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「ほら、どうしたの来ないのかしら?」

 ビークイーンは笑っている。その声は既に平坦なそれではなく聴く者の心を震わせるほどに妖艶で、艶めかしい。

 4対1という分かりやすすぎる追い詰められた状況が、かえってビークイーンを奮い立たせ興奮させているのである。

「それが本当の姿なのかしら南方紀美子! ずいぶんと醜い化け物ね!」

 怪人の姿へと変わったビークイーンを青風は嘲笑った。自分よりも美しい姿をした少女の正体が、怪人であると分かり、遠慮なく叩きのめせると喜んでいるからだ。

「行くわよみんな、変身よ!」

 青風は手にした弓を翳しながら叫ぶんだ。

 それに続くように残りの3人も思い思いの道具を取り出して叫んでいく。

「変身だぁああ!」

 二藤部は暑苦しく叫ぶと手にした槍を振り回して叫んだ。

「変身・・・・・」

 盾を持った巨漢の男子は静かにそう言った。

「へっ、変身です!」

 気の弱そうな少女は手にした銃をそのまま強く握り、震えた声で叫んでいる。

 直後に彼らの姿は変わる。

 全身をラバースーツの様な何かが覆いその上を鎧が覆っていく。手にした武器はそのままに、4人の姿は人間のそれからヒーローへと変わったのだった。

「ムーンオブブルー、それが私の名前よ」

 僅かな間に変身を終えた青風は、青を主にした巫女の様な装いが混じった和風の鎧と、顔を覆う鉢巻を撒いた三日月型のゴーグルを有した兜を身につけている。手にした弓も三日月状のそれに代わっており、使い方によっては接近戦にも対応できそうである。

「イエローランサー! 只今参上だぜ!」 

 二藤部は所々に稲妻をもした装飾のある中華風の鎧を身につけており、顔も目の部分に稲妻状のスリットが入った仮面に覆われている。手にした槍もその先端の刃の部分が稲妻の形になっていた。

「ブラックガードナー」

 静かに自らの名を名乗った男子生徒は全身を重厚な漆黒の騎士甲冑に覆われており、手にした盾の中央には赤く巨大な宝石の様な装飾が付いていた。

「ピンクガンナー! よろしくお願いします!」

 敵に対して頭を下げている気の弱そうな少女は、ピンク色の軽装な鎧に覆われた姿をしており顔もハートを模した兜に覆われている。

 

 こうして4人はビークイーンと同じように自分自身の本当の姿をさらけ出した訳である。

 全員の武器がそれぞれ異なった特徴を持っており、連携が取れているのならば相当な強敵となるであろう。だがビークイーンは怯むことなく攻撃を繰り出していく。

「来ないのなら此方から行くわよ!」

 直後にビークイーンは消えた。いや、消えた様に見えるのだ。そして直後にビークイーンはムーンオブブルーの背後に現れる。

 そのあまりにも早すぎる動きに、4人のヒーローの誰もが反応出来なかった。

「まずは貴方からよ!」

「この!」

 両手を針に変えた上での強烈な付き、それをムーンオブブルーは必死に刃が通った弓で受け止める。

「くそ! ブルーに手を出すな!」

 直後にイエローランサーが槍を構えて背後からビークイーンへと飛びかかった。

 だがビークイーンは槍が触れる前に羽を羽ばたかして飛び立ち、攻撃を回避する。

「ほら、こっちよこっち! 追ってきなさい!」

 ふりふりと腰を揺らしビークイーンは誘った。それに挑発されたムーンオブブルーとイエローランサーは追い掛けるが、縦横無尽に屋上を飛び回るビークイーンには追いつけない。

「コナクソー!」

「やけくそじゃ当たらないわよ」

 イエローランサーの槍を手から生えた針で弾きビークイーンは避ける。と同時に弓に矢を番えていたムーンオブブルーへと近づき、針を突きだす。

「この! 狙えないじゃない!」

 咄嗟にムーンオブブルーは矢を捨てて弓に付いた刃でそれを受け止める。だが反撃に移ろうとする前に、イエローランサーが背後から槍を突き立てるその前に、再びビークイーンは飛んで離れてしまう。

「踊りなさい! せいぜい無様にね!」

 そう言いつつもビークイーンは自信が踊る様な動きで飛んでいる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ブラックガードナーはそんなイタチごっこの様なやりとりを静かに見ているだけだった。

「あわわ! 私はどうすれば・・・・」

 ピンクガンナーはどうすればいいのか分からずにおろおろしているだけである。

「クソ! ピンク、お前の銃弾を撃ち込め!」

「りょっ、了解!」

 ピンクガンナーはイエローランサーに言われるがままに引き金を引き、ビークイーンを狙う。その狙いは正確でありガンナーの名に恥じぬだけの実力はあるだろう。

 だが惜しむらくは彼女に実力はあっても知識は無かった事と、イエローランサーが指示を口に出して叫んでしまった事だ。

「あらあら、こんな所で撃っていいのかしら?」

 ビークイーンは笑うと同時にイエローランサーとムーンオブブルーへと急速接近した。

 直後に響く銃撃音。放たれた銃弾は真っ直ぐにビークイーンを狙って直進した。

「痛てぇ! 何処狙ってんだよピンク!」

 だがその銃弾が当たったのはビークイーンではなく、ビークイーンをへと飛びかかっていたイエローランサーである。

 混戦において下手に飛び道具を撃ち込めばどうなるのか、その場にいたヒーロー達は誰もがそれを分かっておらず、唯一分かっていたビークイーンのみがわざと敵へと急接近することで同士討ちを狙った訳である。

「下手くそ! ピンクは下がってなさい! 手を出さないのが最大の仕事よ!」

「すいません、私、私・・・・・・・」

 ムーンオブブルーのどぎつい言葉に、ピンクガンナーは泣きそうな声を出している。どうやらこの二人は今がどのような状況であるか理解できていないようだ。

「ほら~、仲間割れなんてしてる場合かしら?」

 少女から放たれる巨大な針、ショットニードルである。それは丁度ピンクガンナーを狙っている。直後にビークイーンもピンクガンナーを狙って飛び立った。

 弱っている相手を確実に潰していくのが少数で多人数と闘う時の鉄則である。ビークイーンはそれを実行しているのだ。

 銃撃を受けてダメージを負ったイエローランサーも、言い争って頭に血が上ったムーンオブブルーにもビークイーンの動きに対応できなかった。

「えっ、私、死ぬの・・・・・・・・」

 放心状態にあるピンクガンナーの目の前にビークイーンのショットニードルと拳が接近する。彼女は怯えて何も出来ず、逃げ出す事すら出来ていない。

「まずは一人ね・・・・・・」

 ビークイーンは装甲に覆われた顔を歪めて笑った。これまでの闘いで相手の力量を悟ったからである。数は多いが戦えば確実に倒せる相手であると、この時のビークイーンは思っていた。

「迂闊だな!」

 だがそんなビークイーンに一括を入れるがごとく、突如として現れた何かの力が彼女と彼女が放ったショットニードルの動きを止めた。

「何、これ、動けない・・・・・・・」

 必死に体に力を入れ、逃げるためにビークイーンは体を蠢かせる。だが動かない空中に磔にされてしまう。まるで何かとんでもない力に全身を押さえられているようである。

 僅かに体を震わせ蠢く事は出来るのだがあくまでそれだけ、もっと大きく体を動かす様な事は不可能だった。

「ブラックバインド。お前の動きは封じさせてもらったぞ」

「・・・・・・ブラックガードナー・・・・・!」

 ビークイーンは忌々しげにその名を呼んだ。

 先ほどまで何をするでもなく佇んでいるだけであった筈のブラックガードーナ。それ故にビークイーンは彼を無視して好戦的な二人を挑発し、一瞬の隙をついて一番弱そうなピンクガンナーから始末するつもりだった。

 だがビークイーンは油断していたのだ。能力も分からぬ相手をただ立っているだけだと決めつけて無視をして、その結果拘束されてしまったからだ。

「早くしろ。長くは持たないし次拘束する狙いを定めるのも難しい」

 ブラックガードナーは手にした盾の宝石を不気味に輝かせながら、微動だにせず静かにそう言う。

 恐らく彼も相手を拘束している間は動けないのだろう。自分が相手を拘束している間は動けないなど、一対一ならば何の役にも立たない間抜けな能力だ。

 あくまで一対一ならばだが。

「くらいなさい! ムーンショット!」

 ムーンオブブルーが技名を叫びながら矢を放つ。その矢はビークイーンに突き刺さる直前に何十本にも分かれ、その全てがビークイーンへと突き刺さった。

「ガハァ・・・・・・・! 刺されるのは、新鮮ね・・・・・・」

 あまり感じた事が無い冷たい金属が体に突き刺さる激痛に、ビークイーンは体を震わせる。

 サボテンのように突き刺さった矢は強靭な装甲を持つがゆえに、ビークイーンの体を完全に突き抜ける事は無かったが、それ故に肉体に付き立っており抜く事が難しくなっていた。

「まだ終わんねえ! 雷電一閃!」

 だがヒーローたちの追撃は終わらない。

 今度はイエローランサーが槍を構える。その槍の穂先に稲妻が迸りビークイーンへと突き立てられた。

「この・・・・・・・」

 せめてもの抵抗と僅かに体を捻ったがゆえに槍はビークイーンの急所をつらぬく事は無かった。だがイエローランサーの持つ槍の威力はムーンオブブルーの弓よりも遥かに高く、ビークイーンの体を容易く貫いた。

「がぁぁぁぁぁぁああああ・・・・・・・・・・・」

 響き渡るビークイーンの絶叫。だがそれも直ぐに弱弱しい声へと変わっていく。

「決まったぜ!」

 イエローランサーはカッコつけて槍を引き抜く。そして素早く後ろへと下がった。

「トドメです! ワイルドシュート!」

 空中で拘束された状態で動かなくなったビークイーンへとピンクガンナーの銃口が向けられる。その先端にはビームの様な何かが集約されており、見て分かりやすい破壊力が込められている。

「ピンク! 横だ!」

「え・・・・?」

 ブラックガードナーは突如として呼びかける。それに気を取られて横を向いたピンクガンナーに、ビークイーンによって気絶させられていた筈の教師たちが飛びかかってきた。

「ちょっと先生方! やめてください・・・・・」

 銃口に集約されたエネルギーを逃しながら、ピンクガンナーはなるべく教師たちを傷つけないように薙ぎ払う。

 だがそれによって倒されても直ぐに教師たちは立ちあがり、ピンクガンナーに飛びかかっていった。

「ブラックお願いします!」

「任せろ!」

 手に負えなくなったピンクガンナーはブラックガードナーを頼った。頼られたブラックガードナーは盾を教師たちに向けて、教師たちの動きを拘束した。

 だがそれによりビークイーンのを空中で拘束していた力が消えて、ビークイーンは地面に落ちる。

「はあ・・はあ・・・・・・。漸く、動けるわ・・・・・」

 ドクドクと血を流し全身に矢が突き刺さった痛々しい姿でビークイーンは膝をつき起き上がる。

 だがそんな彼女を嘲笑うかのごとくヒーロー達は手にした武器を向けた。

「あんた馬鹿ね。大人しくしてれば苦しまずにすんだのに!」

「もう一度雷電一閃を叩きこんでやるぜ!」

「今の人たちを操ったのは貴方ですね!? 許せません!」

「・・・・・・早くしてくれ。結界を維持するのは厳しい・・・・・」

 二人ほど悪役の様なセリフを言っているのがいるが、ビークイーンが絶体絶命である事には変わりがない。

 だがビークイーンにはまだ最後の切り札があった。

「苦しむのは、貴方達よ!」

 妖艶な声でビークイーンは叫ぶ。と同時にイエローランサーは苦しみ出した。

「がはぁ・・・・・。なんだ、これは・・・・・・」

 頭を抱えてイエローランサーは苦しんでいる。だが同時にビークイーンも内心で大きく焦っていた。

(どうして、命令が行きあたらないの・・・・・・)

 ビークイーンは今校内と学校に近くにいる毒を仕込んだ全ての人間に、屋上へと集まってヒーロー達を攻撃するように命じたのだ。

 そして混乱したヒーロー達をトロイの木馬であるイエローランサーを使って倒せばいいと思っていた。

 だがそれをしても起きるのは毒を仕込んだイエローランサーが苦しむだけであり、それ以外には何も起きてはいない。まるでビークイーンの命令が届いていないかの様にだ。

「まさか!」

 ハッとなってビークイーンは叫んだ。例の人間には聞こえない周波数の音を出して学校に近くに控えている南部に助けを求めたのだ。

 だがどれだけ大きな声で叫んでも、一向に返事は返ってこない。ビークイーンの必死の助けを無視するなど、南部にとってあり得ない事であるとビークイーンは分かっていた。

(やられた。結界。そう、結界ね・・・・・)

 先ほどブラックガードナーが僅かに呟いた言葉を思い出してビークイーンは苦虫を噛み潰していた。最初から彼女はブラックガードナーの結界に閉じ込められていたのである。それ故に結界の外にいる人間には命令が効かないし、声も届かない。最後の切り札だったイエローランサーも毒の量が少なすぎたがゆえに完全にはコントロールできていない状態である。

 彼女は完全に手詰まりだった。

「よくも伸治を! 許さない!」

 ブルーオブムーンは激昂して膝をついているビークイーンの頭に弓を向ける。

 この至近距離で矢を喰らっていはさすがのビークイーンとて一たまりも無いだろう。

「・・・・・・・私も終わりか。あっけないな・・・・・・」

 力なくビークイーンは目をつむった。自分を殺す存在の顔を見ない事を最後の抵抗としたのである。

「冥土の土産に良い事を教えてあげるわ」

 だがそんなビークイーンの態度に気を良くしたのか、ムーンオブブルーは調子に乗って要らぬ事まで喋り出してしまった。

「優斗の姿がさっきから見えないでしょ? 彼の正体はレッドサーベル。最強の格闘戦能力を持つ戦士で貴方に叩きつけられる直前に変身していたのよ」

 ぺらぺらと、虫の息の相手を前にして種明かしをしていく事は鉄板の死亡フラグなのだが、それにすらムーンオブブルーは気付いていないようである。

「この学校そのものに結界が貼られているから、私たちが指定した奴とその近くにいるのを除いた普通の人間たちは皆、無意識の内に外に押し出されてしまっているのよ。そして結界の中からはいっさいの情報が外に伝わらない。だからどれだけ暴れても問題ないし、イリーガルは仲間を呼ぶことも逃げる事も出来ない。ただ倒されるだけよ」

 ビークイーンが予測した事は正しかった。やはりブラックガードナーによって張られた結界によって少女の能力が外に伝わる事が無かったのだ。

「優斗はね、さっきのお礼をするために貴方の婚約者の所に向かったのよ。有田がイリーガルだって事は分かりきっているし、きっと今頃優斗に殺されているでしょうね」

 殺される。その言葉を楽しそうムーンオブブルーは口にした。

 だがそれを聞いて本当に笑ったのはビークイーンである。

「はははははは!」

「何がおかしいの!? あんたもあんたの婚約者もこれから死ぬのよ! 気でも狂ったのかしら!?」

 ムーンオブブルーはビークイーンの態度が気に食わないのか、番えた矢をビークイーンに向けて放った。

 だがその矢をビークイーンは素手で受け止める。

「何!?」

「教えてあげるわ。追い詰められているのは私じゃない・・・・・」

 立ちあがりビークイーンは4人のヒーローたちを睨む。その動きは力強く、先ほどまでとは打って変わったようだ。

「貴方たちよ!」

 ビークイーンがそう言いきるのと、結界が砕かれるの、そして右腕を失った何かが屋上へと跳ね上げらるのは同じタイミングだった。






 

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