・・。
「トンデケェェェェ!!」
校舎の屋上へとレッドサーベルを投げつけるのだった。
丁度その直後に校舎を覆っていた結界が砕かれたのだが、ヤージュはそれに気づいていなかった。
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