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「お腹がすいたわ。ご飯にしましょう」

 山の中の高く積まれた瓦礫の前で、繰り返し少女は呟いた。これまでのシリアスかつ真面目な内容の会話から一変した、ありふれた内容の話題をだ。

「ははは、そうですね・・・」

 唐突な話題の変更に、金太はポカンとしてありふれた言葉を返すしかなかった。

 先ほどまで金太は目の前の美しい少女に、実家を悪の組織パンドラのアジトとして差し出す事を命ぜられていた筈なのだ。だが今の少女の言葉によって、優先順位が家よりも飯に塗り替えられてしまった様な気がしてならない。

 そしてそれは正しかった。

「分かりました姉御。すぐ準備します」

 南部はそう言って懐に手を入れると財布を取り出す。そして中から千円札を二枚取り出し金太に差し出してきた。

「ほらこれ、これで何か食べ物を買ってこい」

「え? いや、食べ物ですか?」

 ごく自然としている南部の態度に疑問を抱きながら、金太はとりあえずそのお金を受け取る。

「そうだ、この下の道を北でも南でも、三キロ行ったらコンビニがあるから買えるだけ食べ物を買ってこい。これは新入りの仕事だからな?」

 新入りである金太がパシリの様な役割をさせられる。それは理解が出来た。だがなぜ唐突にこれまでの重要な会話の全てを無視して、このようなありふれた事に重きを置くのか。それが彼には理解できない。

「・・・・・おかしいですよ南部さん。さっきまでアジトがどうのこうの言ってたのに、急にこんな話題になるなんて」

「そう言うって。腹が減っては戦は出来んと言うだろ? 姉御にとっていついかなる時においても食事は最優先事項なんだよ。ま、お前もそのうち分かるさ」

 と、南部はどこか誇らしげにそう言った。

 金太が知らない事を自分は知っているという事を、組織においては自分の方が先輩であるという事を見せ付ける事が出来て気分が良いのだろう。

「分かりました。すぐに行ってきます」

 とりあえずパンドラという組織においては、今の会話の流れがごく親自然なものであると納得することにした金太は、言われた通りに食べ物を買いに行こうとした。

「待て、お嬢が望んでいるのはそれではないぞ」

 唐突に印辺に呼びとめられて金太は踏み出し始めていた足を止める。

「どういう事ですか印辺さん。この状況でご飯を食べるには、どこかで買ってくるしか無いじゃないですか?」

 印辺はコックだったと言っていた。もしも目の前にある瓦礫の山が元の形を保っており、中の調理器具を使う事が出来たのならば彼が何かしらの料理を作る事が出来たかも知れない。

 だが現状は瓦礫の山は瓦礫でしかなく、中にあったであろう調理器具も食材も瓦礫となってしまっている。

 故にどこかで買ってくる事を除いては、現状食べ物を得る方法は無いのだ。

「甘いな。お前も南部もだが」

「「え?」」

 不敵に呟かれた印辺の言葉に、南部と金太は同じ間抜けな声を出す。

「お嬢はご飯にしようと言われたのだ。断じて食べ物を買ってこいとは言ってはいない!」

 声を張り上げながら印辺は続けていく。

「故にだ、お嬢の望みは唯一つ! コンビニなどで買える安っぽい飯ではなく、もっとちゃんとした食べ物を、料理を望まれているのだ!」

 これまでの静かな印象から一変した、とても激しい言葉で印辺は断言する。

 唐突な変わりようとその言葉に含まれている強い自信に、金太も南部もただ飲まれていた。

 だがふと、ひと時の沈黙が続いていた山中に拍手が鳴り響く。

「その通りよ印辺。さすがは私の右腕ね」

 拍手を鳴らしているのは、先ほど空腹を訴えてから一言も言葉を発していなかった筈の少女である。

 彼女はどこか楽しそうな顔で印辺のすぐ横に移動した。

「金太も南部も、印辺くらい私の事を理解してくれたら嬉しいのだけど」

 と言って少女は軽く首を傾げる。その何気ない動作にも彼女の美しさが映えていて、とても見応えがある。

「この私が、コンビニ弁当くらいで満足出来るわけがないでしょ。南部もまだまだね」

 少女は南部の方を見て軽くため息をついた。

 だがさすがに理不尽と思ったのか南部は反論する。

「そんなこと言われても、現状だとコンビニ弁当くらいしか手配出来ないんですよ!」

 彼の言葉は至極まっとうだった。むしろあの唐突な状況で真っ当な対応を即座に用意できたのは褒められるべきだろう。

 だが少女は残念そうに首を振る。

「その考え方は人間の考え方よ。私たちはパンドラ、人間を遥かに凌いだ凄い意見が出せるし、行動に移すくらい簡単でしょ?」

 と言って、少女は印辺を見た。

「その通りです。ここから北に行った町に美味いと評判のレストランがありますので、そこで食事にしましょう」

 待ってましたとばかりに印辺は自分の意見を口に出す。

 だがその意見に大きな矛盾がある事を金太は理解できた。

「あの、印辺さん? 現状僕たちに車は無いんですよ? なのにどうやってそこまで行くんですか?」

 そう、先刻金太が乗せられていた車は既に瓦礫の一部となってしまっているのだ。

 もしもそのレストランが怪人の足で歩いて行ける距離ならば、南部が先ほど提案していた筈である。それなのに提案しないという事はそのレストランが、それだけ遠くにあるという事を意味しているのだ。

 そんな金太の疑問に、印辺ではなく少女が答えた。

「心配無いわ金太。車ならあるわ」

「・・・・どこにですか?」

 金太は疑問に思って周りを見回す。

 山中に他の車を隠しているのではと思ったからだ。

「なるほど、そういう事ですか・・・・」

 南部は理解できたの静かにそう呟いている。

 現状、少女の言葉を理解できていないのは金太一人である。彼はその事をもどかしく思っているのだ。

「鈍いわね。たとえばそう、貴方の直ぐ下ろかしら?」

 少女は金太たちがいる山から、さらに下にある道路の方を指さしていた。

 それを見て金太は理解する。

「まさか、車を奪うんですか!?」

 実に悪の組織らしい行動である。だがやはり、いきなりそのような事を命じられても納得して行動は出来ない。金太は昨日まで普通の高校生だったからだ。

「違うわよ。ちょっとお願いするだけ」

 無表情だったはずの少女がニヤリと笑った。

「・・・・・絶対お願いするだけじゃ無いと思う」

 だがその笑顔と、金太が想像していたのよりは確実に穏健な筈の少女の意見から、金太は想像もつかないような恐ろしい事を考えてしまう。

「丁度獲物も来たようですね」

 印辺がそう言った時、けたたましく鳴り響くサイレンが聞こえてきた。






「え、ちょ! この音はまさか!」

 聞こえてくる、それも近づいてくるサイレン音に金太は覚えがあった。というよりもそのサイレン音を発している存在に、今朝彼は不快な思いをさせられたばかりである。

「ええそう、パトカーよ」

「パトカーだな」

「サツだぜ」

 少女に印辺、南部は落ち着いた様子でそれぞれ金太の疑問に答える。

「多分だが偶然下の道を通っていた誰かが、偶然山野中で大きな破壊

音がしたのを聞いて警察に通報したんだろうな」

 印辺は余裕に溢れた声で現状を解説してみせた。

 しかし金太は気が気で無かった。

「まさかとは思いますけど、国家権力から国家の資産を奪うんですか?」

 ビビった様子で金太は尋ねる。警察など敵ではない力を持っている筈なのに、警察という組織の大きさを知っているから警戒しているのだ・

「違うぜ。サツどものパトをタクシー代わりにするんだ」

 南部はそう言うが、金太は余計に不安が強くなった。

「殆ど違いませんし、それ途中下車出来ないですよね絶対!?」

 もしも警察に現状を見つかってしまえば、金太たちは建物への不法侵入と建物の破壊で確実に御用となってしまう。

 抵抗すれば楽勝だろうが、どちらにしても国家権力を敵に回してしまうだろう。それは余りにも敵が多過ぎる。

 だと言うのに少女たち三人は余りにも余裕な様子で、逃げようとすらしていないのである。

「大丈夫よ。私たちには能力があるから」

 そう言って少女は口から何かを吐き出した。

 蜂、それも昆虫界トップレベルの危険度を持つスズメバチである。

「・・・・・まさか」

 美しい少女の口から放たれるグロテスクなスズメバチに目を背けたくなるのを堪えながら、金太は咄嗟に南部を見た。

「へへへ、行くぜサツども」

 彼も背にカミキリ虫の、カミキラーとしての羽を出してその下からカミキリ虫たちを放っている。

 印辺だけは虫を出していないが、金太は最悪の内容に思考がたどり着いてしまった。

「まさか虫たちに・・・・・・」

 スズメバチが殺傷力を持っていることも、南部のカミキリ虫達が殺傷力を持っていることも金太は知っている。

 そして少女と南部はそれぞれ自分の虫を、サイレン音のする方向に差し向けたのだ。

 彼の思考は革新に変わった。

「心配するなお嬢を信じろ」

 だが金太が言葉を発する前に、印辺が彼の肩に手を置いて優しく囁いた。

「・・・・・・分かり、ました」

 金太はその言葉に信用できる何かを感じて、ただ大人しく待つ事にした。

 南部と少女は集中した様子で、そんな二人のやりとりなど気にもしていない。






「凄いんですねボスは・・・」

 数分後。心底感心した様子で金太はパトカーの中に乗っていた。

「だろ? って、俺の方はどうなんだよいったい!? 俺も褒めろよ!」

 金太の呟きを聞いた南部がふざけた様子で声を荒げてみせる。

 彼らはパトカーの後部座席に右から南部、金太、印辺といった順で座っており、少女は助手席に座っている。

 男が三人座っているので後部座席はだいぶ狭そうだが、誰一人として手錠や拘束具は付けられていなかった。

「うるさいわよ南部。静かにしなさい」

 少女がそう言った時、目的地に到着したパトカーは動きを止めた。


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