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 コンクリートの屋上を貫く轟音、ビルを襲う圧倒的な衝撃。

 それを生み出した存在は静かに、されど妖艶に囁く。

「・・・・な~んてね」 

 騎士が装備するサーベルを何倍も太く、鋭くした様なビークイーンの左手の針。それがビルの屋上に埋められたヒーローを貫く事は無かった。

 ヒーローの鎧に覆われた肩のすぐ傍、数ミリ横の屋上のみを貫いており、ヒーローには絣もしていないのだ。

 圧倒的なまでに集約された力は余分な破壊を一切生まずに、ビルの屋上に大きな穴を開けているだけであった。

「・・・・どうして殺さないのかい?」

 ヒーローは怯えながら、しかし希望を持った声で尋ねる。

 助かるかも知れないという希望と、なぶり殺しにされるかもしれないという恐怖、その二つが渦巻いているのだ。

 ビークイーンはそんなヒーローを見て愉快そうに笑った。

「ふふふふふ・・・・・。はっはっはっはっはっは! 最高だわ! 最高の気分よ!」

 強靭な鎧に覆われた豊満な肢体を、その固さとは相反するヌメヌメとした動きでビークイーンは蠢かしている。

「うわぁ、凄く良いね・・・・」

 その光景はとても妖艶で、命の危機にひんしている筈のヒーローすら見とれてしまっていた。

「私はね。貴方達野蛮なヒーローのように殺しはしないの。だって優雅じゃないじゃない。そんなことよりもね・・・・」

 仮面に覆われたヒーローの顔のすぐ前に、左手の針を動かしながらビークイーンは言葉を続けていく。

「貴方みたいな高慢ちきで、調子に乗った弱くて遊び半分のヒーローをギリギリまで追いつめて、限界まで追いつめて死以上の屈辱を与える。それって最高じゃない」

 ケラケラとしかし妖艶に、外骨格の兜の直ぐ下で悪魔の様な笑みを浮かべてビークイーンは笑う。

 心なしかヒーローには彼女の表情が透けて見えた。

 そしてそこから来るえも知れぬ恐怖に、心にもない事を口走ってしまう。

「クソっ! 殺せ、殺すんだ! 怪人たちの思い通りにされるくらいなら、死んだ方がましだ!」

 売り言葉に買い言葉的に出てしまった言葉だが、無論彼に死ぬ覚悟などない。

 ただ死という究極の逃避によって、ビークイーンのえも知れぬ恐怖から逃れたかったのだ。

「しまった・・・・」

 ここで冷静になったヒーローは自分の犯した失態に気づいてさらに恐怖を増やした。

 そして恐る恐る、縋る様な目をビークイーンに向けた。

「ガハッ! ひどい・・・・・」

 だがビークイーンが返した答えは暴力だった。

 太く強靭な針がヒーローの顔を横面から殴りつける。

 当然大きなダメージを負ってヒーローはのけ反った。

「あらあら、死ぬだなんて心にもない事を言う奴は嫌いよ」

 屋上に埋まったヒーローの首を掴み、引き抜きながらビークイーンは怒りを込めた口調で喋りを続けていく。

 ヒーローは大きなダメージを負ってはいるが、本来は突く事に特化した針で殴る事を行ったのだから、殺傷力は高くなく致命傷にもなっていない。

 故に不幸にも意識は残っており、ビークイーンの言葉を聞き取れた。

「あぁ、やめて・・・・・」

 体を不自然に蠢かせながら力ない声で、縋るようにヒーローは言葉を発する。

 だが彼が恐れたもの、死は結局彼を襲う事は無かった。

「いい腕時計ね。私も欲しいわ」

 ヒーローという人間そのものには興味が無いかのように、ビークイーンは彼の腕に巻かれた腕時計に注目していた。

 それは派手なデザインをしており、とてもではないが初老の人間には似合わない代物だが、ヒーローにとっての変身アイテムであり狙撃を支える高性能なレーダーでもある。

 ビークイーンはそのだらんと垂れ下がった腕に巻かれた、ヒーローの変身アイテムに顔を近づけているのだ。

「やめてくれ!」

 ヒーローという、強大な力を失うかもしれない事を恐れてヒーローは悲痛な悲鳴を上げる。

 その声は死に直面した時よりも必死だったが、ビークイーンが顔を遠ざける事は無かった。

「貰っちゃうわね」

 囁きかけるようにヒーローの耳元でそう呟き、変身アイテムである腕時計を口でくわえる。

 そしてそのまま強引に引き剥がしてしまう。

「ああ・・・・・・」

 ヒーローが呻いた刹那、ヒーローの体が光に覆われて、直後には人間の姿に戻っていた。

「あらあら、眩しいわね・・・」

 と言いつつビークイーンは目を覆うでもなく人間の姿、初老の喫茶店のマスターに戻った男の首を掴み続けている。

 奪った変身アイテムは既にはき捨てて屋上に叩きつけられていた。

「そんな、返してよ、返してくれよ・・・・・・」

 恐怖と力を奪われた悲しみで、マスターは涙を流しながら懇願している。

 だがその涙はビークイーンの被虐性に油を注ぐだけでしかない。

「そうね~、貴方に二つ選択肢をあげるわ。選ぶ方によってはヒーローの力を失わなくてもいいかも、しれないわよ?」

「本当か!?」

 僅かにもたらされた希望、蜘蛛の糸のようなそれにマスターは一も二もなく食いついてしまった。

 だがビークイーンはそれを予測しており、無茶苦茶な選択肢を突き付けるのである。

「一、貴方は私の毒で洗脳されて奴隷となり、持てる能力の全てをパンドラのために捧げる。そうすればヒーローの力を失わなくてすむわ」

「ふざけるな !誰が怪人なんかの奴隷になるというんだい!? 絶対にごめんだね」

 マスターは即答する。

 だが彼は気付いていない。二択において初めの選択肢を否定してしまうという事は、選べる選択肢が一つしか残っていないという事に。

 そしてそのもう一つの選択肢がどういったものなのか、聞かずに即否定してしまう事がどれだけ愚かな事かという事にだ。

「ああ、そう。じゃあ仕方がないわね・・・・・・」

 既に夕暮れ時、沈みゆく夕陽に照らされて幻想的に輝く装甲の下、ビークイーンは残虐に顔を歪めた。

「二、死になさい」

 直後、ビルの壁を何かがかけ上ってくる。

 それはとてもこの世の生物とは思えぬほどに醜く、卑猥で汚いピンク色をした化け物であった。

 怪人どころではない化け物である。

「おあっ、おまえは・・・・・・」

 それを見た途端、マスターは恐怖のあまり年甲斐もなく漏らしてしまった。

 無理もない、化け物があまりにも醜く恐ろしく。なおかつ先ほどまで自分が一方的に串刺しにして、地面に縫い付けていたのだから。

「汚いわね」

 感情が籠っていない声でビークイーンはマスターを屋上に叩きつける。

「嫌だ、助けてよねえ・・・・・」

 マスターはその激痛に悶える事も忘れて、ひたすらに逃げようとしている。

 だが化け物からは逃れられない。

「ど~こへニゲルノカナ? ヒーロー(笑)サン?」

 指から伸びた触手がマスターの足を捕らえ、引き上げる。

 丁度タロットカードに描かれる吊るされた男のような絵で、マスターは身動きが取れなくなってしまった。

「待て待て待て待て! 待ってよ! 落ち着いて話し合おうじゃないか!?」

「それはどうかな? お前はこれから食べる鳥や豚と話したりするの?」

 化け物の言葉は的を射ていた。

 化け物にとってマスターは既に敵ではない。皿の上に置かれた食べられる寸前の料理である。

 化け物、ヤージュはマスターに見せ付けるように大きく口を開き、そして醜く蠢く舌を出してマスターを舐めた。

「美味しそうじゃないけど、腹はフクレルカナー?」

 ヒーローから受けたダメージによって、ヤージュは既に暴走寸前だった。あれ程殺す事に抵抗を持っていたのに、その抵抗が完全に消えているからである。

「お願いします、助けて下さい・・・・・・」

 マスターは吊るされた状態で泣きながら懇願した。

 ビークイーンではなく、ヤージュという醜く恐ろしい。しかも自分が傷つけまくった存在に殺されるのだから、どれほどの苦痛が与えられるのか想像したくもないのだろう。

「ヤージュは恐ろしいわよ。何といっても既にヒーローを一匹食い殺す、いえ惨殺しているのだからね」

 さらなる恐怖を呼び起こす為に、ビークイーンは今朝目撃した殺戮の光景について語り始めた。

 銀行内で行われた一方的な惨殺劇をである。妖艶な声はかえって恐怖を増加させた。

「ヒーローはありとあらゆる武器を使って抵抗したのだけれど、ヤージュに傷一つ付けられずに手を肩から食いちぎられたわ」

「肩を、食いちぎる・・・・・」

「ええ、そして首を食いちぎられて死んじゃうの。その時の悲鳴は最高だったわ」

 滑稽とした表情でビークイーンは語り終え、そして左手の針をマスターの目の前に付きつける。

「改めてチャンスをあげるわ。奴隷になるかヤージュに食い殺されるか、お好きな方をどうぞ?」

「僕のお勧めは後者かな。ボクニトッテはトクダカラネ」

 ヤージュとビークイーン二人はとても愉快そうに笑っている。

「・・・・・・・・」

 マスターはただ静かに無言で考えている。

 そして結論を出したのか、目を開いて言葉を発した。

「・・・・奴隷に、なります」

「そう、じゃあよろしくね」

 直後、ビークイーンの口からスズメバチが放たれる。

 そしてそのスズメバチはマスターの頭に止まって針を突き立てた。

「もういいわヤージュ。解放しなさい」

「了解ボス」

 ヤージュは触手を緩めて、吊るしていたマスターを解放した。

「ファーストミッション、私たちが逃げ切るまで貴方の能力を使ってこの町の全ての住人、および入ってくる人間を全て眠らせなさい」

 そしてビークイーンは屋上に投げ捨てていた変身アイテムを、マスターに拾わせた。

「畏まりましたビークイーン様」

 その言葉に一切逆らわずに恭しく頭を下げてマスターは応じる。

 直後に腕時計を拾い、そして変身した。

「チャンとしないと食べちゃうよ?」

「分かっています」

 ヤージュのヤジに恐れるでもなく、マスターは頭を下げて命令された事を実行に移すのだった。








「やっぱりえげつないですよねボスの能力」

 人間の姿に戻ったヤージュ、ではなく有田金太は命令されるがままに薬を撒いているヒーローを尻目にそう呟く。

「あら、そうかしら。貴方程でもないでしょう?」

 同じく人間の姿に戻った少女は無感情な声でそれに答えた。

 だが金太は思うのだ。自分よりも少女の能力の方が遥かに恐ろしいと。

「どんな人間でも、撃ち込むだけで完全に思い通りに操れる毒。しかも遠隔操作で注入可能とかチートすぎますよ」

「それもただ操るんじゃなくて思考そのものを毒で染める。いつもは普通だけど思考が完全に私よりの物となって、命令に従う事も奴隷である事にも一切の疑問を抱かなくなる。しかもいつもは普通に動き生活をしているから先ず他の人が見ても洗脳されているとは気がつかないのよ」

「緊急時には意識を強制的にハックして、好きな様に駒にも出来るんですよね」

「ええ、とても便利よ」

 二人が行った何気ない会話。それは少女の持つ恐るべき能力の全てを物語っていた。

 人間の体のみならず、心まで完全に犯しつくしてしまう毒。それこそが少女の能力なのだ。

 これを用いることによって少女は自分自身の駒を好きなだけ生み出す事が可能となる。

 そしてそれらの駒はありとあらゆる町に潜んでおりいつもは普通に暮らしている。そのため他の人が見ても違和感は無いが、一度少女に命令されれば命を捨てる事すら厭わなくなるのである。

 その駒と毒を使う事によって少女は銀行における、怪人たちの痕跡を消す事もしたし、国家権力たる警察をタクシー代わりに利用する事も出来たのだ。そして今回は以前に毒を撃ち込んでいたこの町の住人を利用して、ヒーローの足止めをさせたのである。

 怪人や化け物には通じないとはいえ、余りにも強力で凶悪な事に違いは無い。

「とは言っても、南部さんも同じ事が出来ますしそんなにレアでもないんじゃ・・・・」

 言いかけた金太の腹に少女の左の拳が突き刺さる。

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も・・・・・」

 腹を抱えて蹲りながらも、金太はある事に気がついた。

「右手、大丈夫ですか?」

「心配ないわ。直ぐに治るわよ」

 僅かに笑みを浮かべて少女はブランと下がった右腕を動かして見せた。

 あれほどの衝撃を受けて、既に動かせるだけ回復しているのだから心配は無いだろう。金太はそう思った。

「それよりとっとと逃げるわよ。何時までもこんなショボイ町に居たくないわ」

「ですね」

 金太が同意すると、少女は自分の周囲に倒れている人間たち、いや毒で洗脳した人形に命令を下していく。 

「とりあえず貴方達の内一人は車を出しなさい。残りはこの町にいる全ての駒と一緒に私たちの正体がばれる証拠の抹消。あと重症者は病院に行きなさい」

 手早く単純な内容の命令ばかりだが、少女の駒である人間たちはそれに一言の不満を言うでもなく素直に従っていく。

 全員がロボットの様に起き上がって、命令通りに動き始めた。

「ほえ~。凄いですね。世界征服も出来るんじゃないですか?」

「興味ないわねそんなこと。めんどくさいにも程があるわ。人間なんて征服する価値もないじゃない」

「ですよね~」

「それにね、全てが私の思い通りに動く感情がない人形だなんてつまらないと思わないかしら?

「かもしれませんね」

 そんな人間たちを尻目に、二人は笑う。

 ひとしきり笑い終えた後まだ眠っている二人の仲間を連れるために、喫茶店に戻る事にした。







「そう言えばボス?」

「どうしたのかしら金太?」

「どうしてボスはあの時目が覚めたのですか?」

「ああ、それ。私は毒を使うから薬の効き目が薄かったみたいなのよね」

「なるほど」

「それに私は寝つきが悪くて、直ぐに目が覚めちゃうのよ」

「今回はそれに感謝しますね」

「そうしなさい。後貴方はどうやって地面に縫い付けられた状態から脱出したの?」

「ええと先ず力の起点を自分ではなく矢の方にして、後は全身をゼリーやスライムみたいにイメージしながら滑らたら抜け出せました」

「ふーん。発想力はあるみたいね」

「どうも」

 何気ない会話を続けながら二人は喫茶店への道を歩いていく。

 その姿はとても親密なように見えた。

 

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