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「あっけないな~。ワンパンでお終いだなんて弱いにも程がありますよ?」
やれやれと首を振りながら金太は愉快そうに笑う。
少し上を見れば天井から二本の足が、先ほど金太が殴り飛ばしたヒーローが天井に突き刺さっている。
同時に金太の体にもヒーローが放ったボウガンの矢が突き刺さっているのだが、痛みを感じていないのか特に気にしてはいない。
「でも、これで終わりじゃないよね」
ふと、金太が呟いた時天井が降ってきた。
いや、正確に言えばヒーローによって砕かれた天井の一部が、金太に向けて叩きつけられたのだ。
「驚いたよ。どうやら君は相当な大物、上級怪人みたいだね」
突き刺さっていた天井そのものを打ち砕き、束縛から解き放たれたヒーローは何事もなかったかの様に華麗に着地して見せる。
しかしかすかに空いている手で殴られた部分を押さえている。金太の攻撃は確かなダメージを与えているのだ。
それ故にヒーローは口では余裕なように言っておきながら、次々とボウガンに矢をつがえては、天井の破片に押しつぶされている金太に向けて放っていた。
「・・・・悪いけど君は確実に倒さないといけないみたいだからね」
淡々と淡々とただひたすらに矢を放っていくヒーロー。周囲にいる人間の全てが眠っているその空間において唯一動いている人影だ。
矢は既に天井の破片を砂塵に変えており、その下にいるであろう金太に直接突き刺さっている状況であった。
「そろそろいいかな? 眠ってくれていれば良いんだけどね」
砂塵に包まれた膨らみが、完全に矢に覆われつくしたその時にヒーローは矢を撃つのを止めボウガンを下ろした。
そして恐る恐るとだが確実に金太に近づいていく。
だが直後、ヒーローは大きく体勢を崩してしまう。
「ウワッ! どうしたのかな?」
咄嗟に足元を見たヒーローは驚愕した。ガンマンのブーツを模した鎧に包まれている右足が、地中から生えた醜い触手のような何かに捕らわれていたからだ。
「クソ! 離せ!」
あまりにも醜悪な触手にまるで捕食されているかの如く、右足が取られている事に嫌悪感と恐怖を覚えた。
ヒーローはボウガンの弓の部分を折りたたみ変形させる。丁度外側の曲線の部分が刃となっている弓が先端に付き出して、銃剣のようである。そしてその刃の部分を用いて足を捕らえている触手を切り裂こうとした。
「油断大敵だ!」
だが直後、砂塵を吹き飛ばし現れた化け物によって、繰り出されたタックルにより吹き飛ばされてしまう。
「何・・・・」
ヒーローは驚愕する。
化け物の全身には大量の矢が刺さっており、それでもなお動いている事、そして自分が矢を射かけた少年がこれ程までに醜い化け物となっている事、何よりもこれまで見てきたありとあらゆる怪人よりも遥かに醜く恐ろしい化け物に恐怖を覚えたからだ。
故に自分が吹き飛ばされて、店の壁を突き破っているにもかかわらずヒーローは咄嗟の受け身を取れなかった。
「マダマダ終わらないよ~!!」
化け物は顎まで裂けた口を醜く歪めて笑う。
直後店の外にまで吹き飛ばされていたヒーローの体が、強い力で化け物に引きつけられてしまう。
ヒーローの足を捕らえている触手は化け物足から生えた触手であり、地面を通して繋がっていたのだ。そして化け物はその触手を引き寄せたのである。
床を砕き地中から飛び出した触手は、まるでヨーヨーのようにヒーローを引き寄せる。
「しまった!」
ヒーローは慌ててボウガンを振るい触手を断ち切るが既に遅い。触手と言う繋がりを断ち切ることが出来ても、加えられた力を断ち切る事は出来ないならだ。
「ホームランってねぇ!!」
故に化け物の目の前まで引き寄せられたヒーローは、化け物拳を叩きつけられてしまった。
サボテンの針のように化け物の手に突き刺さった矢は、それ自体がメリケンサックの様である。化け物の圧倒的な力も加わって、その拳には破滅的なまでの威力が込められているのだ。
「ガァァァァァ!!!」
正しく必殺の威力が込められた拳を胸に受けたヒーローは、胸部の装甲を歪めながら吹き飛んでいってしまった。
醜い悲鳴を上げながら・・・・・・。
「さてと、終わったかな?」
ヒーローを遥か彼方にまで吹き飛ばした化け物は、軽く全身の力を抜いた。
直後に全身に突き刺さっていた矢、貫通しているしていないを関係なく全てが体から押し出されてしまう。
「うわ、こんなの突き刺されてたのかよ。人間どころかまともな怪人なら死んでたよね・・・・・・」
自分の周囲に山の様に積もった矢を見て、化け物は恐怖を感じていた。予想よりも矢は太く、大量に突き刺さっていたからだ。
それだけの矢を突き刺されても死なない化け物が、自身に突き刺さっていた矢を見て人間のように怯えているその姿は滑稽でもあるが、化け物の姿も合わさって見る者に恐怖しか感じさせない。
「食べたら美味しいかな?」
化け物はふとそのような事を言い出した。
見た目に似合わぬ若い声も合わさって、とても滑稽である。
「イタダキマス」
直後に矢を手にとって口に運んでいく。
バクバクと、鉄ではない何かによって作られているであろう矢は次々と化け物の口に運ばれて、姿を消していっていた。
「あれ、そう言えば町が静かだな?」
スナック感覚で矢を摘まんでいた化け物は、ふと気になって店に空いた大穴から外の景色、町を見た。
自分たち人外の存在があれほどまでに大暴れし、破壊行為を行ったというのに町が静かすぎるのだ。
化け物の醜い姿を見て上げられる悲鳴もない。いくら喫茶店が町の中心部から外れた場所にあるとはいえ、明らかに異常な状態であった。
「・・・・・何だかよく分からないけど、危ないかもね」
化け物が目に力を込める。
人外の素材を持って作られている化け物の目とその視力は人間の比ではない。容易く外の光景を見ることもできるのだ。
そして鮮明に視界に飛び込んでくる光景を見た化け物は驚愕した。
「・・・・町が、眠っている」
化け物の言葉は町の様子を端的に表していた。
町が眠る。そこに暮らしているであろうありとあらゆる人間が眠りに付き、地面に倒れているのだ。
その様子は店の中で眠っている少女と南部、印辺といった化け物の仲間たちと同じだった。
「・・・・・逃げないと不味いよね」
ヒーローは自分が吹き飛ばした筈である。だというのに化け物はそう呟いていた。
化け物の仲間達にはこれ程までに大規模に、人間を眠らせる力を持っている怪人はいないのだ。
「・・・・まだヒーローを倒せてないだろうからね」
直後、顎まで裂けた怪人の口に巨大な矢が突き刺さった。
唯の矢ではない長さ2メートルを超し、直径20センチを超すほどの巨大な矢がである。
「ガハッ!!! しまった・・・・・」
矢はそのまま化け物の頭を貫き地面に縫い付けてしまう。
続けざまに巨大な矢が化け物体に飛来し、その肢体のありとあらゆるパーツを地面に縫い付けていく。
「コノ・・・・・・」
化け物も必死に暴れて矢を抜こうともがくが、自分の体だけではなく地面にも突き刺さっている矢を抜くのにはてこずっている。
そうこうしている間にも、矢は次々と化け物の体に突き刺さっていた。
「・・・・・油断していたのは僕だったんだね」
全身を矢によって完全に縫い付けられ、動けなくなった化け物は悔しげにそう呟いた。
不死身に近く圧倒的な力を持つ自分がヒーローに負けるわけがないと、心のどこかで慢心し、油断していたのだ。
それ故に化け物は圧倒的有利な近距離からヒーローを吹き飛ばしてしまい、相手が有利な長距離での闘いに持ち込まれてしまったのである。
「・・・・・まだ、負けない」
だが化け物はまだ諦めていなかった。
ヒーローは化け物を殺すと言っていた。そのためには化け物が死んだかどうか、絶対に確認に来る筈である。そしてその時にまで意識を保っていれば、再び抑え込み攻撃を加えて勝つ事が出来ると、化け物は確信しているのだ。
「そろそろ良いかな~。もう矢を突き刺すところがないや」
化け物が地面に縫い付けられている喫茶店から数キロ離れた場所、寂れた町の中で最も高いビルの上でヒーローはボウガンを下ろした。
腕時計型の変身アイテムは索敵用のレーダーであり、数キロ先の化け物を捕らえている。ボウガンも狙撃用に変更しており、多数のパーツが展開して大きくなっていた。
このヒーローの最大の強みは接近戦ではない。人間のふりをした怪人の正体を見抜けるほどの索敵能力を用いて、相手の攻撃が届くその圏外から、一方的にボウガンを用いてからの狙撃を繰り返す。
それこそがこのヒーローの戦い方なのであり、多くの怪人たちを倒してきたのである。
そして不意を突く事によってこれまで戦ってきた怪人の中でも、最強であるといえる化け物すら戦闘不能に追い込む事が出来ていた。
「さて、どうしようかな?」
だが実のところヒーローにも手が無い。
自身の能力を使って町の人間たちを眠らせているが、いつかは目覚めてしまうのだ。その前に化け物を倒さなければならない。
もっと言えば化け物やヒーローの存在を一般人には悟られずに、なおかつ確実に倒したという事を証明しなければならないのだ。
なぜならばそれが彼らの、ヒーローのルールだからだ。
そのためにはどうしても化け物に近づいて、止めを刺しその亡骸を回収しなければならなかった。
だが迂闊には化け物に近づけない。先ほどもあれ程までに矢を突き立てたにもかかわらず化け物は生きており、自分は化け物の触手に捕まり大ダメージを受けてしまったのだ。
化け物に近づく事はそれ自体がリスクなのである。
「・・・・・化け物に僕の能力が効いていればいいんだけどね~」
ヒーローの能力、それは相手を眠らせる薬を生成することである。
それを矢に込めれば刺さった相手を眠らせることもできるし、料理に混ぜれば食べた相手を眠らせることもでき、副作用として味を大きく向上させることもできる。
だが化け物にはその薬が効かなかったのだ。
まず初めに薬を多分に含んだ料理を大量に食べさせたが、化け物は眠らなかった。
化け物の仲間の怪人たちは眠っていたのにだ。故にヒーローは警戒して薬を塗りたくった矢を大量に射かけた。だが化け物は眠らなかったのだ。
「「ここからが正念場だね」」
化け物とヒーロー、年も立場も、持っている力も何もかも違う二人は同じ事を同時に呟いていた。




