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「・・・・さて、どうしようかな?」

 高いビルの屋上にて、ヒーローは再び頭を抱えていた。

 これまで数多くの怪人たちと闘い、勝利してきたヒーローではあるが、今闘っている化け物は余りにも規格外であり、有効打が見つからないのだ。

 実際、全身の原型がなくなる程に矢で貫いても化け物は生きている。

 ヒーローの仮面によって圧倒的に強化された視力は、その事実をヒーローに教えていた。

「くそ、速くしないとだめなんだけどな~・・・・」

 仮面の下でヒーローは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 一見ヒーローが有利な状態ではあるが、時間制限付きで人間たちが目覚めた時点で引き分けになってしまう。さらにヒーローには化け物を確実に殺せる武器が無い。これらを顧みた際に、追う側であるヒーロー以上に逃げる側にいる化け物の方が有利なのは明らかである。

 さらに言えば化け物は一人ではないのだ。眠りに付いているとは言え、まだ三人の仲間がいる。もしも彼らが目覚めてしまえば一気に形勢は逆転、ヒーローが一方的にやられる可能性もあるのだ。

 尤も、自分自身の能力に自信を持っているヒーローからすれば、途中で眠らせた存在が目を覚ますなど、まず考えられないのだが。

「とりあえず、仲間から殺そうかな?」

 しかしそれはあくまでヒーローの憶測でしかない。具体的な確証は存在していないのだ。

 故にヒーローは目標を変える。地面に縫い付けられて動けなくなっている化け物ではなく、自分が経営している喫茶店の中で、外で起きている戦いを知らずに眠っている化け物の仲間たちへと。

「ボウガンは良いよね~。鉄砲と違って弾が見やすいから完全に相手に当たったのかも分かるし、刀みたいに下手に近づかなくてもいい」

 言いながら、ヒーローは左手を翳して巨大な矢を生み出す。狙うのは三人のうちだれでもいい。化け物の体を貫いたのと同じ巨大な矢を放つのだから、確実に一人は殺せるだろう。

 さらにヒーローは矢の先を左手で握りしめ、薬を塗りつけた。

「死ぬから関係はないよね。でも念のためさ」

 ヒーローは用心深いのだ。用心深くなくてはスナイパーの様な闘い方は出来ないからだ。

 そしてヒーローは矢をボウガンに番え、狙いを喫茶店で眠っている三人の怪人たちに変える。

「何人殺せるか、楽しみだな~」

 狙うのは怪人であり人間ではない。殺してもいい存在だ。更に自分は数キロ離れた地点から一方的に攻撃ができ、攻撃を受ける恐れは無い。

 今まさに、ヒーローはゲームを楽しんでいるかのような気持ちだった。

 後は軽く引き金を引く、それだけで良いのだ。

「ジ、エンド。仲間の化け物も直ぐに送ってあげるよ」

 動くものが自分しかいない街中で、仮面に覆われた顔を歪めながらヒーローはボウガンの引き金を引いた。






「・・・・・・・・そんな、嘘だろ・・・・・・」

 仮面を通して写される映像には、放たれた矢によって体を貫かれ無様に息絶える怪人たちが映っている筈であった。

 だがしかし、現状にて写される映像は違う。

「なんで、動けるんだよ。僕の、薬を盛られたのに・・・・・・」

 ヒーローによって放たれた巨大な矢が、蜂を模した怪人の針によって逆に貫かれているのだ。



「痛いわね」

 妖艶な声で、一言だけビークイーンは呟いた。

 彼女の右手が変化した針は、間一髪のところで巨大な矢を打ち砕いた。だがそれは容易い事ではなく、彼女の針もまたヒビに覆われてボロボロであり、何よりも全身を駆け巡った衝撃によって大きなダメージを受けてしまったのだ。

「・・・・・右手は動かないわね」

 だらんと下がった右手を見て、ビークイーンは忌々しげに呟く。

 刹那に再び矢が襲いかかってきた。

「危ないわねもう!」

 しかしその矢はビークイーンには当たらない。

 元々虫がモチーフであるがゆえに、バイザー状の目は複眼と同じく幅広い視界を持っており飛んでくる矢を認識できるからだ。

 更に彼女は機動力のみであれば化け物よりも遥かに上である。一発のみの矢を避けることなど造作もない。

「ずいぶんと愉快な事になってるわねヤージュ」

 崩れた店の壁から外に出たビークイーンは、目の前で地面に縫い付けられている化け物、ヤージュを見下ろしながら笑った。

 そんな最中でも彼女は飛んでくる矢を回避してみせている。

「・・・・・・そんな事言わないでくださいよボス。僕が戦わなかったら本当に殺されてたかもしれなかったんですよ」

 そんなビークイーンの態度が少し気に障ったのか、ヤージュは口に刺さっていた矢を噛み砕き、若干の嫌味をこめてそう言った。

 だが直後に再び矢が口に突き刺さり、喋る事を阻害されてしまう。

「アガ・・・・・あのやろ・・・・・」

 うめき声に恨みをこめてヤージュは言葉を発しようとするが、それを遮るようにビークイーンが囁く。

「後は任せなさいヤージュ」

 口に大きな矢を生やしたヤージュを尻目に、ビークイーンは矢が飛んできた方向を向いて叫んだ。

「聞きなさいヒーロー、いや臆病者! 貴方は私たち子供に恐れをなして遠くからしか攻撃できない臆病者よ! でも大丈夫、そんな臆病者のために私が近づいていってあげるから、貴方は動かなくていい! じっと怯えて震えていれば一撃で楽にしてあげるわ!」

 刹那、彼女の声を打ち消していくかのように次々と矢が放たれていく。

 だがその全てをビークイーンは避けて見せた。

「こっちよこっち、ノーコンなスナイパーだこと!」

 わざと大きな声で叫びながら、建物の間と間を縫うようにしてビークイーンは飛んでいく。

 そんな彼女の後を追うようにして矢は放たれていた。








「くそ! ちょこまかと動くな」

 スイスイと建物の間を縫うようにして動く蜂型怪人に、ヒーローは憎たらしげに矢を放っていく。だが其れは当たる事が無い、全て避けられてしまうのだ。

 さらに悪い事に矢をよけながらではあるので遠回りではあるが、確実に蜂型怪人はヒーローへと近づいてきている。

 その事実はヒーローを焦らせるには十分だった。

「くそっ、こんなことなら高速で動く的に当てる練習もしとけばよかったよ!」

 今になって後悔するが既に遅い。ヒーローが戦ってきた怪人たちの中で、飛行能力を有している個体は少なくないが蜂型怪人ほどのスピードを持った怪人はおらず、あてる事が出来ないのだ。

 だがしかし、彼には既に矢を撃つ以外に対処する方法が無い。

 なまじボウガンなどと言う鉄砲よりも遥かに弾が大きい得物を使っているが故に、蜂型怪人にとって避ける事も容易いのだが、彼にはそれ以外の武器が無いのだ。

「これならどうだ!」

 やけくそ気味にヒーローは五本の矢を一度に番えて放った。

 だがそれすら蜂型怪人は大きく8の字を描く事によって避けてしまうのである。

「何で薬が効かないんだよ! おかしいだろ!」

 口調が崩れている事も厭わず、ヒーローは叫ぶ。

 先ほどまで自分が優勢だった状況にも関わらず、蜂型怪人が目覚めた事によってすべては逆転してしまったのだ。それは正にヒーローが恐れていた状況であった。

 今もなお彼の指先は催眠効果を持った薬を霧状にして散布し続けている筈である、だというのになぜか蜂型怪人は眠っていないのだ。

「くそっ、引きどきかな・・・・・・・」

 矢が当てられないと分かった以上、ヒーローは不得意な接近性をやるようなリスクは犯さない。

 すぐさま逃げるように準備を始める。

 だが其れを遮る人影があった。

「なんで人間が動けるんだ!」

 人間である。ヒーローは勿論のこと、怪人たちともまるで接点が無いような人間たち。本当に通行人AやBといった存在である筈のそれが突如として動きだし、ビルの屋上に現れてヒーローに群がりついているのだ。

「どうして動けるんだよ! 人間は全員眠っている筈だろ!」

 ヒーローは叫ぶが人間たちは何も答えない。いや、答えられない。

 そもそも彼らは目覚めてすらいないのだ。まるで夢遊病患者のように、意識とは関係なく体だけを何かによって動かされている様な光景である。

「まさかあの怪人!」

 動かしている主に心当たりが出来た瞬間、ヒーローは力の限り手足を振るい、人間たちを吹き飛ばす。

 だが人間たちは止まらない。骨が折れ、血がでても一向に躊躇うことなくヒーローへと近づいてくるのである。

「そんな、どうして・・・・・・」

 まるでゾンビの群に飲み込まれるような光景に、本格的な恐怖を感じたヒーローは思わず尻込みした。

 そして本能的に後ろへと下がっていく。

 自分よりも遥かに弱い筈の人間に、ヒーローは恐怖しているのだ。



「あら? どこに行くのかしらヒーローさん?」

 そんなヒーローに妖艶な声が掛けられる。

 文字通り上から見下すようにして掛けられた声である。

「お前は!」

 ヒーローは声がした方に矢を射かける。だが当たらない。

「ふふふ、こっちよこっち」

 今度はヒーローの直ぐ後ろから声がした。

「死ね!」

 振り向いてヒーローはボウガンを叩きつける。

 だが今度も何も当たらない。

「・・・・どこにいるんだ?」

 ヒーローは腕に付けたレーダーで敵の位置を探ろうとした。

 だが其れは迂闊な行動であった。

「ここよここ。ここにいるの」

 ビークイーンはヒーローのすぐ後ろに張り付くようにした立っていたのだ。

 そして彼女はヒーローのボウガンを左手の針で打ち砕く。

「何!」

 ヒーローは咄嗟にボウガンを捨てて手を翳し、薬をビークイーンに掛けた。

 だがやはり効果が無い。それを実感したのは直後にビークイーンによってビルの屋上に埋められた時である。

「あらあら? どうしたのかしら? ずいぶんと弱いじゃない」

 左手だけしか使っていないにも関わらず、ヒーローの体を屋上の床を突き破って埋めてしまうだけの力をビークイーンは持っているのだ。この時点でヒーローに勝ち目は無くなってしまった。

「・・・・どうして薬が効かなかったんだい? 君も確かに眠っていた筈なのに?」

 観念したのか、それとも少しで時間を稼ごうとしているのかヒーローは気になっていた事をビークイーンに尋ねる。

 ビークイーンは気を悪くするでもなく、それに答えた。

「そうねぇ? 分からないわ」

 そしてビークイーンは動けずにいるヒーローに左手を振り下ろした。




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