15
「お気の毒ですね南部さん」
楽しそうな表情で憐れんでいるような事を金太は口にする。
「うげぇ、死ぬかと思った」
目の前では南部が人外の怪力を用いることによって、漸く印辺を押し返す事が出来ていた。
かなりの体力を消耗し、必死になっていたのか金太の声は彼に届いていない。
「暑苦しすぎるよな兄貴は」
南部はすぐ傍にいる南部を見てそう言った。
そして金太を見て恨めしそうに呟く。
「お前は良いよな~。俺なんて此れだぜ此れ!」
南部の隣には暑苦しい男が寄りかかっている状況なのだ。美しい少女を膝枕で来ている金太とでは天と地ほどの差があるだろう。
しかし金太は彼の言葉を気にも留めない。
「そりゃどうも、お気の毒」
唯一言そう言うと、美しい少女を膝枕したまま食事を続けていく。
「テメー! 先輩がこう言ったんなら、せめて変わるのが後輩の役目だろ!」
そんな金太の態度が気に障ったのか、南部は大声で叫んで掴みかかる。
しかし金太は箸を右手に持ったまま空いた左手で迫りくる南部の手を掴み返した。
「騒がないでくださいよ南部さん。他のお客さんに迷惑ですよ」
掴んだ手に力を加えつつ金太は軽口を叩いた。見た目だけならば南部とそこまで大きさも変わらぬ手だが、元となる力が違いすぎるのか南部は手を動かす事も出来ずに、顔を歪めていく。
「お前な~、上下関係を叩きこんでやろうか」
「良いですけど、叩きこまれるのは南部さんだと思いますよ?」
笑みを浮かべながらハンバーグを器用に箸に刺し、一口で金太は食べてしまった。
南部を舐めきった態度ではあるが、この程度では大きな衝突にならないと分かっているのか金太は楽しそうである。
「余裕こいてると、痛い目見るぞ」
口では物騒な事を言っているが、南部もそんな金太の感情を察しており冗談半分である。
まだ出会って一日も経っていないというのに二人の間には、確かな信頼の様なものが出来ているのだ。故にこれ以上大きな問題にはならない。
だが傍から見ている人間にその事が分から筈もない。
「ちょっとお客さん。喧嘩なんてやめてよね」
見かねたマスターが二人の間に割って入り、止めようとする。
「ああ、すいませんねマスター。お騒がせしました」
「心配しなくても、俺もこいつも冗談半分ですから」
元々冗談半分な為、二人は直ぐに掴みあいを辞めた。そしてお互いに握手までしてしまうほどだ。
「僕たち凄く仲良しですからね、南部さん?」
「ああ、そうだな有田」
二人は顔を引きつらせながらも仲のよさをマスターにアピールしている。
「そうなの。だったらよかった」
若干違和感を覚えながらも、納得したのかマスターはそれ以上注意をしなかった。そしてアイスクリームを取り出して二人に渡す。
「これは?」
「うまそうだなおい!」
頼んだ覚えのない注文に、金太は首を傾げた。
だが南部は食い入って見ている。
マスターは穏やかに笑いながら言った。
「仲直りの証しだよ。心配しなくても良いから、サービスだからね」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って金太はアイスクリームにスプーンを伸ばした。
白いアイスクリームを削り取ったスプーンが、金太の口に運びこまれていく。
そして見た目だけは人間と同じ下に乗せられて姿を消していった。
「美味い!」
金太は言葉を押さえられなかった。それほどまでにアイスクリームが美味しかったのだ。
これまで食べてきた料理も美味しかったが、このアイスクリームは格別であると、素人である金太にも分かってしまう。
「美味い、美味すぎるぜ!」
南部も感動したようである。彼のアイスクリームは既に跡形もなく消えていた。
それに気づいた南部は悔しそうに歯を食いしばる。
「ああもう勿体ない! これだけ美味いならもっとゆっくり食べれば良かった!」
そう言って金太の方を見るが、もちろん金太は気にも留めない。
「ああ、美味しい、この食感は正にシベリアのブリザードのようだ」
せいぜいワザとらしく感動を口にする程度である。
そんな二人を見て愉快そうにマスターは笑った。
「はっはっは。面白いね君たち。変わった集まりだけど、どういう集団かな?」
さらりと投げられる疑問。だが金太はそれを聞いて引きつってしまう。
「えっと、それは・・・・・」
平日の学校がある時間からファミレスの一角を占拠している怪しい四人組、それが金太たちである。
内二人は学校に通っているような年ごろであり、残り二人も目立つ容姿をしているのだ、咄嗟に言い訳が思いつかない。
「南部さん。お願いします」
そこで金太は南部に丸投げする事にした。こういった事は大人である南部の方が得意だと判断したのだ。
「・・・・・・・・」
しかし南部は答えない。
「南部さん? 聞いてますか?」
不審に思った金太が南部の方を見た時、南部もまた隣にいる印辺に寄り添うようにして眠りに付いていた。
「うわ。一部の女が大喜びしそうな絵だな・・・・・」
恋人同士がするような体勢で、男二人が眠っている光景は金太にとって余り見たいものではない。
すぐさま下を向き、スヤスヤと寝息をかく少女の姿で目を洗った。
「どうしたのかな? ひょっとして事情ありだとか?」
マスターは穏やかな口調で、しかしずかずかと尋ねてくる。
金太はその事に煩わしさを感じた。
「それ以上は勘弁して下さい。こちらにも事情がありますので」
丁寧な口調だが強い苛立ちの感情をこめて金太は言った。
そうすれば客商売である以上、これ以上尋ねては来ないと思ったからだ。
だがその予想は裏切られる。
「そんなこと言わないで、教えてよ。それともいえない事情あり?」
マスターの言葉がどんどんと粘っこくなっていく。
同時に金太のイライラもどんどん大きくなっていた。
「少し黙って貰えませんか?」
ドン! と、強く机をたたき金太は言った。口調こそ丁寧だが態度は完全に粗ぶっている。
人外の力で叩かれた机は大きく歪み、ヒビまで入っているが苛立っている金太は気にも留めていない。
そしてそれはマスターも同じだった。
彼は金太が苛立っていることも、自分の店の机が破壊された事すらも気にも留めず話を続けているのだ。
「たとえばほら、君たちが人間とは違う悪の怪人だったりして」
「・・・・・・ッ!」
マスターの言葉に金太は絶句してしまう。と同時に一拍置いて掴みかかった。
「・・・・・・お前は何者だ?」
尋ねる金太の目は荒々しい獣のそれであり、完全に臨戦態勢になっている。少しでも気を離せば化け物の姿に変わってしまうだろう。
だがそんな金太に掴まれてなお、マスターは余裕だった。
「失礼。僕はこういうものさ」
彼は動く両手を操作し、右手に付いている腕時計の様な何かを操作し叫んだ。
「変身」
刹那、マスターの姿が光に包まれる。
「眩しい!」
溢れんばかりの光は金太の視界を奪い去り、思わず目を覆ってしまった。
そして数刻置いて光が収まった後、金太の視界に現れたのは人間ではなかった。
「ヒーローか・・・・」
呟く金太。目の前には大きなボウガンを手にした、ウェスタンスタイルを模したヒーローが立っている。
「驚かないね。やっぱり君も、いや君たちも化け物だね」
ヒーローはボウガンを金太に向けながら口を開く。
そして放たれた化け物という言葉に金太は嫌悪感を感じ、同時に一気に思考が冷静になった。
「その口ぶりから察するに、初めから僕たちの正体に分かっていたんだな。そして何か細工をした」
言って金太は自分が座っていた机を見た。そこに置かれていた料理は全て食いつくされていて、周りには三人の怪人が眠っているだけである。三人は人間の姿をしているのでとくにおかしな光景ではない。
三人が近い間隔で眠気に襲われた以外はだが。
「おかしいと思っていたんだ。怪人である三人がこうまでして似たタイミングで、同じように眠りに付いてしまうだなんてね」
言いながら金太は周りを見回す。どうやら他に店にいた客たちも同じように眠っているのだろう。彼らの前には食べかけの料理ないし、食べ終わった皿が残っていた。
それを見て金太は確信に至った。
「大方、食べ物に細工をしたんでしょ? ヒーローの力を使ってね」
言い終わった後、金太はマスター、ヒーローを睨みつけた。
その目は獣を通り越し、獣すら逃げ出す何かの様である。
だがヒーローは怯えるでもなく、ボウガンを下ろし手を叩いた。
「素晴らしい。やはり君は他の化け物とは違う大物のようだね。是非とも僕の獲物になってくれ」
言うが否や、ボウガンが放たれて金太を貫く。
金太は悲鳴すら上げずに倒れ去ってしまった。
「ははは、あっけない。もう終わりかい?」
余りにも単純な、あっけない終わりに完全に気を緩めたヒーローが倒れた金太に近づいていく。
そして金太の頭の前にまで近づいた時、ヒーローは真上に吹き飛んだ。
「あれれぇ? もう終わりかよ?」
腹に矢を突き刺したまま、突如として起き上がった金太のアッパーに吹き飛ばされたからだ。