20
「さて、それじゃあ何から話そうかな?」
久しぶりの様でそうでもない自宅の自室にて、床に座って胡坐をかく金太は少し悩んだような表情で口を開く。
金太の部屋は今朝と全く同じ状態、床には大きな穴が地面にまで開いており、壁は粉々に砕かれたままである。
そこに金太と少女、そして金太の両親の四人が床に座る形で向かい合っているのだ。
少女は既にビークイーンの姿から美しい少女の姿に戻っており、上品に床に腰をおろしておいる。
「とりあえず私はまだ、何も言わないわ。貴方の好きにしなさい金太」
いつも通りの平坦な声で少女はそれだけ言うと、上品な澄まし顔をする。だがその目線は金太の両親を睨んでおり、いつでも行動を起こせる状態にあった。
((・・・・・空気が重い))
そう感じたのは金太の父と母である。
母は今朝化け物と化した息子を見て気を失い、残された破壊の痕跡からそれが夢ではないと悟って、父に連絡し相談した。父はそれを聞いて急いで帰還、人間には出来ないような破壊の痕跡を見て母の言葉が虚言ではないと納得するしかなかった。
だがそこから先の行動が取れずにいた。化け物となった息子の行方は知れないし、何よりも息子が化け物になるなどという前代未聞の状態に、適切な行動の手本が存在している訳が無いからである。
警察に連絡するべきかしないべきなのか、二人は何時間も思い悩んでいた。それこそ飯を食べるのも忘れるほどにである。
それほど神経質になっていた二人だからこそ、いつもは許せる筈の騒音にも目をつぶる事が出来ずに、父は注意のために家から出た。そう、出てしまったのだ。
父が家を出た事でッ一つの良い事と二つの悪い事が起きた。
良い事は行方不明の息子が帰ってきた事。悪い事は息子が化け物になった事が夢ではなく、まぎれもない事実であった事である。それに加えてもう一つ、化け物となった息子が父親に逆らいあろうことか仲間まで連れて、殺意すら向けてくるのだから、良い事と悪い事二つのバランスが釣り合っていないにも程があるだろう。
「・・・・・どうするのよ貴方」
小声でかつ枯れた声で母は呟く。
父はそれに小声で答えようとするが、言葉を発することが出来なかった。
「おかしいな~? 最初に言ったでしょ、僕が許可した時以外は一言も言葉を口に出すなって」
中央に大穴が空いたYシャツに覆われた金太の上半身、服装がおかしい所以外は人間と変わらなかった筈の彼の体の中で、右腕のみが醜く卑猥な肉の塊へと変化したからだ。
変化した腕はそれ自体が独立した意思を有している生物であるかのように蠢くと共に伸び、母の目の前数ミリの距離にまで迫っている。
生物と思えないほどに醜い腕と、指先に付いた口から覗く鋭い牙が、父と母にそれ以上の言葉を紡ぐ事を出来なくしていた。
「僕はね、すごく耳がいいんだ。あんたらが少しでも気分を害する事を口にすれば、全部聞こえてしまうほどにね。だからさ、こそこそ話もしない方が良いと思うよ?」
まあしてもいいけど、その時は自己責任でねと笑いながら金太はそう言った。
既に彼は両親に牙を向けるという行為へのためらいの一切を消してしまっている。殺しはしないだろうがそれでも何をしでかすかは分からない状況であった。
「「・・・・・・・・」」
故に両親はただ黙って頷くことしかできない。親と息子、本来その両者の間にある筈の力関係は既に崩壊、いや逆転してしまっているのだ。
「いや~、二人とも物わかりが良くて助かりますよ」
「そうね、羨ましいわ」
金太と少女の二人は、年長者二人の心情などまるで意に介していない様子で軽口を叩いている。
「とりあえず金太。その物騒な腕は戻したら? 人間の二人には刺激が強すぎるわ」
「そんな酷いですよボス。ボスにまで貶された自分でもこの体に自信を持てなくなるじゃないですか」
「別に貶していないわよ。むしろなんの変哲もないゴミの様な人間の体よりも全然いい。理解できない人間たちに晒すには惜しいから戻しなさいと言っているの」
少女の言葉には一切の世辞の様な感情が含まれていない。金太にとってはこれ以上ないほどに嬉しい事である。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて金太は腕を戻すように自分の体に命令した。
と同時に彼の醜く膨張していた腕は肉と肉とが喰らいあうように蠢きあい、圧縮されて引き締まっていく。
「ははは、すっきりした」
あっという間に金太の腕は人間のそれと変わらぬ姿に戻り、母の目の前の視界を奪う事も無くなっていた。
軽く右手を振り、握ったり開いたりを繰り返した金太は、目的の話を始める事にした。
「さてと、とりあえず初めに言わせてもらうけど。僕が何者でありどういった存在なのか、それは僕にも分からない」
何も知らない第三者からすればふざけているとしか聞こえない言葉だが、嘘は言っていない。
結局自分自身がどのような存在なのか、詳しい事は何一つとして分かっていないからだ。
「「・・・・・・・・・」」
父と母は、神妙な顔でそれを聞き顔を顰めるだけである。
「でも分かっている事もあるんだ。僕は間違いなく昨日までは有田金太という人間であり、今日目が覚めたら化け物になっていた。そして今も僕の中身は一様有田金太である。それは事実だよ」
自身を持った声で金太は自分自身が有田金太であると宣言する。だが其の言葉を納得させるには、すでに両親に疑念と敵対の感情を抱かせすぎていた。
「「・・・・・・・」」
二人は神妙な顔つきを不快なそれに変えて下を向いている。言葉を禁じられたゆえに行動で意思を示しているのである。
「ははは。まあ納得は出来ないよね。でも事実なんだから仕方がない」
両親の反応を予想で来ていた金太は、特に何をするでもなく話を続けていく。
「僕が逃げた理由は簡単さ。二人が化け物になった僕を見て嫌悪して、敵になる事が怖かったんだ。考えてみてよ、ウザったくても親は親なんだよ。それに敵意をマジマジと向けられたら男子高校生のハートなんて簡単にブロークンさ」
英語と洒落を交えながら金太は面白おかしく話していくが、言っている事は非常に重く真剣である。
「「・・・・・・・・」」
両親の顔にも僅かながらの罪悪感が浮かんでおり、それを見た金太に快感に近い何かを与える事となった。
「それでだよ、とりあえず逃げ出したんだけど行くあても無くさ迷って、心が逝かれそうになっていた僕を助けてくれたのがボスとその仲間たち、パンドラなんだ」
パンドラ、聞きなれない言葉に両親は首をかしげる。
それを見た少女は済ました顔で閉じていた口を動かして、自分たちについての説明を始める事にした。
「パンドラとはこの世界に潜む怪人たちによって構成される悪の組織にして怪人の種族名よ。行動目的は怪人の力を有効活用して、よりよい生活を送る事かしらね?」
パンドラについての大まかな説明を終えた少女は、証拠を見せるために変身する。
「これでどうかしら? 素敵な姿でしょ?」
蜂を模した鎧に覆われた怪人、ビークイーンの姿となった少女は妖艶な声で囁き艶めかしく動いた。
「・・・・・・・・!」
先ほどそれを見せつけられた父はまだ姿勢を保てていたが、始めてみる母は違う。驚愕のあまり腰を抜かし、ひっくり返ってしまった。
「あらあら、間抜けで醜いおばさんだ事。そのまま沈んでくれないかしら?」
妖艶で艶めかしい声で意地の悪い事を口にするビークイーン。だがそんな彼女を悲劇が襲う。
「あら、何だか床が・・・・・・」
気付いた時には既に遅い。金太によって大穴をあけられて骨組みを溶かされた部屋の床は遥かに脆くなっていたのだ。
無論人間ならば問題ないが、それとは比べ物にならないほど重い怪人ならばどうなるだろうか?
「・・・・・・・・ずいぶんとふざけた床ね」
ビークイーンの重さに耐えられなかった床は崩壊し、彼女は地面に埋まる事となった。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
金太とその両親の三人とも、必死で笑いを堪えている。
それを見たビークイーンはやはり親子なのだと感じつつも、激しい怒りを感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死ね」
とりあえず人間にぶつければこれ以上話を聞かせる事も出来ずに死んでしまうので、ぶつけても死なない金太に怒りをぶつける事にした。
「酷いですよボス! 今日何度目だと思ってるんですか!」
本日何度目か数える事も出来ないほどに多く貫かれている金太だが、とりあえずその回数に一つ付けくわえられる事となった。
だが少女はまるで知らないと言った顔で人間の姿に戻ると、何事も無かったかのように澄まし顔で元いた場所の近くに座っている。
どうやら今の事はなった事にしているのだろう。金太はそれを悟って話を続ける事にした。
「説明は異常で良いですかボス? 話を続けますね」
「どうぞ」
少女は平坦な声で呟く。金太は言われた通りに話を続ける事にした。
「「・・・・・・・・・・・・」」
両親は金太と少女のあまりにも突飛すぎる行動の数々に、頭の処理が追い付いていなかったが、金太は気にせず話を続けていく。
「でだけど、僕はパンドラに入ったんだ。ボスのおかげでこの体にもある程度の折り合いが付けられたし、せっかくの力をうまく利用して世の中の金持ちや政治家、威張っている連中の足元をすくって楽な生活がしたかったからね」
あまりにも身勝手で危険な動機を述べる金太だが、咎める者は誰もいないし咎められる存在もいない。
「「・・・・・・・・・」」
両親は恐れて何も言えないからだ。
「・・・・・・・(グッ!)」
少女は金太の内心、言葉の裏に隠された本心を察してサムズアップをしただけである。もっと別の理由、少女を信じたが故に仲間になった事を既に知っているからだ。
金太は軽く頭を下げると、再び話を続けていく。
「僕が戻ってきた理由は二つかな? 僕の気持に折り合いが着いた事と、二人を試す事が理由だよ」
「「・・・・・・・・・」」
二人を試す。それを聞いた両親は疑問に首を傾げると同時に、著しい恐怖を感じた。
試すということは、場合によっては危害を加えられる可能性もあるからだ。
だが金太はそんな二人に考える余裕も与えずに試す内容について述べる。
「試す方法は簡単だよ。二人は僕、怪人すら凌ぐ化け物になった有田金太を息子として受け入れてくれるのかな? それだけを聞きたいからイエスかノーか、好きな方を言ってよ。理由も付けていいからね」
普通に考えればイエスとしか言えないだろう。圧倒的な力を持つ存在を前にして、機嫌を損ねるような事を口にすることなど、自殺行為でしかないからだ。
だが嘘をついても金太には見抜かれてしまえば、どのような事になるかは想像もしたくない。正に二人は極限の選択を付きつけられているのである。
「さあ、発言は許可した。知っている情報は全部言った。あとはご自由にどうぞ」
ヒーローの存在については述べていないが、わざわざ自分たちに敵対する存在について教えるほど金太は愚かではない。故に彼はさらりと嘘を述べている。
だが金太の両親にその嘘を見抜ける程の余裕は無い。
「「・・・・・・・・・・・」」
発言を許可されたにもかかわらず、二人は何も話さない。話せない。
「・・・・・・くそ、どうすれば・・・・・・・」
父は苦虫を噛み潰した顔でぶつぶつと呟くだけである。呟く言葉も言葉になっているのは僅かなので、金太も聞きとる事が出来ずに特に何もしていない。
「・・・・・・どうして、どうしてこうなるのよ!」
だが母は違った。唐突に堪忍袋の緒が切れたかと思うと、後は自分自身の感情で自分自身をどんどんと過熱していき、暴走を始めたのだ。
「私たちが何をしたっていうの! 全部お前の勝手な思い込みじゃないか! それなのに勝手に巻き込んで傷つけて! 身勝手が過ぎるわ!」
どんどんとどんどんと、加熱されている感情を隠そうとせず、思うがままに母は言葉を吐いていく。
金太は今は、それを聞いているだけである。
「お前は金太じゃない! 唯の化け物だ! 二度と親だなんて思うな口にするな、それだけでへどが出るわ! とっとと目の前からきえてちょうだい!」
全ての言いたい事を言いきった母は、落ち着いたのか言葉を納めて一息ついた。
母の顔は付きものが落ちたのかの様にすっきりとしており、とても健康的である。だが彼女は今自分が何をしてしまったのか、全く理解していなかった。
「それが母さんの答えだね?」
静かな、感情のこもっていない声が金太から発せられる。
それは熱く燃えたぎり、余熱を有していた母の感情も一気に冷めさせるほどに冷たかった。
「待て、金太!」
慌てて父がとりつくろうとするが、既に遅い。
「待たないよ父さん。父さんも連帯責任で同意見だと思ってるからね」
金太は顎が裂けた口を見せ、そこから醜い舌を出して笑った。
とても愉快に、そして残虐な笑いである。
「待って金太、今のは本心じゃ・・・・」
「判決、死刑」
母が言い訳をするよりも、金太の言葉は早かった。
あっという間に金太の姿が変わり、醜い化け物となる。その姿はいつも通りの醜いそれだが、激しく膨張を続けており、床を踏み砕き天井すらも圧迫していた。
「バイバイ、僕のオヤタチ」
怯えて何もできない両親に対し、金太は無情に拳を振り下ろす。
人間の姿のままでも鉄の郵便受けを引き剥がし、部屋の壁を粉々に粉砕する怪力を有する金太の拳を喰らえば、人間など跡形も無く粉砕されてしまうだろう。
部屋の出口は金太によって塞がれており、逃げ場も無い。数秒後には血と肉の塊が二つ部屋の中に出来ている筈だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ドウシテ、邪魔するの?」
だが金太の拳は両親を砕く事は無かった。
「そりゃなあ、お前に殺しは早すぎるぜ」
「親殺しなど、新人にさせるわけにはいかないからな」
カミキラーとビートラー、怪人となった南部と印辺が金太の部屋の壁を粉砕して割り込み、金太の拳を止めたのだ。
彼らはまだ薬が抜けきっていないのかぎこちない足取りだが、確かな力で肥大化した金太の拳を受けて止めている。
「ナカマヲ傷つけたくない。サガッテクレ」
醜く裂けた口をゆがめながら、金太はそうつげる。拳に込められた力が緩むことはなく、むしろさらなる力を持って、2体の怪人を圧迫していた。
だがビートラーもカミキラーも引かない。全力全身、出せる限りの力を持って金太に対抗している。
「その台詞、そのまま返すぜ」
「俺たちも半端な覚悟でここに立っているわけではないからな」
二人は引かない。自分たちの力の限界は理解している。金太の力は理解しきれていないが、理解できている部分だけでも二人よりも上だという事は理解できているのにだ。
なぜこの二人がこうまでして金太を止めるのか、金太には分からなかった。
「ドウシテ、そこまでカラダヲ張るの? そんな義理ナイデショ?」
片言が、狂気が混じった声で金太は尋ねる。その声には僅かな迷いも含まれていた。
だがその疑問にビートラーもカミキラーも、一切迷うことなく言いきって見せる。
「「お嬢(姉御)がお前に殺しをさせる事を望んでいないからだ!」」
直後、黄色い閃光が駆け抜けた。
それは巨大化した金太のすぐ傍を絶妙な感覚で通り抜け、部屋の端で縮こまっている金太の両親に直撃する。
「金太は馬鹿ね。わざわざ殺さなくてもこうすれば済む事じゃない」
黄色い閃光の正体はビークイーンである。彼女は両手を針に変化させており、その針の先端は僅かばかり金太の両親の体に突き刺さっている。
ビークイーンは毒を撃ち込んでいる。心を犯し、支配権を奪い取ってしまう、太に並ぶもののない凶悪な毒をである。
「アア・・・・・・そうだったね・・・・・・」
その光景を見た金太は急に毒気が抜けたかのように大人しくなり、肉体がしぼんでいった。
「・・・・・・疲れちゃったよ・・・・・」
煙をあげながら互いを喰らいあった金太の肉体は、人間のそれに戻っている。既に彼の目にも言葉にも殺意は無く、ただ何か虚しさがあるのみである。
「・・・・・・目の前にいるのは金太。金太は俺たちの息子」
「・・・・・・そして私たちはパンドラの奴隷。全てをパンドラのために捧げる・・・・」
彼の目の前ではうつろな表情となった父と母が跪いている。
金太の両親が完全に自分の操り人形になった事を確認したビークイーンは、顔を覆う鎧の下で満面の笑みを浮かべて言うのである。
「言ったでしょ。態度を一変させたら私が操るし、殺す覚悟も殺される覚悟も無いってね」
「そりゃどうも・・・・・・」
安心して力が抜けこれまでの疲れが一気に襲ってくる。金太は眠りの中へと意識を落としていった。