19
「はあ、何だかとてつもなく濃い一日だったけど、最後の最後に大仕事かな・・・・・・」
見知らぬ中年男性、少女の毒によって洗脳された男の運転する車が到着した家の前で、金太は一人ため息をつく。
彼は今日一日だけで何度も死ぬような体験や、望みもしない非現実的な体験をしている。
とりあえず今現状は生きながらえているが、まともな人生を二度と歩めなくなってしまった訳でもある。
だが今回ついたため息はそう言った、あまりにも非現実的な出来事が理由ではない。もっと俗な、年頃の高校生が抱えるありふれた事が原因である。
それでいて金太にとってはそんなありふれた事すらも、非現実的な出来事の影響を受けており現実的な側面も持っているからこそ、とても厄介で鬱陶しいのである。
「どうしたの金太? そんなに暗い顔して?」
少女は分かっているが、ワザとらしく尋ねてくる。
まだ出会って一日も経っていないにも関わらず、金太は少女の平坦な表情と声からそれを読み取ることが出来た。
「・・・・・いや、家に帰りたくない不良君たちの気持ちが分かりましてね。なかなか、ハードです」
軽く笑いながら、しかし内心では笑えない気持ちで金太はそう言った。
「安心しなさい私たちは悪の組織、パンドラ。不良なんて鼻くそ以下なのよ。ハードだなんて気のせいだから」
少女はそう言うが、一日やそこらで内心まで悪の怪人になれる訳がない。既に色々と壊れ出してはいるが、それでもまだ一様金太の心は一般人のそれである。
故に金太は少女のような考え方が出来ないのだ。
「気のせいって。一様今朝早くか昨日の夜中までは一般の人間だったんですから、家族関係を簡単に気のせいには出来ませんよ」
そして金太は再び家を見る。自分が住んでいた筈の、今でも戸籍上は住んでいる筈の家をである。
今金太と少女、南部と印辺のパンドラ怪人四人組は金太の家の前に立っているのだ。
いや、この表現は正しくない。
「「・・・・・・・・」」
「ねえボス、唐突に話題を変えますけどこの二人・・・・・」
「寝かせてあげなさい。起きたらうるさいわ」
正確な事を述べると立っているのは二人だけであり、残りの年長者二人は壁にもたれる形で眠っているからだ。
後の事は全て少女が洗脳した人間たちに任せた上で、未だ眠っている二人を回収。洗脳した人間が運転する車によって、当初の予定通りに金太の家に到着した訳である。
だがヒーローの薬は相当強力だったのか、眠らされて耐性も持っていない二人は依然として眠ったままであった。
「まあボスがそう言うなら・・・・」
大の男二人が重なるようにして眠っている光景に大きな違和感を感じつつも、金太は深く考えない事にした。
それ以上に今の状況がかなり重大な問題だからだ。
「親なんて今の僕にとってはどうにでもできる筈なのに、何で動けないんだろうな~」
先ほどから自分の家を見つめるばかりであり、足を踏み出す事は出来ずにいた。
ある一定の距離まで家に近づくと、人間を遥かに凌ぐ屈強な肉体が鋼鉄以上に固くなり動けなくなってしまうのだ。
「帰りたいけど帰れない心の矛盾、いと辛し。今帰れば確実にやばい事になるよね? どうしようかな?」
気を紛らわせるために詩人にでもなった気分で呟くが、状況は何も変わりはしない。
金太は今朝化け物になった姿を母親に目撃され、母親は気絶してしまったのだ。
それだけならばまだ誤魔化せるが、素手で壁を粉々にした後や、リバースした拍子に床の下の地面にまで大穴を空けてしまったなどの、明らかに人間には出来ない事の証拠まで残っているのである。
しかも既に周囲の日は沈んでおり、道端におかれた電灯には明かりが灯っている。
つまり化け物である事の証拠を残したままの状況で、時間が立ち過ぎてしまったのだ。
十時間近くの時間があれば警察に報告する事も可能である。そしてそれを行動させられるだけの証拠、化け物の破壊の爪痕も揃っているのだ。最悪の場合予想以上の大事になるだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頭が痛い・・・・・・・・」
金太は頭を抱えて蹲った。
事態が大事になる事も恐ろしいが、それ以上に恐れている事がある。
金太は既に有田金太という人間ではない。だが心は有田金太のままだ。
しかし彼を育てた両親からすれば今の金太は息子ではなく、唯の醜い化け物である。最も長い時間を共にしている親から、憎悪の目を向けられるかもしれない可能性。それこそが金太の足を止めている元凶である。
「何へたれてるんだよ僕は・・・・。親は人間、雑魚だぞ・・・・・」
別に両親が好きなわけではない。むしろ最近はウザったく思えてくる事ばかりである。それでも高校生にとってそんな事は当たり前であり、やはり親という存在は大きい。
親に対する負い目と、自分自身の利己的な考え。その二つが頭の中で何度も何度も葛藤を繰り返している後に、金太は一つの結論に至った。
「そうだ! 帰らなければいいんだ! 僕って頭いいね!」
言うと同時に行動する。
金太は180度後ろを向くと、地面を踏み締めて走り出そうと踏み出した。
「あら金太? 敵前逃亡は死刑って知らないの?」
刹那、金太の足元の足元に巨大な針が突き刺さる。太く円錐状の形をした、蜂の様な針がである。
針はアスファルトを軽々しく貫通し、大きな穴というよりも最早クレーターを空けた。
「・・・・・・嫌だな~ボス。そんなの小学生でも知ってる常識じゃないですか」
冷や汗を流しつつ再び180度回転。トータルで360度、体を一蹴させて自宅を目の前にすることになった。
「言っておくけど、私のショットニードルは強力よ。貴方は再び地面か壁に貼り付けにされるわ」
「初耳なんですけどそんな技。てか、味方よりも敵に使ってくださいよ」
「あのヒーローは使うまでもない雑魚、貴方は悪の大幹部クラスの怪人じゃない。出し惜しみはしないわ」
「ははは、どうも・・・・・・」
そんな金太のすぐそばでは、両手を変化させていつでも針を発射できるように構えている少女の姿があった。
もしも金太が再びへたれれば容赦なく、一切のためらいもなく針を発射してくるだろう。これ以上体を突き刺されるのはごめんである。
「とりあえず両親に会うだけは会ってみます。それでもし・・・・」
言いかけた金太は言葉を詰まらせる。金太はまだ人間としての感情を捨てきれてはいない。その捨てきれていない感情がそこから先を言わせまいとしているのだ。
「心配しないで。もしも貴方の両親が態度を一変させるようならば、私が操るから」
「・・・・・ありがとうございます」
そんな金太の心情を察した少女の言葉。金太は静かに礼を言って頭を下げる。
そして静かに深呼吸を一つ。
「よしっ! やってやるか!」
少女の言葉で決心が付いたのか、金太は手を叩き先ほどから踏み出せずにいた足を踏み出すことにした。
「さっきから煩いぞ! 今何時だと思っているんだ!」
だが金太が固まった足を動かす直前に、家の扉が開いた。そして中からは中年の男が飛び出してくる。
「・・・・・父さん」
「金太!」
父を目の前にして、漸く動きだせるようになった筈の金太の体は再び固まってしまった。
「お前、何処に行っていたんが! どれだけ心配したと思う! 学校からも電話は来るし、母さんは訳の分からない事を言うしで大変だったんだぞ! というより何だあの部屋は!? どうしたああなるんだよおい!?」
次々とまくし立てるように金太の父は金太へと掴みかかり、言葉をぶつけていく。
あまりにも暴力的な声に金太は呑まれてしまった。
「・・・・・・それは・・・・・」
僅かに何かを言いそうになるが何も言えない。あまりにも多くの事が起こりすぎたのと、父の態度に呑まれてしまったとで言葉を上手に纏められないのだ。
「ごちゃごちゃ言うな! とりあえず着いてこい! 話はそれからだ!」
そんな金太の態度を不快に感じた父は、乱暴に掴んでいる金太の胸倉を引っ張って家に連れ込もうとする。
「・・・・・・すこし黙れよ」
だがそんな父の態度は、父以上に金太を不快にさせた。
「親に向かって黙れとは何だ!」
父はそう言って金太を引っ張るがびくともしない。
「金太、お前!」
言いかけた父のすぐ下の道路のアスファルトが弾けた。
否、金太が踏み砕く事によって弾けさせたのだ。
「父さん」
「なんだ! 金太!」
静かな言葉の金太と、強気な言葉の父。だがそれは表面上だけの話であり、既に力関係は逆転している。
事実金太はとても穏やかな顔をしているが、父は逆に怯えた表情である。
「僕はあんたと話すつもりは無い。思うがままに僕に話をさせろ。そして感じた事を素直にそのまま言え。それだけしてくれればいいからね。絶対にあんたと母さんは僕が良いと言った時以外は喋るな」
怯えた父を尻目にしながら、静かな声で笑顔で金太は一方的に喋っていく。
だがその静かな声からも、人間ではない何かの気配を感じられた。
「ふざけるな! 相手の話を聞いてこその人と人との話し合いだといつも言ってるだろ! そな事も忘れたのか!?」
父は恐怖を必死に押し殺して反論するが、目じりには涙すら浮かんでいた。
そんな父を内心で嘲笑いながら金太は言葉ではなく、行動で答える。
「残念父さん。僕はもう人じゃないんだ」
自宅を囲っている塀に設置された郵便受けを、鉄でできたそれを素手でもぎ取って握りつぶすという行動でだ。
「何!」
「さらに噛み砕けるんだ」
父親の直ぐ目の前にまで持ってきた鉄の郵便受けを、見せ付けるかの如く金太は噛み砕き、一口で飲みこんでしまった。
その時に口が顎まで裂けて化け物のそれになった事は、金太が人間でないなによりの証拠である。
「・・・・・・・その口は・・・・・」
「分かったでしょ父さん? 僕は既に人間なんて言う下等生物を超えているんだ。対等な話し合い? そんな寝言は僕と同じ化け物になってから言ってよね」
わざと口は化け物の物にしたままで、嘲笑うように金太は言った。
既に心の中にあった両親に対する負い目は消えていた。
金太の心はまだ一様人間のそれが残っているとはいえ、それはとても不安定でありちょっとした事で、それこそ親に怒鳴られる程度の刺激によって容易く崩壊してしまうのだ。
「それじゃ父さん。改めてお願いじゃなかった、殺されたくなかったら僕の言う事を聞いてよね? あと僕が良いと言った時以外は喋らないでよね?」
命令、その単語は父につかっていい言葉ではない。
「お前は、父を殺すのか?」
力ない声で、青ざめた顔で父は尋ねる。
だがその答えは金太自身も分からなかった。自分自身でも自分の体がどのように動き、暴れるのか予測できないからだ。
「さあ? 僕の体はわがままな気分屋だからね。ひょっとしたらそうなるかも?」
と言いつつも、本心ではやはり親を殺したくは無い。少しでも金太の心が残っている限り、けっして両親を手に掛けることは無いだろう。
これはあくまでも駆け引き。だが力あるものと無きもの、その二つの駆け引きでどちらが有利かなど分かりきっているだろう。
「・・・・・・分かった」
父は金太の要求を飲むしかなかった。
泣きそうな顔で金太を見つつ、胸倉を掴んでいた手を離してしまう。
「さすが父さん。男同士だと話が分かるね」
「そうね。でもいい加減、私も会話に入れてくれないかしら?」
ふと親子二人の会話に入ってくる少女の声、いつもと同じで平坦だが心なしか苛立っているように金谷は聞こえる。
「すいませんボス。勿論貴方にも立ち会ってもらいますよ」
「そう。だったら良いわ」
少女は納得したのか、声から苛立ちが消えていた。
「何だ君は? 金太の友達か?」
美しい見た目の少女に若干顔を綻ばせながら、しかしとげとげした声で父は尋ねる。
これから親子での会話をするのだから他人はどこかに行けと、目と言葉に込められた感情はそう言っていた。
「違うわよ、私は」
だがそんな事を気にする少女ではない。
平坦だった表情をわざとらしい、だが美しい笑顔に変えて言い放つ。
「金太の新しい家族よ」
刹那、時間が止まった。
「ちょっと待て金太! どういう事だ! お前彼女が出来たのか!」
新しい家族、それを一般的な意味で解釈した父は金太へと近づきながら尋ねる。
息子が化け物である事の恐怖よりも、これまで恋人一人いなかった筈の、彼女いない歴=年齢の息子に恋人ができたかも知れないということへの好奇心が勝ったからだ。
「え、ちょっと、違うから父さん! ボスはボスで、そんな関係じゃないし、いや、なれたらうれしいんだけど・・・・」
これまでとは打って変わった砕けたような父の態度に、金太も内心親しみを覚えてしまう。いつの間にか心が正常な状態に戻りつつあった。
だがその状態で金太は半分パニックになった状態で、色々とボロを出しながら弁明している。
「・・・・・・はあ。バカばっかりね」
少女はそんな二人を呆れた様子でみているが、ついに面倒くさくなったのか行動に移る事にした。
「家族というのはそう言った意味じゃないわ」
二人の間に割り入った少女の声は、どこか妖艶であった。
「まさか、ボス」
金太はこれから起きる事が予想できた。
そしてその予想は現実となる。
「始めまして、有田金太の父。いえ、元有田金太の父。私はビークイーン、悪の組織パンドラの首領よ」
少女は軽く腕を振ると変身し、艶めかしく妖艶な声でそう言った。
金太はその艶めかしい声に自分の中の獣が蠢くのを感じていた。
「ばっ、ばけ、ばけ、化け物・・・・・・・」
だが人間である父はそうもいかない。
先ほどまでの若干砕けた態度から一変して、怯えきった様子で腰を抜かし動けなくなってしまっている。
美しい少女が突如として一変、特撮の世界から出てきたような怪人となったのだから無理もないのだが。
「失礼なおっさんね。こんなに美しい私を化け物だなんて」
ビークイーンはふざけて怒っているような演技をしつつ、右腕を針に変化させて父の目の前に突きつける。
「私も金太と同じ人間じゃない化け物なのよ? それで金太は私の部下、立ちあう理由は十分じゃないかしら?」
「・・・・・・・・はい。そうです」
目の前に迫った凶器にすっかり縮こまった父は、情けなく少女の言葉を肯定するしかなかった。
そんな父の態度に金太はすっかり興ざめしてしまう。
「あ~あ。情けないの」
言いながら金太は自宅へと入っていった。
「ふふふ、お邪魔します」
ビークイーンもまた、怪人の姿のまま左手で父を引きずりながら金太の家へと入っていく。
「・・・・・・・・なあ母さん。お互い夢でも見ているのか?」
引きずられている父は虚ろな表情でそう呟いていた。
こうして全員が家の中へと消えていった。
「「・・・・・・・・・・・」」
依然として眠っており、壁に立てかけられたまま放置されている二人を除いてだが。




