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寂れた田舎の街中を一台のパトカーが走っていた。
全盛期の繁栄は既に過去のものとなり、市町村区分においては何とか市に分類されるギリギリの人口しかいない町ではあるが、それでも人間がいる限りは犯罪は起きる。故にパトカーが街中を走っていても何ら違和感はないはずだ。
ふと、パトカーが速度を落とした。左に曲がる指示機を出すと、すぐ近くにある喫茶店の駐車場に入っていった。
多少の違和感はあるが、休憩の為に立ち寄ったと思えばあり得なくもない。だが、開いた扉から降りてきた存在はあり得ないような存在だった。
「やっと着いたわね。ここが貴方おすすめの店なのかしら印辺?」
先ず助手席から降りてきたのはそうそうお目にかかれないような美しい少女である。彼女は少し疲れた様子で伸びをして、喫茶店を見つめている。
「そうですお嬢。ここの店のマスターはコーヒーもいいし料理も美味い。死角は無いと聞きます」
次いで後部座席の扉が開き、これもまたそうそうとお目にかかれないような巨漢の男、印辺南次郎が現れて少女の疑問に答える。
少女も印辺も、勿論だが警察の制服は着ていない。だというのに彼らはパトカーから降りてきたのだ。二人の浮世離れした姿も手伝って、大きな違和感がある。
「良いですね~コーヒー。俺も大好きですよ」
印辺が降りてきたのとは反対の扉から現れたのは、線の細い男である南部だ。彼も若干周りからは浮いた姿をしているが、前の二人と比べればまだ普通、違和感のない見た目である。せいぜいよくあるイケメンといった所だ。
「うえ、このワイシャツ気持ち悪い」
最後に車から降りてきた男、有田金太は最も平凡な容姿をしているが、身に纏っている服装は一番凄まじかった。
金太はボロボロのスニーカーとジャージを履き、上半身には裸のすぐ上にサイズが合わないワイシャツを着ているのだ。一見すると浮浪者にも見えてしまうほどみすぼらしい格好で、集団が発している違和感を一際強めている。
だが、最大の違和感は金太の服装ではない。パトカーだというのに警察官が一人として降りてこない事こそが最大の違和感なのだ。
「正直同情するぜ。いくら替えがないからって、こんなむさいおっさん、それもサツの服を着なきゃいけないなんてな。俺なら死んでもごめんだぜ」
南部はパトカーの運転席を指さしてそう言った。
パトカーの運転席には一人の警察官。おそらくパトカーに乗っていて最も違和感が無い存在が座っている。
恐ろしい怪人たちを4人も載せてきたというのに、彼の顔には汗の一つも流れておらず至って平凡である。だが彼の服装を見れば本来制服の下に着られてなければならない筈のワイシャツが無く、肌着の上にネクタイを巻いて制服を着ているのだ。
そしてそのワイシャツを金太が着ているわけである。
「そう思うんなら、せめて上の服だけも貸して下さいよ」
少し不機嫌そうに金太は呟くが、貸してくれないことなど端から分かっていた。ただ何となくぼやきたくなったのだ。
「変な格好のやつは一人いればいいんだよ。俺が服を貸したら俺まで変な格好になるだろ? それよりはましだ」
案の定、南部は少しふざけた声でそう言った。
「ですよね」
初めから分かっていた事ゆえに、金太は軽く返してして喫茶店に足を向かわせることにした。
「あっ、姉御。俺たちは席取ってきますね」
そんな金太に後れを取るまいと、南部も急いで喫茶店へと足を向かわせるのだった。
「ええ、頼むわ」
少女は平坦な声でそう言うと、パトカーの運転席に座っている警察官を見た。
国家権力たる警察をタクシー代わりにされたというのに、警察官は嫌な顔一つせず少女の命令を待っている。
警察官の中の何かがおかしくなっているのだ。
「貴方にもう用はないわ。さっさともう一人の警察官を乗せて職務に戻りなさい」
南部と金太が喫茶店に入っていくのをしり目に、少女はパトカーの運転席に座って動かなかった警察官にそう命じた。
「了解」
警察官は二コリと笑うと首を振り、パトカーを動かすと先ほどまで走ってきた道を戻り始める。
少女はその光景が滑稽で堪らなかった。
「ああ、良いわ~。全部が全部私の思い通りになるって、快感」
平坦だった筈の声が妖艶な色に染まり、少女は楽しそうに笑う。
国家権力の象徴たる警察官を思うがままに操り、国家の資産たるパトカーを私的なタクシー代わりに使う。ついでに国家の備品たる警察官の制服まで奪った。
それを行ったのは他でもない少女の力である。その事を自覚して彼女は笑っているのだ。
「お嬢。今日は冷えますよ、中に入ってください」
「あらそうね。いけないわついつい浸っていたのね」
一通り笑い終えたのを見計らった絶妙なタイミングで印辺が少女に呼びかける。
少女の高揚した気分を害さない絶妙なタイミングで入れられる、少女を良く気遣った言葉に心地よさを感じながら、少女は声を平坦に戻して印辺の言葉に応じた。
「期待してるわよ印辺」
空腹を紛らわせるような華麗な足取りで駐車場から喫茶店までの僅かな距離を少女は歩んでいった。
「ええ、俺を信じて下さい」
南部もまた愉快そうに顔を歪めてほくそ笑み、少女の後に付いて歩いていく。
「美味い!!」
舌で感じた味覚に金太は口から言葉が飛び出すのを押さえられなかった。
そしてすぐに目の前にある料理、スパゲティーにハンバーグ、トンカツといった多種多様な料理へと喰らいついていく。
ただひたすら喋る事も忘れて目の前にある料理に喰らいつき続けていた。
だがそれは何も金太だけではない。
少女とその取り巻きである二人もまた、同じように言葉を失った様子で目の前にある料理を喰らっていた。
「おいしいわ、凄く美味しい!!」
二言目は妖艶な声で少女は料理への称賛を叫んでいる。
彼女の傍には最も多くの空の皿が置かれており、少女がかなりの大食いであることを物語っていた。
「うめー! 最高だぜ!」
南部は細身の体に似合わぬ食欲で、次々と料理を体の中に消していっていた。
「噂以上だな」
店を紹介した筈の印辺も、自分の予想を上回る料理に感心しつつ静かに、しかし黙々と食事を続けていた。
そんな彼ら、傍から見ればとても奇妙な四人組楽しそうに料理を作った存在は見ていた。
「全く。そんなに美味しそうに食べられちゃ、こっちまで嬉しくなるよ」
初老の男が金太たちパンドラの四人が座っているテーブルに近づいて、コーヒーを置いた。
丁度四つ、湯気を立てていて美味しそうだ。だが金太はコーヒーを頼んだ覚えなどない。
「あれ? マスター? 僕たちコーヒーはまだ頼んでませんよ?」
「サービスだよ。まあ、飲んでおくれ」
マスターは優しい声でそう言った。
その言葉を聞いた金太はすぐさま疑念を捨て去り、コーヒーに手を付ける。
「それじゃあはい、ボス」
自分では飲まずにボスである少女に渡したのは、これまでの経験からだろうか。
少女は手に持った箸を止めてコーヒーを受け取った。
「ありがとう」
そして直ぐに飲み干してしまう。
直後、少女の顔が驚愕に染まった。
「何これ、美味しい、美味しすぎるわ!」
自分の隣に座っていた金太を押しのけて、少女はマスターが持ってきたコーヒーを全て掴みとり、次々と飲み干してしまった。
「なっ、ずるいですよ姉御!」
「姉御特権よ。我慢しなさい」
南部の抗議を一言で封殺し、最後のコーヒーを飲みほしてしまった。
南部は悔しそうだが、金太は押しのけられた体制のために少女の胸が当たっているので文句は言わない事にした。
「丁度いい対価かな?」
「何を言ってるのかしら?」
「いえ、なにも」
と言いつつ、自分の胸に触れている少女の胸の感覚を最大限に楽しんでいた。
「・・・・・そう。少し眠いわね・・・・・・」
言うが否や、金太が感じる少女の胸の感覚が一層強くなった。
「ボス?」
ふと疑問を感じて少女を見た時、彼女はスヤスヤと寝息をかいていた。
「・・・・・役得だな」
金太はその言葉を出して、暴走しそうになった自分を必死に押さえていた。
先ほどまでとは逆の自分が膝枕をするような体制と、可憐な少女の寝顔と胸に、金太の中の獣は暴走寸前である。
「ずるいぞ有田! 俺に変われ!」
「却下で。これは天が与えてくれたご褒美ですから」
抗議してくる南部の言葉も、今の金太にはまったく気にならなかった。
食事を取る手も止めて、精一杯少女の姿を脳内のフィルムに収めている。
「全く。少しは静かに食べろ。お嬢に迷惑だぞ」
そんな二人に笑いながら苦言を言いつつ、印辺は食事を続けていた。
先ほどから食べるスピードはまるで落ちず、少女の次に多くの料理を喰らっている。
「ははは、微笑ましいじゃないですか」
そんな印辺にマスターは笑いながら話しかけた。
「確かにそうですね」
印辺とてもとは料理人である。近いものを感じてマスターと話をする事にした。
敬語を使っているのが、彼の敬意の表れである。
「しかし驚きました。この味、どういった風にして出しているのですか?」
印辺は近くにある適当な料理を手にとって、マスターに尋ねた。
彼の料理の知識全てを用いても、どのようにしてこれ程までの旨みを出しているのか分からないのだ。
そう、この世の物とは思えないほどにマスターの料理は美味しいのである。
「秘密ですよ。それよりほら、これもどうぞ」
ニコリと笑い、マスターはデザートのアイスを差しだしてきた。
「サービスですか?」
悪いと思いながらも、期待を抱きながら印辺は尋ねる。
マスターは再び笑って答えた。
「ええ」
その言葉を聞いたとき、印辺の手は自然とアイスに伸びていた。
口の中に入ってくる冷たい食感。感じられる旨み。全てにおいて最高である。
「美味い・・・・・」
そう呟いた時、印辺の体も少女と同じように倒れていった。
「うわ! 重いですよ兄貴!」
・・・・・・丁度隣で金太と騒いでいた南部を押しつぶしながら。
「死ぬ、死ぬから兄貴!」
押しつぶされた南部は本気で悲鳴を上げていた。